六
トーマスが寝室に連れて行くと言うと、ソファーの端に置いていたバッグを持って、クリスはおとなしくついてきた。
夕方に部屋を案内したときに比べると、足取りは重いようだ。話をしているときも多少眠そうにしていたが、長距離を移動してきてさすがに疲れたのだろう。
階段を上って右に。短い廊下をまた右に折れて、突き当たりがユージンの部屋――今夜のクリスの寝室だ。
ユージンの部屋なら、ひょっとしたらハッキングの手がかりが転がってるかもしれない、などとクリスが考えていることを、トーマスは想像もしていない。
しかし、ドアを開け、明かりをつけた瞬間に目撃した光景は多少は予想しないでもなかった。七年のつきあいともなれば。
「ちゃんとやっておくという、彼の言葉を信じた僕が馬鹿だったんだな」
入ると右手に中途半端な高さのチェストと戸棚が並び、左手には作りつけのクローゼットがある。そこは特に問題ない。
問題は、部屋の真ん中のダブルサイズのベッドだった。そこには脱皮の後の抜け殻のように、人の形にふくらみよじれたシーツが残されていた。
「やっぱりあの人はダメだ……」
後ろから部屋に入ってきたクリスはトーマスのひとりごとから事情を察したらしく、くすくすと笑い声を立てた。振り向くと、笑みの残った顔で「手伝おうか?」と言う。
「大丈夫だから、その間にシャワーでも浴びておいで。寝巻きはある?」
「パジャマがあるから。シャワーは一階のほうに行けばいいの?」
「近いから二階のを使ってもいいけど」
「ううん。一階がいい」
クリスはなぜか一階にこだわる。
「タオルは棚の中にあるのを使ってね」
「わかった。ありがとう」
クリスはバッグを抱えて出ていった。
トーマスは上着を脱いで近くにあった椅子に掛け、作業に取りかかった。
もっと大きければベッドメイクも一苦労だったろう。以前、八匹の猫と一緒寝るにためにキングサイズのベッドを買うとユージンが言い出した。そのとき必死に止めておいてよかったと、トーマスは自分の先見性に改めて自信を持った。
戸棚から出したシーツを広げると、洗剤の香りがほのかに漂う。
ベッドを整え終え、改めて部屋を見回すと、思ったより散らかってはいない。ナイトテーブルの上に、コーヒーが底で黒く干からびているカップと、あとは数冊の古い本が載っていたくらいのものだ。
服以外は私物らしい私物もなく、写真一つ飾られていないユージンの部屋は無個性で、ホテルというよりは兵舎のようだった。
「相変わらず殺風景だな、この部屋は」
苦笑しながらも、トーマスは少し切なくなる。
家族も帰るべき場所もないのだと、何かの折に語ったユージンの口調は、なんでもないことのように軽かった。
八年近く住んだ今も、ここは彼にとって家であっても家ではないのだろう。
三年前、ある事件で重傷を負ったユージンを、トーマスは見舞うことすらできなかった。友人でしかないトーマスは、家族でも恋人でもないという理由で病室に入ることを許されなかったのだ。
閉ざされた扉の向こうで何が起こっていたのか――。
知ってしまった今も、結局、トーマスは扉のこちら側に留まったままだった。後悔と罪悪感を隠しながら。
その後に起こったことも含めて、トーマスがそれを知っていることを知ったら、ユージンはいなくなる。許されないと思っているのだ。




