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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
第三章 二人でお茶を
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 だから、嫌われてるという事実を確認するために口に出してしまった。

「でもポーチで転びそうになったとき、避けられたよ、汚いものみたいに。そんなに嫌ならオレを引き取るなんて口約束でも言わなきゃいいのに」

「それはいつ?」

 トーマスが眉をひそめて、カップを置いた。

「コーディネイターのセイラさんが帰るとき」

 しばらく宙を見上げて真剣に考えていた彼は、ああ、と思い当たったような声を出した。

「それはきっと、お風呂に入ってなかったからでしょう」

「え?」

 意外というより、突拍子もない答えにクリスは固まる。

「ここ数日仕事が忙しかったので、彼はお風呂に入ってなかったんだ。三日くらい入ってないと、僕も避けられるよ」

「……」

「あれ、感じ悪いから止めてくださいって言ってるんだけど、なかなか直らなくてね」

 感じが悪いなんてもんじゃない。

「そういえば、君との面会直前にも『風呂に入らせろー!』って言ってたかな。あの人のお風呂は長いから当然無視したけど。僕が思うに、初めて会ったわが子に臭いって思われるの嫌で、つい避けてしまったんじゃないかな。妙に繊細なところもあるから、彼」

「そんな理由って……」

 馬鹿馬鹿しさに言葉が続かない。でも、それならその後に手を貸してくれたことは説明がつく。

「そういえば、今回は五日目だった。そのくらいなるとさすがにこちらが避けたくなるよね」

 トーマスは笑った。

「……臭くはなかったよ、別に」

言い訳するように呟いて、クリスは自分の手を見た。あのときの手の温かさを思い出していた。

「クリス?」

 名前を呼ばれて顔を上げると、心配そうにこちらを見ていたトーマスの口元が一瞬緊張し、次に安堵するような微笑みが浮かんだ。

「よかった。泣いてるのかと思った」

「どうして? 泣くようなこと、何もないじゃない」

「……そうかな」

 独りごとのようにトーマスは言う。

 小さなあくびが出た。疲れもあって、クリスはさすがにそろそろ眠くなってきた。

「それだけ? 話は終わり?」

 ハッキングを仕掛ける気力は既にない。明日、セイラが来るまでにその時間はとれるだろう。それで問題はないはずだ。

「もう一つだけ、確認しておきたいことがあるんだけど」

「なんですか?」

 クリスは返事をしつつ、また出そうになったあくびをかみ殺した。

「鑑定が終わって親子だと証明されたら、君はずっとここにいるんだよね?」

 眠気が急に覚めた気がした。

 反射的に否定しようとして、書類上ではそれを希望していることになっていることをクリスは思い出した。否定の言葉を飲み込む。

 そんなことは考えてはいなかった。全く考えなかったわけではないが、その可能性があったとしても、クリスの復讐が達成されれば成立しない。それはありえない仮定の話でしかなかったのだ。それに――。

「あの……本当は、嫌なんじゃないの?」

「何が?」

 トーマスがわずかに首を傾げる。

「……オレのこと」

「どうして? どういう意味?」

 本当にわからないらしく、トーマスはクリスを怪訝そうに見つめる。

「気分悪くないの? 恋人が自分の知らないところで子ども作ってたなんて」

「恋人? 僕は君のお母さんとはお会いしたことはないはずだけど?」

「そうじゃなくて、トーマスさん。ユージンさんと付き合ってるんでしょ? 隠さなくてもいいよ」

「それは断じてない!」

 即座に断言するとトーマスは軽く呻き、疲れたようにソファーに倒れ込んだ。

「男二人で住んでるとよくそういう誤解されるんだけど、僕たちはそういう関係じゃないよ。見ればわかるでしょう?」

 じゃあ、お風呂のあれは何?

 あの雰囲気のどこがデキてないと?

 恋人同士でもない大人の男が二人で一緒にお風呂に入ったとでも?

 そっちのほうが気持ち悪いじゃないか!

 クリスの心中を突っ込みの嵐が吹き荒れたが、口には出せなかった。

「じゃあ、どういう関係なんですか?」

 訳のわからなさのあまり、無表情になったクリスが尋ねると

「仕事のパートナー、同居人、大家と店子」

トーマスは指をひとつふたつと数えるように立てていった。四本目の指で

「……友人」

とつけ足したあと、少し苦しそうな顔になった。一瞬何か言い出しそうになったが、すぐに思い直したように立てていた指を握り潰して拳を作り、左の方を見た。サイドボードの上に置かれたアナログ時計の針は、一〇時前を指していた。

「こんな時間だね。眠いでしょう。そろそろ寝室に案内するよ」

 そう言って立ち上がったトーマスの笑顔は、微かな影を帯びているように、クリスには見えた。

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