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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
第三章 二人でお茶を
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 食事が終わると、酒飲みの二人は元気に夜の町に出ていった。

「いいの?」

 クリスが声をかけると、テーブルの上の皿を片づけていたトーマスは不思議そうな顔で手を止めた。

「何のこと?」

「トーマスさんも一緒に行きたかったんじゃないのかなって」

「僕はあまりお酒は得意じゃないから。それに、子どもをひとり残して行けるわけがないでしょう」

 クリスの住んでいたあたりでは、考えられないほど過保護な答えが返ってくる。あの街では、夜働く親、それも片親の家庭が多い。ある程度の年齢になると、子どもだけで留守番をするのは当たり前のことだった。

 過保護といえば、セイラからも返信が来ていた。

――意外とちゃんと面倒見てくれそうで、安心しました。

――また明日の朝メッセージします。

――でも、何かあったら夜中でも構わないので、すぐ連絡を。

 連絡をしなければならない事態など起こりそうではない。

 セイラの心配症ぶりにも呆れつつ、クリスは端末をポケットにしまった。

「それじゃ、デザートをいただこうか」

 皿を洗浄機に入れ終わったトーマスが、パトリックの手土産の菓子箱を取り出した。

 出てきたりんごのタルトを嬉しそうに切り分けるトーマスを見ていると、酒が好きではないというのは本当の話に思えた。むしろ甘いもののほうが好みなのだろう。

 お酒よりお菓子のほうが好きだなんて子どもみたいだ、とクリスは微笑ましい気持ちになる。

「お茶でいい?」

 うなずくと、「これをあっちに持っていってね」と皿を二つ渡され、ソファーの方を示された。

 ソファーの前のテーブルに皿を置く。タルトの表面は煮込まれたリンゴでつやつやと飴色に光っていた。

 そのまま大きな方のソファーに座ると、思わずため息が漏れた。

 やっぱりあの二人、デキてるんだろうな。

 ダイニングテーブルのほうをちらりと見やると、トーマスがお茶の用意をしていた。

 茶葉をきっちり計ってティーポットに入れ、薬罐から湯を注ぐ。いつの間にか部屋の灯りは柔らかいオレンジ色の間接照明に代わっていて、トーマスのくすんだ色の金髪を淡く照らしていた。

 死んだ母親が好きなタイプの男なら絶対に女好き、それも複数同時進行が得意な女たらしに決まっていると思い込んでいた。エレンが今までつきあった男は、クリスの知る限り、例外なくそういうろくでなしばかりだったからだ。

 その予想が外れて、クリスは困惑している。

 既成事実(クリス)が存在する以上、女も大丈夫なのだろうが、それにしても……。

 もう一度、ため息が漏れた。

 父親の、ユージンの態度にも困惑している。

 拒絶するような態度と、その直後に差し出された手。疎んじているのか、そうでもないのか。

 しかし、いやがらせのためだけにここ来た自分には、そんなことは全部どうでもよいとのだいうことに気づいて、また困惑する。こうなるともう、何をどうしたらいいのかわからない。

 急に体が重くなった気がして、ソファーに背中を預けた。

「眠い?」

 声を掛けられて慌てて身を起こすと、トーマスが、食事の前に読書していた小さい方のソファーに腰を下ろすところだった。

「ううん。眠いわけじゃなくて」

「疲れた?」

「少し」

 クリスは自分の前にカップが置かれているのに気づいた。

「ありがと」

 礼を言って口をつけるが、熱いだけで味もない。砂糖を二つ落としてかき混ぜて、冷めるまで放置することにした。

 トーマスはそれを見て、くすりと笑う。

「君も猫舌なんだね」

「え?」

「彼もそうなんだよ」

「……ああ」

 この場で彼と言えば一人しかいない。でもその彼が猫舌だとかそんなことはクリスにとってはどうでもいいことだ。だから曖昧な相づちしか出ない。

 他にすることも言うこともなく、ただカップを見ていた。角砂糖を沈めるときにできた小さな泡がくるくると回っている。

 結局、あてはすべて外れてしまっていた。

 父親は独身で、奥さんも子どももいない。本心は違うのだろうが、表面上は同居も養育も承諾している。

 恋人はいるにはいても男で、嫉妬のそぶりも見せない。これではつついて仲を壊すのは難しい。もっとも、月に長居するつもりのないクリスにとって、初対面で露骨に厭な顔をするくらいの相手でもなければ、その手は使えないのだが。

 残るは、後ろめたい秘密を探り出し暴露することだが、もしそれさえも失敗してしまったら、何のためにこんなところまで来たのか……。

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