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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
第二章 オレンジ色の空
15/67

一〇

 パトリックはユージンより少し年上に見えた。ポケットから鮮やかなオレンジ色のチーフがのぞいていて、着ているのはダークスーツなのに、どこかしら華やいだ印象がある。

「初めまして。パトリック・グリーンです」

「クリス・バーキンです」

 いつの間にか加わっていたトマトの匂いの中で、クリスは握手した。

「今日はガワなしのキッシュとミネストローネ。キッシュはツナとほうれん草の。足りなきゃピザでも焼くよ。冷凍でよければ」

 カウンターの奥から聞こえるユージンの声に、洗い物でもしているのか水音が混じる。

 学校のカフェテリアでも見るようなありふれたメニューだ。トーマスの『食べられるもの』にしてくれというリクエストを聞いて、少し警戒していたクリスはほっとした。

「サラダは出来てるから先に食ってて」

 カウンターの上に大きなサラダボウルがどんと乗せられた。クロスのかかったテーブルにトーマスはそれを運ぶ。

 続いてパトリックがボトルと自分のグラスをテーブルに移し、そこを自分の席と決めて落ち着いた。

 トーマスがその向かい席の椅子を引いて、クリスに座るように促す。椅子は少し高い。足が完全には床に着かず、頼りなく揺れた。

 取り皿やカトラリーを準備し終えたトーマスは、サラダを取り分け、やっとクリスの隣に座った。

「先にいただきますよ」

 カウンターの奥のユージンに声をかけて、トーマスはサラダに手をつけた。異常はないようなので、クリスも自分の皿に手を伸ばす。ブロッコリーとカリフラワーをドレッシングで和えたもので、砕いたナッツがまぶしてある。

「……面白い味」

「口に合わなかったら、無理しなくてもいいんだよ。他のものを用意しようか?」

 トーマスがフォークを置いて立ち上がろうとする。

「ううん、そうじゃなくて。美味しいんだけど、変わった味がする。ドレッシング?」

「面白い味か。子どもの言うことって面白いね」

 頬杖をついたパトリックが、残り少ないボトルの中身をグラスに注ぐ。

「できたよ」

 ユージンがボウルにたっぷり入ったミネストローネを盆に載せて運んできた。角切りの野菜の間に短いパスタが揺れている。

 続いて間の抜けた電子音が鳴った。いそいそと奥に戻ったユージンは、今度はグラタン皿を皆に配る。ほどよく焦げ目がついたキッシュは、熱とチーズの香りを発散していた。

 自分の席に座ろうとしたユージンの前で、催促するように空になったボトルが振られる。

「パーさん、今日はワインはおしまい」

 これでは足りないと主張するパトリックを無視して、ユージンはしつこいほど息を吹きかけて冷ましたミネストローネに口をつけた。美味いじゃないかと自画自賛する。

 クリスもつられるようにうす赤いスープを一口含んだ。確かに学校のカフェテリアのよりおいしい。続けてキッシュも少しだけ味見する。これも近所にあった人気のデリカテッセンと同じくらい、いや、いつも冷め切っていたあれよりもずっとおいしい。

「いつもまともに作ってくれればいいんですけどね」

 言いながらどこか遠い目をするトーマス。

「あ、そうだ。セイラさんにメッセージしないと」

 クリスは端末を取り出した。文字だけの報告メッセージなら後でもよいのに、なぜか目の前の食卓を写したくなった。端末のカメラを使って、料理を一枚、静止画像で撮る。

「どうせならみんなで写れば? 僕が撮ってあげよう」

 手を出すパトリックに、クリスは軽い気持ちで端末を渡した。

「俺は写真嫌いだから……」

 キッチンに逃げ込もうとしたユージンの耳を掴んだトーマスは、引っ張ってきた彼を無理矢理自分の席に座らせた。鎖骨の上あたりをがっちりと掴み、逃げられないように固定する。

「クリス、もうちょっとこっちに寄って。パーさん、今!」

 はいチーズのかけ声がかかる。フラッシュが光った。

「トーマス君のバカ。写真撮られると寿命が三年縮むんだぞ」

「いつの時代の人間ですか、あなたは」

 文句を言いながら自分の席に戻るユージンに、トーマスがあきれている。それを見ていたパトリックは笑いながらクリスに端末を返した。

「よく撮れてるよ」

 礼を言ってデータをチェックする。端末の小さな画面には、仲の良い家族のように身を寄せた三人が写っていた。

 遺伝的な関係は正式の鑑定待ちなので、今の時点ではクリスとユージンとトーマスは他人同士でしかない。

 義父や義母と本当の親子のように仲の良いクラスメイトもいたから、家族というのは単純に血のつながりではないというのはわかる。反対に、血がつながっていても、憎み合う家族もいる。

 遺伝子だけでもなく、経済だけでもなく、愛情だけでもない。

 家族というのは、もっと複雑なものではないだろうか。

 死んだ母親を愛していたのかと問われると、クリスは頷くことはできない。彼女は鬱陶しい枷だった。しかし同時に、確かに彼女だけがクリスの家族だったのだ。

 こんなところで、何やってるんだろう、オレ。

 再び口した料理は、急に温度が下がっているような気がした。それでも美味しかったのだが。

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