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緑の冠【改訂版】  作者: 黒木露火
第二章 オレンジ色の空
13/67

 ここで話は少し前に戻る。

 簡単にマットの掃除をし終えたトーマスは、ユージンを探していた。

 ドアを開けたまま放置して、結果、予備のベッドを猫のゲロまみれにしてしまったことに文句を言うためと、彼のベッドをクリスに使わせることを伝えるためだった。使わせていいかという確認や許可をとるためではない。それはトーマスによってすでに決定済みなのであった。

 それから今日の夕食をどうするかも聞いておいたほうがいいだろう。外食のつもりだったから、何も用意していない。というより、昨日からの夕食当番はユージンだったのだから、トーマスが考えるべきことでもないのだ、こんなことは。

 自室にはいなかったので、バスルームへ向かう。ユージンが風呂に入りたいと言っていたのを思い出したのだ。

 買ったときからほとんど手をつけてないという家の中で、大きなバスタブがほしいと言ってユージンが唯一手を入れたのが、二階のバスルームだった。

 案の定、バスルームの入り口には服が脱ぎ散らされている。

「ユージン!」

 折り戸をあけると湯気が一斉に迫ってきた。が、本人の姿は見あたらない。

「どこ行ったんだ、あの人……」

 苛立たしげに戸を閉めようとしたとき、バスタブの中からざばっという音と共に何かが現れた。いうまでもなく、トーマスが探していた人物である。

「びっくりした?」

 水泳用のゴーグルを外しながら、嬉しそうに笑う。わざわざ湯の中に潜って隠れ、彼が来るのを待ちかまえていたらしい。トーマスは激しい脱力感に襲われたが、言わなければならぬことがある。

「あなたの隣のあの部屋のベッドのマット、猫のゲロまみれでクリーニングに出さなきゃ使えません。だから、クリスはあなたの部屋に寝かせます」

「えー、やだよ。俺、昨夜は寝てないんだからさー。ベッドで寝たいよー」

「誰のせいで予備のベッドが使えなくなったと思ってるんですか。そもそもあなたがドアをいつもちゃんと閉めないから、猫が入り込んで悪さするんでしょう?」

「だって猫たちが入りたがるんだもん」

 半分湯に沈みながらブクブクと反論する。

「言い訳になってない」

 びしっと言い捨てて背を向けようとしたトーマスは、もう一つ聞くことがあったことを思い出した。

「ところで、今日の夕食はどうするんです? クリスもいるし、パーさんももうすぐ来ますよ」

「みんなで食べに行けばいいじゃない。子ども連れでも大丈夫なとこ、あるだろ?」

「店側の問題じゃなくて」

 トーマスはどことなく心細そうだったクリスのことを思い出す。

「あの子、母親を亡くしたばかりでしょう? できるだけ静かな環境で、ストレスは与えないようにしたほうがいいんじゃないですか?」

「それもそうだね。んじゃ、誰かが作るってのは?」

 いかにも名案を思いついたように人差し指を立てたユージンを、トーマスは睨む。

「昨日から向こう四日間の食事当番は誰になっていたか、覚えてますか?」

「……俺がなんか適当に作るよ。ところで」

 階下に戻ろうと背を向けたトーマスは呼び止められた。

「お願いなんだけど、タオル持ってきてくれない? 補給するのうっかり忘れててー」

「お断りします。用意しなかった自分が悪いんでしょう。そもそも二階の管理担当はあなたじゃないですか」

「そんなこと冷たいこと言わないでさー」

「嫌です。自分で何とかしてください」

「あっ、そう」

 湯から上がったユージンが、水滴をしたたらせて近づいてくる。濡れた床をふかなければと一瞬気をとられた隙に肩をつかまれ、強引に対面させられる。

「抵抗するなよ?」

 言いながら、ユージンはトーマスのシャツを脱がし始めた。

「しませんよ」

 こうきたかとあきれながらも抵抗はしない。そんなことをしようものなら押さえ込まれて無理矢理脱がされるに決まっている。外見に似合わず彼は荒事が得意なのだ。無駄に痛い思いなどしたくない。

「……いい子だ」

 脱がせたトーマスのシャツで体を拭きながら、ユージンは揚々と素っ裸で出て行った。

「あっ、またお湯抜いてない!」

 バスルームでは残されたトーマスの叫び声が響いていた。

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