五
「何かあったらすぐ迎えに来るから、連絡してね」としつこいくらい何度も繰り返し、翌日の一四時の再訪問を約束して、セイラは帰って行った。
タクシーが出発するとすぐに家の中に入ろうとユージンは背中を向けたが、デイバッグを肩にひっかけたクリスは手をふるわけでもなしに、車が小さくなるまで見送った。
時刻はもう一六時を回って、空を模した発光パネルの光も弱まり、本物の夕方のようなオレンジ色の気配が漂っている。
ふと玄関を見ると、ポーチの階段でジーンズのポケットに手をつっこんだユージンがこちらを見ていた。
待っててくれたのかな。
小走りで急いだため、ユージンにぶつかりそうになった。すると、彼は飛んできた泥を避けるように素早く身をかわした。
「……ごめん」
転ばずにどうにか体勢を立て直したクリスの顔を見て、なぜかユージンは謝る。
クリスには何のことだかわからなかった。わからないままに彼が差し出した手をとった。
繋いだ彼の手は、やはり温かかった。
セイラを見送ったあと案内されたのは、トイレの先の廊下の奥の部屋だった。
その部屋はリビングらしく、L字に置かれた長短二つのソファとテーブルがある。その向こうは床から天井近くまでの大きな窓になっていて、左奥には四人掛けの食卓がある。
長いソファーの真ん中で背筋を伸ばし、壁に備えつけられたモニターでニュース番組を見ていたトーマスが、ドアの開く音に振り向いた。
ニュースはラグランジェ国際宇宙港に入港した超豪華客船の話題で、女性のアナウンサーの声が「エーオース号は一〇ヶ月ぶりに帰港し、これから約二か月のドッグに……」と告げている。
それはちょうどクリスたちの乗ったシャトルといれかわりに入ってきた船だった。白く大きな美しい船体が画面に映し出されている。
「どうなりました?」
声をかけてきたトーマスは、ユージンの後ろから現れたクリスを見て目を丸くした。
「この子、うちに泊めることになったから」
ユージンはポケットの中から出した自分の端末でモニターのスイッチを切った。
「ちょっと、ひとが見てるのに……どうしたんです?」
明らかに不機嫌そうなユージンの様子に気がついたトーマスは、問いただすような目で見上げる。
「そういうわけで、部屋の準備とかよろしく」
ぶっきらぼうに言い捨て、ユージンはクリスを残して部屋を出て行こうとした。
「あ、ドア。ちゃんと閉めてくださいよ!」
「はいはい」
投げやりな返事と同時にドアは音を立てて閉められた。残されたクリスは、どうしたらいいのかわからずにそのまま突っ立っていた。
トーマスは立ち上がって、そんなクリスをソファーに連れて行き座らせた。
「君のせいじゃないです」
隣に自分も腰を下ろしながら続ける。
「大したことはありません。あの人、気分屋なところがあるから、気にしないで」
そして安心させるようにクリスの肩に軽く触れた。
それで落ち着いたというわけでもないのだろうが、クリスはあたりを見回してみる気になった。
ドア側の壁には食器や酒瓶などがしまわれた棚があり、左の奥のテーブルの隣にはカウンターが設えてある。その奥にもスペースがあるらしいが、ここからはよく見えない。
クリスの視線が止まったのに気づいたのか、トーマスが説明する。
「あのカウンターの奥はキッチン。水を飲みたかったら冷蔵庫にミネラルウォーターのボトルがあるから自由にどうぞ。冷蔵庫の横にウォーターサーバーもあるからね。ああ、そうだ。君の端末貸してくれるかな。登録しないと家の中では何もできないから」
思い出したように言って手を差し出したトーマスに、クリスはポケットからブルーの端末を出して渡す。
「へえ、きれいな色だね。青が好きなの?」
「うん」
元気そうなクリスの返事に微笑んでみせると、端末の登録を始めた。
家庭や建物によって設定は異なるが、登録された端末がなければ灯りもつけられないし、電子レンジも使えない。
「それから君が疲れてなければ、部屋に案内しようと思うんだけど、どう? 後からにする?」
トーマスは登録の終わったクリスの青い端末を手渡しながら尋ねた。
「大丈夫。元気だから案内して」
クリスはバッグを掴んで立ち上がった。




