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執念

■ 執念 ■


 さらに回は進んで八回の裏。

 栄進の攻撃は九番の梓から。梓が出塁すれば、一番からの好打順が回ってくるという場面であった。得点は0対0。

「ここが最後のチャンスね。何としても塁に出なくちゃ」

 バットを重そうに持ちながら打席に入る梓。

「ふん。女の子相手に変化球なんかいらねえや。ストレートのど真ん中で勝負してやるよ」

 梓の様子を見て悟った投手の堀米は、捕手とのサインも交わさずに簡単にストライクを放りこんできた。

「ちきしょう。女の子だと思って、ど真ん中に投げてきやがる」


『ツーストライク。ツーストライクです。真条寺君、後がありません。ピッチャー、振りかぶりました。三球目』


 梓は、それをカットしてファールで逃げた。

「しゃらくせえこと、しやがるな」


『ピッチャー、四球目を投げます。あっと! ファールです。真条寺君、ファールで粘ります』

『しかしピッチャーの堀米君。もう少し間合いをとってじっくり投げたほうがいいですよ。こうもぽんぽんと投げ込んでいては、なかなか討ち取れませんよ』

『おおっと、またもや、ファールです。真条寺君も、疲れきった身体に鞭打って頑張っています』


 次第に焦りだす堀米投手。相手は投手、しかも女の子を討ち取れない。


『堀米投手、一旦プレートを外して、ロジンバッグを手に取りました』


 梓も合わせるように、タイムを掛けてバッターボックスを出る。


『タイムです。双方、一呼吸するように、それぞれ間合いを取っています。真条寺選手、滑り止めスプレーをバットに吹きかけています』

『緊張して手に汗が出ますから、まあ自然でしょう』


 その時、栄進高校側の応援席にちょっとしたざわめきが起こった。

 長居浩二の母親が、遺影を抱えて入場してきたのだ。

 それと知った応援団の一人が、観客に促し道を開けさせて、グラウンドが見渡せる最前列に案内する。

 目ざとくそれを見つけたアナウンサー。


『栄進高校応援席をご覧ください』


 マウンドを映していたTV中継のカメラが、観客席を映すカメラに切り替えられる。


『去年の決勝戦を直前にして亡くなられた、長居浩二君のお母さんのようです』


 カメラは遺影をクローズアップする。

 アナウンサーの手元のモニターに映し出された遺影。

 マウンド上で、今まさにボールが指から離れた瞬間を正面から捉えた、ユニフォーム姿の写真であった。


『長居浩二君です。母親に抱えられて、母校の試合を観戦に、そして応援にきました』


 応援席のざわめきによって、ダッグアウトの野球部員達も気付くこととなった。

 もちろん梓も。

「母さん……来てくれたんだ」

 目頭が熱くなり、涙がこぼれそうになる梓。

 しかし今は泣いている場合ではない。

 汗を拭うように、ユニフォームの袖で拭き取る。

 そしてバッターボックスに戻る。


「プレイ!」

 主審の声で試合再開。


『ファール! ファールです。真条寺君、相変わらずファールで粘って、絶好球が来るのをひたすら待つ戦法です』

『これは辛いですね。投手も打者も双方共に精神疲れます』


「ちきしょう。これでどうだあ!」

 大きく振りかぶる堀米投手。

「コースと球種さえ判れば、このあたしにだって当てられるんだ。しかし、腕力のないあたしが打ち返すには、フルスウィングで真芯を捕らえるしかない」

 ピッチャーが振りかぶると同時に、打撃態勢に入る梓。

 バットに全精力を注いで、渾身の力を込めてフルスウィングする梓。

 カキーン!

 そしてバットは見事真芯を捕らえて、ボールはレフト方向へ。


『打った! 打ちました。前進守備の外野の間を抜けて、ボールはフェンス際を点々と転がっています。長打コースです。ランナーは一塁を蹴って二塁へ向かいます。がしかし足が遅い。レフトからの返球が早いか? いや、間に合いました。セーフです。二塁打。二塁打です』

『彼は、ファールで粘りながらも、タイミングを計っていたんでしょうねえ』


 グラブを地面に叩きつけて悔しがるピッチャー。

「ちくしょう! この俺が、女になんかに打たれるなんて……」

 それを見た捕手の金井主将が、タイムをかけて駆け寄る。

「どうした? 堀米、おまえが打たれるなんて」

「なんでもねえよ」

「ならいいが……とにかく」

 といいながら梓を見る金井。全速力で走ったので肩で息をしている。

「あれじゃあ、彼女はとうてい走れないだろう。バッター勝負で行こう」

「わかってるさ」

 グラブを拾う堀米。


『さあ、打順は一番に戻って打撃好調の木田君の登場です。二塁打と単打二つを打っています』

『やはりここは、真条寺君を楽に返してあげる為に、ホームラン狙いで振り回してくるでしょうねえ』


 二塁に達した梓に視線を送りながら、一番の木田。

「絶対に梓ちゃんをホームに迎え入れてやる。しかし梓ちゃんは足が遅い、しかも疲れ切っているんだ。バントなんて姑息な手段は取れねえ、長打を狙うしかない……」


 振りかぶって投球モーションに入る堀米。

「ちきしょう! 梓ちゃんが走れないことをいいことに、振り被りやがって」

 ストライク!


 梓、二塁上で息を整えながらも、敵の守備陣形を確認している。

「城東は、あたしが走れないと思ってる。となると警戒するのは、長打ということで、かなり深い守備陣形をとっているわ。ワンアウトだから補球を確認しなきゃ進塁できないし、ヒットになっても、フライでタッチアップしても、あたしの足じゃ三塁でアウトだ。やるっきゃないか……」

 大きく深呼吸してから、バッターボックスの木田に合図を送る。

(なに! おい、嘘だろ?)

 サインを見た木田が煩悶して再確認する。が、サインは変わらなかった。

(わかったよ。梓ちゃんが、そこまでやるというならな)


『ピッチャー、第二球投げました』


 木田、ピッチャーの投球と同時にバントに構えた。

 梓は、三塁へ突進する。


『あ! 木田君、いきなりバント! 真条寺君、走った。バンドエンドランだ』


 打球は三塁線を転がっていく。


『これは、完全に球威を殺して、絶妙なバントになりました。サード、ボールを取りましたがどちらにも投げられません。内野安打です。真条寺君、楽々三塁に達しました。木田君も一塁に生きました』

『バッターが打撃好調の木田君ということで、一打逆転を警戒して、深い守備陣をとっていた城東の野手達。その裏をかいてのバント攻撃でしたね。確か、木田君のバントははじめてのことでしょう』


「へん。梓ちゃんに言われて、バントも練習していたんだよ」

 鼻を鳴らしながら自慢気に呟く木田。

 そして、センターから梓の後ろ姿を見つめながら感心する沢渡。

「さすが梓さんだ。守備の弱点を的確についてくる。しかも自分が一番疲れているはずなのに、常に全精力を出している。見習うべきだな」

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