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梓、登板

■ 梓、登板 ■



 場内アナウンスが栄進高校の先発メンバーを打順に読み上げていた。


『栄進高等学校の先発メンバーをお知らせします。

 一番、ファースト、木田考司君

 二番、ショート、城之内啓二君

 三番、キャッチャー、山中太志君

 四番、センター、郷田健司君

 五番、セカンド、武藤剛君

 六番、ライト、安西次郎君

 七番、レフト、熊谷健司君

 八番、サード、田中宏君

 九番、ピッチャー、白鳥順平君に代わりまして、真条寺梓君です。

 以上です』


 栄進高校の部員達が試合前の守備練習にグランドに駆け出す。

 梓もピッチャーズマウンドに登って投球練習をはじめた。

『おっと、白鳥君に変わって登場しました真条寺君です。背番号11番、なんと一年生です。手元の資料では、中学時代の記録は白紙になっております。どんな選手なのでしょうか』

『ずいぶんと小柄ですが、大丈夫でしょうか』

『投球練習を始めました』

『うーん。アンダースローですね。球威はそれほどなさそうですが、果して超高校級スラッガー沢渡君率いる城東高校に対して、どこまで投げ切るか注目いたしましょう』


 城東学園のダッグアウト。

「監督! あの真条寺ってのは、女子生徒ですよ」

 梓に気づいた部員の一人が叫んだ。

「なに、本当か」

「抗議しましょう」

「そうだな」

「待ってください!」

 動きだそうとした部員達を、沢渡が制止した。

「このまま黙って投げさせましょうよ」

「何を言うんだ」

「あの梓さんに打ち勝てるようでなきゃ、甲子園に出られても一回戦敗退するのが、関の山ですよ。去年のレギュラー部員で残っているのは、僕と捕手の金井主将だけです。いくら前年度優勝といったって、ほとんど実績はないに等しいですからね。選抜だって一回戦で敗退したじゃないですか」

「そうかも知れないが……」

「それに仮に負けてもですよ、女子生徒であることを隠し通せないでしょう。身近で見れば可愛い女の子だとすぐ判ります。ルール違反で没収試合となります。どっちに転んでも僕達の甲子園出場は決まっているんですから」

「そりゃあ、そうだが」

「彼女との練習試合での雪辱をはらさなくては心残りになるというものです。栄進の連中も、そのことを念頭に、彼女を送り込んできたんです。打ち崩せるなら打ち崩してみろとね。これは奴等の、我々に対する挑戦状なんです。逃げるつもりですか?」

 鬼気迫る勢いで沢渡が監督に進言する。

「わかったよ。おまえの好きなようにしろ」

「ありがとうございます」

 監督に礼をのべて、梓の方に向き直る沢渡。

「さて、さいは投げられたよ、梓さん。君の戦いぶりをじっくり拝見させてもらおう」


 グランドに二列に並ぶ両校。

 一様に梓に視線を送る城東の部員達。

「城東学園高校の先攻ではじます」

「お願いします」

 試合前の挨拶を交わしてグランドに散る栄進高校の部員達。


『ウォーミングアップが終って、いよいよ真条寺君第一投を投げます。試合開始です』


 一番の金井主将が打席に向かう。

「おい。じっくり見て行けよ。前回のように短打で転がせ。ぶんまわしても外野飛球だからな」

 沢渡が助言を述べる。

「わかった」


『さあ一番の金井君がバッターボックスに入りました』


 プレーボールの声が掛かる。

『真条寺君、ゆっくりとプレートを踏んで下手から……投げました!』

『金井君、見送ってワンストライク』

『球筋を見たようですね』

『さあ、二球目投げました。打ちました! セカンドゴロです。セカンドの武藤君難なくこれを捕って一塁へ、アウトです』



 あっけなくセカンドゴロに終わる金井主将。

 ベンチに頭を掻きながら戻る。

「キャプテン、何してるんですか」

「いやあ、悪い悪い。あまりの絶好球だったもんで、つい手が出ちまった」

「それが彼女の狙いなんですよ」

「わかった、次からはちゃんとやるよ」


『真条寺君。一回の表を難無く三人で終わらせましたが、その裏栄進の攻撃も三人で終わってしまいました』


 攻守を交代して移動する部員達。

 梓が再び登場してマウンドに向かう。


『さて、四番打者の沢渡君の登場です。真条寺君、どんな投球を見せるでしょうか』


 ゆっくりと振り被り、一球目を投げる梓。そして二球目。


『ツーストライクです。沢渡君、一球・二球と様子を見ましたか。打つそぶりも見せませんでした』


「なるほど、相変わらず絶妙のコントロールだ。打ち気をそそるコースをボールが通るが、打点の直前で微妙に変化する。これでは内野ゴロが関の山だ」

 ボールのコースをじっくりと観察していた沢渡が感心する。

 梓が三球目の投球モーションに入る。

「しかし、この僕には通用しない」

 沢渡、渾身の一撃で外野へボールを運ぶ。

「センター、右バック!」

 センターに向かって指示する梓。

 指定された地点の真下に走りこみ、打球が落ちてくるのを構えるセンター。

 一・二塁間の線上で、打球が補球されるのを確認して立ち止まる沢渡。そして梓に視線を送りながら引き返していく。

 ベンチに戻ると、部員達の激励が待っていた。

「しかし惜しいですね……今のは完全に抜けていたと思いますが」

「まぐれですね」

「いや、違う。俺が打った瞬間に、彼女は球の行方も見ないでセンターに向かって守備方向を指示していやがった」

「まさか」

「事実だ。彼女は打った瞬間の球音だけで、球がどの方向にかつどのくらい飛ぶかが判るんだ。それを即座に外野に指示しているんだ。外野手にしても球の行方なんて見ちゃいない、彼女が指示する位置にすばやく移動して、球が落ちてくるのを待っていればいいのだ」

「そ、それじゃ……」

「ああ、彼女がいる限り、外野飛球はすべて補球されてしまう。かといってあの絶妙のコントロールと球速ではホームランするのも困難だ」

「球速が速ければ速いほど、ジャストミートすれば遠くへ飛びますからね。あれでは腕力で強引に持っていくしかありませんから、外野飛球にはなってもなかなかホームランになりませんよ」

「どうしますか」

「球速はないんだ、じっくり見ていくんだ。ジャストミートを心がけて、ライナーで転がせ。決して長打を狙って大振りするな」

「わかりました」

「しかし、外野に簡単に飛ばされる球威しかないのを、守備力で完全にカバーしてやがるとは……こんなにも天性の感覚を見に付けているやつは、今までにたった一人しかいないと思っていたが……」

「え? 他にもいたんですか」

「去年の夏の選手権大会県予選準決勝戦で三度ものノーヒットノーランを達成し、決勝では我々と戦うはずだった、エースピッチャーの長居浩二だ」

「あ……」

「俺達は決勝戦を目前にして死んだ長居浩二の亡霊と戦っているのかも知れないぞ」

「よ、よしてくださいよ」


 回は進んで六回表の三人目の打者をピッチャーゴロに討ち取る梓。


『おおっと、真条寺君よろけました。が、何とか体勢を立て直してファーストへ。アウト、アウトです。辛うじて間に合いました。スリーアウト、チェンジです』

『一年生ですからね、体力不足は否めないでしょう。一球も手を抜けない城東打線に対し、精根疲れて果てていると思います。しかもこの暑さに、さすがに体力が持たないでしょう。彼の体力がどこまで続くかが、勝負の分かれ道でしょうね』

『真条寺君、何とか六回の表を守り切りましたが、残る三回が心配になってまいりました。しかし、これまで一人のランナーも出していないのは見事です』

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