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プールへ

■ プールへ ■


 とある遊園地のプールサイド。

 その場内に開いているレストランのテーブル席でジュースを飲んでいる梓と絵利香。

 この間、二人でショッピングした水着をそれぞれ着ている。

 それを早く着てみたい為に、絵利香がプールに誘ったのである。

「梓ちゃん、それ似合ってるよ」

「ありがとう。絵利香ちゃんもね」

「うふふ……」


「ねえ、君達。二人きり?」

 可愛い女の子がいれば、声をかけてくる軟派野郎はどこにでもいる。

「可愛いね、君達」

 二人が困っていると、

「やあ、待たせたね」

 そこには筋骨隆々とした武藤が立っていたのである。

「武藤先輩……」

「ちぇっ。男がいたのか」

 といって退散する軟派野郎。

 がっちりした体格の武藤に、食ってかかろうという男はいない。

「よかったね。たまたま俺達が居合わせてさ」

 郷田が微笑んでいる。

「まったく。女の子のいるところ軟派ありですね。どうしようもない連中だ」

 木田が、立ち去っていく軟派野郎の後ろ姿に軽蔑の表情で言った。そしてその視線は郷田に移る。

「そういやあ、ここにも一人いたっけ」

「え? いや、僕は軟派ですけど、一応礼儀はわきまえているつもりです」

「そうかあ……」

 他の部員の疑心暗鬼な表情。

「信じて下さいよお……梓ちゃんは、信じてくれますよね」

 にっこり微笑んだだけで、答えない梓。

 そして話題を変えるように、

「しかし、偶然ですね。同じプールに先輩方がいらっしゃるなんて」

「あれ? 俺達、絵利香ちゃんに誘われたんだよ。今日、プールに行くから、良かったら来てくださいってね」

 驚いて絵利香を見る。

「絵利香ちゃん。なんで黙ってたの」

「ごめんなさい。つい、言いそびれちゃった。だって、さっきみたいなことだってあるじゃない。殿方がいたほうが、安心だから」

「ところで、座っていいかい?」

 立ったままで話している武藤が、紳士的に許しを請う。

「ああ、すみません。気がつきませんでした。どうぞ、構いませんよ」

「それじゃ、お邪魔して」

 と腰掛ける武藤。他の部員達も椅子を持ちよって同じテーブルを囲んだ。


「ところで、キャプテンは来てないのですか?」

「はは、相も変らず出前持ちだよ」

 寿司用の出前機を後ろにくっつけたバイクで、街中を走りまわっているその姿を想像する梓。

「可哀想ですね」

「親孝行で有名なキャプテンだからね。ま、仕方がないよ」

「でも品行方正で、成績も学年で十番を下らないから、某有名私立大学への推薦入学は間違いないそうですよ」

「へえ……キャプテンって、成績優秀なんだ」

「信じられないだろ。あの無骨で融通の利かない男がねって」

「うふふ」

 まったくその通りと思ったが、口に出して言ったら失礼だろうと思い、含み笑いでごまかす梓。

「ところで、二人とも可愛い水着ですね。とっても似合っていますよ」

 軟派な郷田だけに、女の子の着ているものを誉める事は忘れない。こういうことにかけてはベテランの郷田、他の連中が口籠って言い出せない時でも、さらりと言ってのける。

「ありがとう」


「ところで、泳がないんですか?」

 聞かれて冷や汗の梓。

 ぷるぷると首を横に振っている。

「まさか、泳げないとか?」

 今度は縦に首を振る。

「あはは、梓ちゃんらしいや」

 可愛い女の子が泳げないというのはよくある話しである。

 じゃあなぜプールなんかに、とは聞くなかれ。微妙な女の子心理というものがあるのである。もっともこれは、絵利香が誘い出したことなのであるが。

「俺達が教えてあげるよ。せっかくプールに来たんだから」

「絵利香ちゃんも泳げないの?」

「はい。それが、先輩方をお誘いしたもう一つの理由なんです」

「あはは、いいですよ。お安いご用です」


 というわけで、彼らに泳ぎ方の手ほどきを受ける二人だった。

 郷田は梓達の手荷物預かり係りを押し付けられていた。軟派野郎に、可愛い二人を任せられないという、部員全員の賛同であった。日頃の行いのつけを払わされているというところだ。

 浮き輪の手助けを借りて、武藤におててつないでもらって一所懸命バタ足の練習からであった。

「そうそう、その調子ですよ」

 と声を掛けながら付き合ってくれている。恐れさせないように決してプールの中央へは行かずに、ヘリにそってゆっくりと動いてくれている。

(恥ずかしいよ……)

 梓の心の内の内を察してかどうか、手を引く武藤はやさしく微笑みながら言う。

「案ずるよりは、産むが安しですよ」

 その諺を使う場面が違うかも知れないが、本人が意識してるほど、周りの者は意外と見てなくて無関心なものである。

 と、本人は言いたかったのであろう。


 絵利香の方はどうかと見てみると、きゃっきゃっと楽しそうに教えてもらっている。彼らを呼んだ本人だから、こういうことには慣れているのであろう。


 ひとしきり泳いだ後で、再びレストランのテーブルに戻る一同。

「あは、ちっとも巧く泳げないわ」

 ころころと表情を変えながら楽しそうに、武藤達と談笑する絵利香。


 そんな様子を眺めながらため息をつく梓。

(しかし、絵利香と一緒にいると、女の子っぽいことばかりに付き合わされるんだよね)

 女の子同士仲良く一緒にと、誘ってくれているのだが。

 スコート姿でアンダーがちらりの女子テニス部への誘い。ファミレスのウェイトレス。ウィンドーショッピング、その他諸々。今日は人目に水着姿をさらけ出すプールという具合である。

 もっともこれは梓が意識し過ぎているだけで、絵利香のような普通の女の子ならごく自然な行動である。

 梓の女の子指数は限りなく百パーセントに近づきつつあるが、今なお浩二の心が根強く居座っている。それが女の子として行動する際に、拒絶反応を起こす元凶となっているのである。

「思いを遂げるまでは、女の子に成りきることはできないよ」

 そうなのだ。甲子園出場を果たすまでは、男の子の心を完全に捨て去る事はできなかった。

 もちろん女の子の梓自身が、甲子園を目指す事はできないから、栄進高校野球部の面々に頑張ってもらって、夢を適えてもらうことである。

 だから一所懸命に野球部の練習に付き合っているである。


「甲子園か……」


「梓ちゃん、ウォータースライダーやろよ」

 と手を引いて誘う絵利香。

「わかったわよ」

 野球に興味を持っていない絵利香には、とうてい梓の気持ちは理解できないであろう。

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