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その男、沢渡

■ その男、沢渡慎二 ■



 BGMの流れるファミリーレストラン。

 いつものようにフロアで客の応対をしている梓だったが……。

「ねえ。君、可愛いねえ。仕事が引けたらドライブ行かない?」

 などと言いながら盛んにデートに誘おうとする軟派な客がいる。

「いやです!」

 と、梓がきっぱり拒絶しても、

「いいじゃないかあ。ね、ね」

 しつこく言い寄りながら、手を握って離さない。

 客と店員ということで横柄な態度に出るのだ。何かいうと、俺は客だぞ! とばかりに居直ったりする。

「やめてください」

 梓の声が悲鳴に近づいてくる。

 その時だった。テーブル席でしばらく様子を見ていた少年が、すっくと立ち上がって、梓の所にきて、

「君、失礼じゃないか。手を離したまえ。ウェイトレスさん、嫌がっているじゃないか。何だったら、外へ出てやるか?」

 といいながら袖をまくる。鍛えた身体に筋肉隆々と盛り上がった二の腕の太さは、並み大抵の男子とは比べ物にならない。その首根っこを掴んで、片手で軽々と持ち上げてしまうほどの腕力がありそうだ。

「……沢渡君!……」

 何を隠そう。その少年は浩二のライバルだったあの沢渡慎二だったのだ。

 沢渡の強い口調と姿勢に尻込みした客は、おずおずと退散した。

「君、大丈夫かい?」

「は、はい。ありがとうございます」

「あれ? 君、もしかして栄進の……真条寺梓さんじゃない?」

「はい。そうです」

「やっぱり。先日は野球のユニフォームを着ていたし、今日は可愛いユニフォーム着ているから見間違えちゃったよ」

 その時、マネージャーがやってきた。

「梓さん。何かありましたか?」

 梓が絡まれているのを見て、絵利香が呼んだのであった。

「はい、実は……」

 事の一部始終を話す梓。

「そうでしたか。しかし、慎二が人助けをするなんて、雨が振らなきゃいいけど」

「ひどい言い方だなあ。ウェイトレスさんを助けたのに、それはないだろ」

「慎二?」

 相手の名前を呼び捨てにしたり、親しそうな表情で会話する二人に、首を傾げる梓。

「ああ、これ、俺の姉さんなんだ」

「こら! 姉を『これ』呼ばわりしないでよ。ところで梓さんは、弟をご存じなの?」

「はい」

「姉さん。応接室で話ししないか?」

「そ、そうね。そうしましょう」

 お客のいるフロアで立ち話するわけにもいかないので、梓の担当を三園に任せて応接室に移る三人。

「改めて紹介するわ。弟の慎二よ。私の方は、結婚して名前が変わっているけど」

「そうそう。どういうわけか血が繋がってる姉弟なんだよな」

 持ち込んで来た食べ掛けの料理を口にしながら話す沢渡。

「慎二。食べるか話すかどっちかにしなさいよ」

「だって、料理が冷えたらまずくなる」

 と相変わらず食べ続ける。

「ごめんなさいね。こんな弟で。食い意地が張っていて仕様がないのよ。世間では超高校球のスラッガーとか評判の人間も、裏に回ればこんなものなのよね」

「こんなものとは、ひどい言い方だな。武士は食わねど高楊枝だ」

「馬鹿ねえ、言ってる意味が逆よ」

「え? そうなのか」

「ふふふ。弟はね、時々喧嘩騒動起こしたりする暴力的なところもありますけど、女の子には絶対手を挙げないとてもやさしい子なんですよ」

 二人のそんなやりとりを聞きながら、互いに相手をけなしてはいるが、実に仲の良い姉弟だとわかった。

「姉さん。俺と内輪話しするために、ここへ来たんじゃないだろ?」

「あ、ああ。そうだったわね。つい夢中になっちゃった」

 姿勢を正して梓に向き直るマネージャー。姉という態度から経営者側の表情に切り替わっていた。

「さて、本題に入りましょうか」

「は、はい」

「今日はたまたま弟がいて、助けてくれたようだけど。今後も、客に絡まれたりすることがあると思いますが、これに懲りずに働いていただけますか?」

「はい」

「ありがとうございます。変な客が来たら、まず私か店長に声を掛けてくださいね」

「わかりました」

 超高校球スラッガーとしての野球男ということしか知らなかった沢渡の意外な一面を見て感心する梓であった。

「ふう。ごちそうさん」

 目の前の料理を平らげて、一息つく沢渡。

「それじゃ、姉さん。また機会があったら、飯食いに来るよ」

 持ち込んだ料理の皿を手に取って、立ち上がる。

「ちゃんと自分のお金で食べに来てね」

「あは。梓さんも、今日のことは忘れて頑張ってください」

「はい。ありがとうございました」

 手を振りながら応接室を出ていく沢渡。

「びっくりしたでしょう? 憎たらしい口をきくあんな弟だけど、なんだかんだ言ってもやっぱり可愛いのよね。赤ちゃんの頃からおむつの交換なんかしてあげたりして、すっかり情が移ってて、母性本能というのかな、こういう気持ちって何歳になっても変わらないものなのね」

 再び姉の表情に戻って微笑むマネージャー。

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