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最終回の攻防

■ 最終回の攻防 ■


「タイム!」

 たまらずに、山中主将がタイムを要求した。

「タイーム」

 主審がタイムを宣言し、内野手が梓の元に集まってきた。

「どうした、梓ちゃん」

「どうやら、ボクの作戦が悟られたみたいです。打ち頃の球を放って内野ゴロに討ち取る作戦はもう使えません」

「そのようだな。で、次の手はどうする?」

「撃たせて取る作戦には変わりませんが、これからはどこに飛んでいくか判らないので、内野手の方に頑張ってもらわなければなりません」

「おう。まかせておけ。梓ちゃんが頑張っているのに、俺達が根を上げるわけにはいかんからな」

 といいながら、ウィンクを返す郷田。

「じゃあ、しまっていこうぜ!」

 肩を軽く叩いて持ち場に戻っていく部員達。


 三塁方向に球が飛ぶと身構えているのに、一塁方向に打球が飛べば、反応が一歩遅れてヒットになる。しかし、最初からどこ飛ぶか判らないと身構えていれば、すぐに反応できるから、ヒットも出にくくなるというものである。

 いつしか部員達は、梓の元で見事なチームワークを発揮しだしていた。個々においてはエラーを出しても、仲間がそれをカバーして得点を許さなかった。

 すべての動きは、父親が渡してくれた記録ビデオを参考にして、梓が意見具申して日頃から練習に取り入れていたものである。女の子の梓が一所懸命に野球部のために尽くしているので、当の野球部員も真剣にならざるを得なかった。練習をサボる部員は一人もいない。

「ワンアウト!」

 人差し指を示して野手達に、確認のコールを送る梓。

「おう!」

 一斉に大きな声が返ってくる。

 打席には九番の堀米投手が入っている。

 打率は低いし、長打力もない。ここはスクイズを警戒しながら、本塁フォースアウトを狙って前進守備がセオリーだろう。

(しかし……。投手同士、しかも女の子相手の勝負。あの負けん気の強い堀米君が、素直にバントしたりはしないんじゃないかな……。きっと打ってくる! よし、勝負よ)


 梓の読みは見事に当たった。

 

 打球はピッチャーライナーとなってワンアウト。さらに一塁に送ってダブルプレーとなった。


「こんな女の子のチームにこうも手をこまねくとはな」

 金井主将がぼやく。

「だから最初に言ったでしょ。女の子だからって侮らないようにって」

 沢渡が答える。

 回は進んで、最終回となっていた。

 九回の裏、2対2の同点。

 ツーアウト、一・三塁。三塁にはフォアボールと犠打で進塁した梓がいる。一塁には、主将の山中。そしてバッターボックスには郷田が入っていた。

 一打逆転サヨナラのチャンス。


 郷田は、バッターボックスに入る前に、状況を再確認した。

「ツーアウトで、三塁が足の遅い女の子なので、バッテリーは油断しているはず。今がチャンスだな。正攻法でいくならヒッティングだろうけど……」

 郷田は梓からのサインを待った。

 それはすぐに返ってきた。

「え? まさか……いや、だからこそ成功するかも……」

 城東の堀米投手は左投げで、三塁は背中側の死角である。

 しかも梓が足の遅い女子だと油断している節がある。

 一塁ランナーの山中主将は、梓のサインを確認したジェスチャーで、右足でベースをとんとんと足踏みした。

「やるっきゃないか……」

 郷田も確認の返答する為に帽子のつばを触った。

 そしてバッターボックスに入った。


 ピッチャーが投球モーションに入る。

 と同時に一塁ランナーが駆け出す。

「盗塁か?」

 進塁を助ける為にバットを振り回して捕手のタイミングをずらす郷田。

 バッテリーは一塁ランナーに視線が行っていた。

 捕手が二塁への送球体勢をとった瞬間、三塁を離れじりじりと前進していた梓が、猛ダッシュした。ディレードスチールだ。

「本盗だとお!」

 城東のベンチが総立ちになった。

 本盗に成功しても、その前にランナーがアウトになればそれで終わりである。

 しかし、一塁ランナーの山中は、盗塁のジェスチャーを見せただけで、半分も進まないうちに一塁へ引き返していた。

 球だけがむなしく二塁へ送球される。だが、この時点でセカンドは一塁走者に気をとられ、梓の本盗に気づくのが遅れた。

「ホームだ! ホームに投げろ」

 一瞬の惑いが勝負を分けた。

 右利きの二塁手にとって、捕球体勢から送球体勢に移るのに身体を入れ替える必要がある。

 そのほんのコンマ数秒の差が本盗成功の鍵を握っている。

 あわててホームへ投げる二塁手だがコースがずれた。


 ホームへ滑り込む梓。

 二塁手からの送球を受けてタッチプレーする捕手だが、送球がそれて追いタッチになってしまった。。

 クロスプレーに全員が息を飲んだ。

 しばしの静寂が覆った。

 主審は、梓の手元とボールの行方を確認する。


 梓の手はしっかりとホームベースを触っていた。ボールはミットからこぼれてベースのそばに転がっていた。

「セーフ!」

 主審は声高々に宣言した。

「ゲームセット!」


「やったー!」

「勝ったぞー!」

 ベンチから部員達が小躍りして飛び出してくる。

 梓のもとに全員が駆け寄ってくる。

「やられたな。女の子と思ってあなどっていた我が校の部員達の油断が勝敗を分けた」

 胴上げされている梓を見つめている沢渡。

「二死、一三塁においては、ディレードスチールは常套手段だ。女子だと油断したのが命取りだった。ともかく完璧な俺たちの負けだ」


 グランドに二列に整列する両校の野球部員達。

「2対3で、栄進高校の勝ち」

 審判が勝ったチームの側の手を挙げて宣言する。

「ありがとうございました!」

 一斉に帽子を取り、礼をした後でそれぞれ握手を求める部員達。

 梓の前に、歩み寄ってくる沢渡。

「負けたよ。梓さん……と言ったっけ。完璧な我々の作戦負けだ」

 と手を差し出す沢渡。

「ありがとう」

 その手を握りかえす梓。

「県大会で会おう……といっても、君は女の子だから、選手にはなれないな。残念だが……。それでもコーチとして采配を振るう事になるだろうから、作戦面で君と戦うことになりそうだ。その時は、今日の雪辱を晴らさせてもらうよ」

「そうですね」

「それじゃあ、また」

「ええ」

 くるりと背を向けて城東の部員達のもとへ戻っていく沢渡。


 前哨戦ともいうべきライバル校との戦いは、梓の采配によって勝利した。

 次なる戦いは、県大会予選へと向かうことになる。


 頑張れ栄進高校!

 頑張れ、梓よ!

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