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父親の助言

■ 父親の助言 ■


 とあるホテルのレストラン。静かなクラシックの音楽が流れている。

 食事をしている梓親子。

 フランス料理のフルコースに舌鼓を打つ梓。

 父親は、社長令嬢としてふさわしいマナーや、身のこなし方などを経験させるためにホテルのレストランでの食事や、社交パーティーなどにドレスアップした梓を連れ出していた。

「野球部に入ってマネージャーをやっているそうだな」

「うん」

「部員達とはうまくやっているかい?」

「うん。みんなやさしくしてくれるよ」

「だろうなあ。梓は可愛いからな」

「そんな……」

 娘が野球部に入ったと、母親から知らされて少し驚いた父親であったが、野球のことに関しては理解があるので、マネージャーならと許していた。

「ところで今年の栄進高校は行けそうかな?」

「ん……、どういうこと?」

「ほら去年は決勝戦まで行ったじゃないか。マネージャーならその辺のことも把握しているんだろう?」

「うん。でも、どうかなあ……」

「問題があるのかい」

「そうなの。ピッチャーがいないのよ。一年生の順平君にはまだ荷が重すぎるだろうし」

「そうか……。一年生じゃ、夏の大会を乗り切るだけの体力もついていないからなあ。夏の大会は、技術力以前に体力が勝負を分けることも多いんだ」

「あたしが投げられれば、継投策で何とかなるかもしれないけど。女子は選手にはなれないから」

「もちろんだよ。去年のピッチャーがあまりにも強すぎて、控え投手を育てるのを怠ったつけが、今になって回ってきたというところだろう」

「そうなのよ。お父さん、どうしたらいいと思う?」

 梓は、甲子園に出場した事もある父親に、何かにつけて相談していた。野球には造詣の深い父親であり、可愛い娘の相談には真剣に答えてあげていた。

「ただこれだけは言えるよ。野球は九人でやるものだ。まともなピッチャーがいなければ、他の野手全員でカバーしてやればいいんだよ」


 その夜。

 自室で勉強している梓。ドアがノックされる。

「お父さんだよ。入っていいかい?」

「うん。いいよ」

 許可を得て、父親が入ってくる。

「こんな時間になあに?」

「お父さんが出場した高校野球県大会決勝と、甲子園一回戦の記録ビデオを持ってきたんだ」

「記録ビデオ?」

「ああ、参考になるかと思ってね。よかったらそれを見て、今後の練習に使えないかと思ったのさ」

「ありがとう、お父さん。じっくり見させてもらうね」

「でも、夜更かししちゃだめだぞ」

 といって念を押しながら部屋を出る父親。

「はーい」

 娘の部屋には居づらいものだし、長居をして気分を害されてもいけない。用件を済ませばすぐに出ていって上げるのが、エチケットみたいなものだ。

 父親が退室して、早速ビデオデッキにセットしてみる梓。

「お父さんの好意は受けてあげなくちゃね」


 ところで受け取ったものは「ベータ方式ビデオカセット」であった。

 今時の若者はベータってなに?

 と、なるだろう。

 父親の高校生時代、今から30余年まえには、スマートフォンはおろかデジタルカメラすらなかった。

 家庭用映像記録媒体といえば、VHSーCかベータないしは8ミリビデオである。

 重いカメラを抱えながら、子供の成長記録を撮っていた。

 時代の変化には驚かされるものだ。


 さて、ベータカセットであるが、これを再生できるビデオデッキはちゃんとある。

 父親が無類のベータ信奉者だったので、書斎には豊富な映画ライブラリーがベータで揃っている。

 梓は、たまにそれらを借りて鑑賞するために、ベータデッキを自室に置いていた。


 梓は、甲子園に出たという父親に対して、尊敬の念を抱いていた。もちろん浩二としても、自分が成し得なかったことで、思いは同じである。


 TVの画面には、ピッチャーズマウンドに立つ高校時代の父親と、グランドを駆け回る野球部員達が映し出されていた。

「ふーん……。お父さんは、打たせてとるタイプね」

 ランナー一塁で、三遊間へのゴロの場面であった。

 サードが球を拾って、二塁は間に合わないと判断したピッチャーの支持に従って、ファーストへ送球する。

 そこまでは当然の動きであるが、その他の野手達の動きに驚かされる梓であった。

 ライトは一塁送球がそれた場合に備えて一塁ベース後方に回りこんでいるし、センターは二塁送球の際のカバーに入っている。そしてレフトもサードがボールを処理するのを見届けてから、一塁ランナーを三塁で刺すためのカバーに入っている。ファーストはランナーが一塁ベースを踏んだのを確認してから、離塁したランナーの後を追う。

 立ち止まっている野手は一人もいなかった。全員がボールを処理する守備のカバーに走りまわっている。ランナーがいない時には、捕手までが打者が球を打つごとに、全速力で一塁カバーに走っているのだ。これは相当疲れるはずなのだが。

 内野安打にしろ外野飛球にしろ、打球が飛んだコースと飛距離、ランナーとの位置関係、それぞれに即応した完璧な動きを、すべての野手が見せていた。

 ヒットを打たれるのはしようがないとしても、三塁打となるところを二塁打に、二塁打を単打にするべき守備陣の動きであった。

 プロなら当然の動きだろうが、高校生レベルでこれだけの動きは中々できるものではない。

「うーん。相当の練習を積んでいるんだろうな……」

 さすがに甲子園に出場するチームだけのことはあると感心した。

「全員野球か……」

 ふと時計を見ると午前二時を回っていた。

「おおっと、いけない。今日は、これくらいにしておこう」

 朝になって、寝不足の顔を父親に見せるわけにはいかない。夜更かしはだめと念押しされている。

 父親は、朝食時に娘の顔色などの健康状態を確認してから出社している節がある。社長だから出勤時間には余裕があるのだ。

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