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転落事故

■ 転落事故 ■



 夏の全国高等学校野球選手権大会、県大会会場。

 球場内から歓声が轟く。

 マウンド上の投手長岡浩二、ガッツポーズをとっている。

 アナウンス室では、金切り声を出して実況中継を行っていた。

『ラストバッターを三振に切って落し、栄進高校とうとう決勝進出を果たしました。なんと優勝候補の筆頭西条学園をノーヒットノーランに押え込んでの偉業達成です。それにしても今大会ノーヒットノーランはこれで三度目という超高校級の怪物投手がこんな無名チームに潜んでいたとは、まったく意外でありました』

『これは明後日の決勝戦、プロも注目の超高校級スラッガー、沢渡選手率いる城東学園高校との試合が楽しみになってまいりましたねえ』

『まったくです。その明後日の試合のプレーボールは午後一時からです。実況中継は、午後十二時五十五分からの放送となります。みなさまご期待ください……』



 とある雑居ビルの屋上。

 フェンス際で震えているセーラー服の少女と、取り囲んでいるがらの悪いスケ番風のグループ。

「お願いです。もう許してください」

 必死の表情で嘆願する少女。

「許せないねえ。あんたが逃げ帰ってくれたおかげで、約束の金が手にはいらなくなったんだ。どうしてくれんでえ」

 リーダー格と思われるスケ番が、少女に歩み寄って話し掛ける。

「他のことならなんでもします。だから……」

「なんでもだとう。女が手っとり早く大金を稼ぐには援交しかないんだよ。いいかい、あたい達には金が必要なんだ。それも至急にさ」

「このかわいい面なら、素敵なおじさまがいくらでも出してくれるんだ」

 と少女の顎をしゃくりあげるようにするスケ番。

「さあ、もういちど。あのホテルに戻るんだ」

「い、いやです。それだけは許してください」

「なんだとお、やさしくしてやりゃあ、つけあがりやがって」

 いきなり少女の胸元を引き裂いてしまうスケ番。ビリッという音とともに少女の胸元があらわになってブラがはみ出す。

「きゃあ!」

 両手ですかさず胸元を隠して、その場にしゃがみこむ少女。涙を瞳に一杯あふれさせている。

「おねがいです……」

「だめだねえ。強引にでも連れていくよ」

「さあ、来るんだよ」

 スケ番、少女の手を取って引き連れていこうとする。

「い、いやあ!」

 スケ番の手を思わず噛んでいる少女。

「いてえ! なにしやがんでえ」

 スケ番、少女を突き飛ばす。

 少女、手摺に激突してそのまま、手摺を乗り越え下へ転落してゆく。

「きゃあーーー」


 落下していく少女。



 街中。

 野球道具を肩に担いだ浩二が、舗道を歩いている。

「あぶない!」

 歩行者の叫び声。

「え?」

 声が掛かればつい本能的に立ち止まってしまうものだ。それがいけなかった。

 屋上から落下してくる少女は、一度ショーウィンドウの天幕でバウンドしてから浩二の頭上を襲った。

 身体ごと当たられてはさしもの屈強の体格をもってしても食い止められるわけがない。追突の衝撃は浩二を跳ね飛ばした。そして、運悪くアスファルトの道路に後頭部を強打して、意識を失ってしまったのだ。

 少女も道路に伏したまま身動きしなかった。



 高校野球県大会会場。

 興奮したアナウンサーの声が、そこここのラジオから流れている。

『打ったあ、これはでかい! 沢渡選手、手ごたえ十分とみてかまったく動きません。ボールの行方を確かめています。逆点の三塁ランナーは、一応タッチアップの態勢です。入ったあ、ホームラン。さよならです。沢渡選手、今やっと一塁へ歩きだしました。そしてしっかりと一塁を踏みしめました』

 球場を紙吹雪が舞っている。

『城東学園高校優勝です』

 飛び出してくる城東学園の選手達。

『あ、たった今。情報が入りました。意識不明の重体が報じられていました栄進高校のエース投手の長居君ですが、午後三時に埼玉医大救急病院にて、亡くなられたそうです』

 グラウンドで泣きくずれる栄進高校のナイン達。応援団の人々も茫然自失状態になっている。

『栄進高校にも知らされたのか、選手達泣いております。試合に敗れエースを失い、なんと慰めていいのか、適当な言葉が浮かんでまいりません』

 グラウンド上、一塁から戻った沢渡、ニュースを聞いて立ち尽くしている。

「長居君……。君と勝負がしたかった」

 マウンドを見つめたまま、ライバルの夭折に胸を傷めていた。

『ノーヒットノーランを達成して決勝まで進んだというのに、転落事故に巻き込まれて亡くなられるなんて……死んでも死に切れないでしょうねえ。ここに謹んでご冥福を祈ります』



■ 生まれ変わり ■



 とある病院の病室。

 ベッドに寝ている少女。

 そのそばで心配そうにしている少女の両親らしき二人。

「うーん」

 少女、目覚める。

 母親気が付く。

「あなた! 梓が気づきましたわ」

「本当か」

「ほら目を開けています」

 朦朧とする中で、心配そうに自分を見つめている見知らぬ男女に気がつく少女。

「梓ちゃん、聞こえる?」

(梓……? なんだ)

「梓、しっかりしろ」

(俺のことをいっているのか……)

 丁度、担当医師が入ってくる。

「先生、梓が、気がつきました」

「どれどれ」

 医師、梓のそばに寄り、脈をとっている。

「梓さん。聞こえますか?」

(また、梓……、俺はいったい……だめだ、頭が痛い)

 再び目蓋を閉じて眠りにつく少女。

「梓ちゃん」

 医師、少女の目蓋を指で開いて、ライトを当てながら瞳孔検査をしている。

「先生……どうですか?」

 医師、振り向いて立ち上がる。

「意識ははっきりしていなかったようですが、もう大丈夫ですよ。すっかり良くなっています。二・三日もすれば起き上がれるほど回復するでしょう」

「本当ですか?」

「はい」

「ありがとうございます」

「あなた……」

 母親、父親の胸に。それをやさしく抱く父親。

「よかった。よかった……」

「高いビルから転落したり飛び降り自殺した人というのは、地面に激突する以前に、墜落の途中で心臓麻痺や脳死によってすでに死んでいると言われます。実際にそれを確かめる方法がないのであくまで推測の域を出ていませんが。ともかく、お嬢さまが仮死状態ながらも、無傷で助かったのはほとんど奇跡といっていいでしょう」


 病室。

 開け放たれた窓のカーテンをそよ風が揺らしている。

 ベッドに起き上がっている少女。

「ここはどこだ?」

 きょろきょろとしている。

 布団をはねのけて、ベッドから降りようとする。

「え?」

 女物のネグリジェを着ている自分に気づく少女。

「あんだ、これは! なんで、女物のネグリジェなんか着てるんだ?」

 さらに胸の膨らみに気がつく。

「こ、これは……」

 そっと胸に手をあてる。

 ぷよぷよとした弾力ある感触が返ってくる。

 そっと胸をはだけてみる。

 豊かとは言えないが少女にはふさわしいほどの胸の膨らみがあった。

「なんで胸があるんだあ」

 合点がいかないようすの少女。

「まさか……」

 下半身に手をあてる少女。

「ない……」

 あまりのショックに声も出ないと言った表情。

 そうなのだ。何を隠そうこの少女の身体には、長岡浩二の精神が乗り移っていたのである。

 自分の身に一体何が起きたのか思い起こそうとしている。

「たしか……」

 やがてビルからの転落事故の記憶が蘇ってくる。

「そうか……上から人が落ちてきたんだ……そして、気がついたらこのベッドの上にいた。しかもこの身体……」


 その時母親が入室してくる。

 あわてて隠れるように布団に入り込む少女。

「梓! 気がついたのね」

「……」

 布団から顔だけを出すようにして、入室してきた人物を見ている。

 母親、少女の枕元にやってくる。

 少女あわてて布団を頭からかぶる。

 緊張して心臓もドキドキ。

「気分はどう? 梓」

 やさしく声をかける母親。

(梓って、いうのか……この身体の主の名前は……そしてこの女性はその母親みたいだな)

 ゆっくりと顔を出す少女、梓。

 にこりと微笑んでいる母親の表情。

「ここはどこ?」

「病院よ。あなたはビルの屋上から転落して、救急車でこの病院に運ばれたのよ」

「病院……」

 母親、梓の額の汗をハンカチで拭ってやっている。

「そうよ。一時は仮死状態にまでなったんだから。でも奇跡的に息を吹き返したの」

「……」

「でもよかったわ、多少の打ち身はあるものの、身体には何の支障もなくって。ビルの一階に張り出された天幕の上に丁度うまい具合に落ちたから、それがクッションの役目を果たしたのね」

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