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8話:聖者


 再会の後、用意されていた夕食を皆で食べることになった。

 皆と言っても京介はおらず、俺と歌音、蓮樹に楓、それにリリアの五人だったが。

 歌音は静かに食べ進め、楓は数人前を黙々と食べていき、蓮樹はひたすらハイテンションで騒いでいた。

 それを見て若干引いているリリアに癒されながら、俺は苦笑いしながら全員の相手をして回った。


 出されたのは町の宿の食事と大差ない料理だったが、料理人の腕の違いか、やたらと美味く感じた。

 旅で疲れていたから尚更なのかもしれない。

 久しぶりに飲んだ王都の麦酒は、冷えてはいないもののとても美味かった。


 で。約一名がひたすら騒がしかった夕食後。

 酔い醒ましがてら散策していると、裏手にある庭園に目的の人物(聖者様)を見つけた。

 ニコニコと笑顔のまま、月を見上げている。

 あんな所でなにしてんだ、あいつ。

 相変わらずよく分からん奴だ。


 ……ふ。しかしまあ、こいつが聖者様ねぇ。

 しばらくこのネタでからかってやろう。


「よう、聖者様」

「おや。体調は如何ですか、『疾風迅雷(ヴァンガード)』」


 強烈なカウンターパンチを喰らった。

 この歳でその二つ名はかなりきついんだが。


「お前、人が嫌がる事を的確に突いて来るよな」

「いえ、今のは亜礼さんに合わせただけですよ?」

「まじで性格悪いなお前」

「お褒めいただき恐悦至極」


 胸の前で十字を切り、Amen(エィメン)と告げる。

 イケメンは何しても絵になるから(たち)が悪い。

 と言うか、何故今祈ったのか。

 特に意味も無い気がするが、後々意味が出てきそうで怖いのが腹黒イケメンたるところか。

 よくよく考えるまでも無く、やはりこいつは中々分からない存在だ。


「とりあえず、今日は助かった。礼を言う」

「おや珍しい。貴方が礼を言うなんて、槍でも降ってきますかね?」

「お前以外にはよく言ってるが」

「それはそれは。寂しい事です」


 言ってろ。礼を言う前に場を引っ掻き回すのはお前だろうが。

 照れ隠しなのか気遣いなのかは知らんが、何にせよ面倒事を持ち込まないでほしい。

 そうだ、面倒事と言えば。


「なあ、話は変わるが。そろそろ武術大会の時期だろ? お前はどうするんだ?」

「僕は強制参加です。治療班として、ですが」

「なんだ、ぶっ飛ばされる所を見たかったのに」

「御期待に添えず申し訳ありません。もっとも、僕の方は面白いものが見れそうですが」


 おい待て。話の流れ的に嫌な予感しかしないんだが。


「歌音さんが張り切っていましたよ。今年は『勇者』対『疾風迅雷』が見れると」

「司と俺かよ。死人が出そうなカードだな」


 無論、俺がヤバいのだが。


 遠野流古武術免許皆伝、リアルチートの一人。

『勇者』遠野(とおの)(つかさ)

 俺の知る最強の一人。

 俺の戦闘の師匠でもあり、魔王と素手喧嘩(ステゴロ)でやりあった天才少年。

 そんな奴と戦えと。なるほど、死刑執行かな、これ。


「いや、ほんとに。俺、ヤバくないか?」

「ご安心を。死ななければ治します」

「ああ、そうかお前か。お前がいるせいか」

「はい、僕がいれば万が一も起こりません。安心して勇義を深めてください」

「勘弁してくれよ、本当に」


 自分の顔が引つるのが分かった。

 うん。まあ百回戦って九十九回負けるな。

 俺に対してだけは全く遠慮がないからな、あいつ。

 尚、残り一戦は相討ちで換算している。

 どう足掻いても怪我をしない未来が見えない。

 どうにか棄権できないだろうか。


「まあ、トーナメント形式らしいので。運が良ければ不戦敗も可能かと」

「……それに賭けるしかないか」

「ああ、そう言えば蓮樹さんも参加するそうですよ」

「俺、終了のお知らせだな」


 確か予選後の一回戦が八試合。

 つまり確率八分の二でフルボッコ確定だ。

 今からでも逃げる算段をつけた方が良いかもしれない。

 ふむ歌音さえ撒けばチャンスはあるか。

 またな、と京介に軽く別れの挨拶をした後もしばらく逃走経路を考えていた。


 そして、そのせいだろうか。

 自室に戻る直前、歌音と遭遇した。

 タイミングに意図を感じる。いや、さすがに気のせいかもしれんが。


「ああ、お兄様。ちょうど良かったです。武術大会の件なのですが」

「ついさっき京介から聞いた」

「そうでしたか。では、参加ということで」

「ちなみに、なんだが。俺が事前に逃げ出した場合は」

「次会った時に(えぐ)ります」


 何をだよ。いや、聞くのも怖いから聞けないけど。


「うふ。ふふふ。私、とても楽しみにしてるんです。

 お兄様が戦う姿をまた見る事ができるなんて……あぁ、至福です」


 上気した顔で興奮を隠さずに、熱い視線を送ってくる妹。

 さすがクレイジーサイコブラコン。

 こいつも相変わらずブレーキがぶっ壊れてる。まじ怖い。


 いつからだろうか。歌音が怖いと感じるようになったのは。

 こちらの世界に来る前から、少しばかり病んでいた気はするが。

 それが顕著になったのが、多分四天王の一人と()り合った後、くらいだろうか、

 そう考えると然程(さほど)昔でもないんだなあ、とか。

 ちょっと現実逃避してみても、何も変わらないのだが。


「……まぁ、当日は応援してくれ」

「勿論です。うふふ。ふふふふふ。記録の魔道具をもう三基ほど用意しますね」

「お、おう。そうか」


 尚、この世界に職権濫用(しょっけんらんよう)という言葉はない。

 権力=正義という恐ろしい公式が適用されているのだ。

 幸いな事に今の王様は人が良く、王国の民も不平不満のない日々を送れているようだが、事実上王国の経済を回しているのがこの歌音(ブラコン)だ。

 先行きが不安すぎる。


 閑話休題(さておき)

 スイッチが入ってしまった妹を放置する訳にもいかず。

 さりとて下手に刺激するのも(はばか)られるこの状況。

 ここを無難に切り抜けるにはどうしたら良いものか。


 今夜は、もうしばらく眠れそうにない。


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