53話:紅い月の独白
◆視点変更:アイシア◆
この世界には二種類の生物がいる。
強い者と弱い者だ。
弱い者は餌となり、強い者はそれを喰らって更に強くなる。
それが自然の摂理。生物の当たり前。
弱肉強食が世界の理。そのはずだった。
けれど、アレイは違った。
弱い人間の中でも、更に弱い者。餌でしかない者。
しかし、魔王を殺した者。最強よりも尚、強い者。
私の心を掴んで離さない者。
あぁ、愛おしい人。
壊して殺して切り刻んでそのたま食べてしまいたいくらいに恋しい。
貴方が欲しい。この火照りきった身体を慰めて欲しい。
私の蕩けきった心を蹂躙して犯して欲しい。
初めに出会った時、アレイは子ウサギのように震えていた。
臆面も無く怯え、ただ逃げ惑う事しかできない、ただの餌でしか無かった。
そして彼は、仲間を守ると口にした途端、力無い子ウサギから獲物を狙う狼へと姿を変えた。
神造鉄杭を右腕に備えて勇敢に飛び掛かってきた時、私の心は狂喜に満ちた。
つまらない狩りが最高の遊び場に変わった。
あの時の感動は忘れることが出来ない。
当たり前を、当たり前としない。
弱者が強者となる瞬間を。
その輝きは私を惹き付けて止まなかった。
それはどんな宝石よりも美しく、そして輝いていた。
その光が、欲しいと思った。
次に会った時、アレイはまた怯えていた。
戦いが怖いと。私が怖いと。その身は恐れに震えていた。
けれど、彼の仲間が窮地に立たされた途端に、彼はまた英雄に変わった。
仲間を失うのが何より怖いと。
そうならない為に、私を倒すと嘯いた。
彼は恐怖を感じない訳では無い。
恐れが無くなった訳でもない。
怖がりながら、怯えながら、それでも。
強い心で弱さを押し殺し、私に立ち向かってきた。
我が身を省みず強大な敵と戦い、大いなる戦果を上げるもの。
人間はそれを英雄と呼ぶのだと知っている。
それならば、アレイは正に英雄と呼べるだろう。
彼は、私の英雄。愛しい愛しい英雄サマ。
弱くて強い、とても魅力的な人。
そしてあの日。彼の仲間たちを薙ぎ払い、二人きりで踊った夜。
アレイはついに、虚ろな私の腹を撃ち抜いた。
あの時の衝撃を忘れない。
あの時の感動を忘れない。
ただの人間が、意思の力で英雄となった。
ただの人間が、私に半死半生の怪我を負わせた。
弱い者が、私に対抗した。
私の身体を太くて硬い鉄杭で貫いてくれた。
何者も汚せないはずのわたしの初めてを奪ってくれた。
アレイはただの人間だ。
神魔滅殺のように強い訳ではない。
韋駄天のように速い訳ではない。
魔法も使えず、特殊な力が有る訳でもない。
ただ真っ直ぐに突き進むだけ。
ただ正面の敵を撃ち貫くだけ。
たったそれだけの力で、多くの強い者を葬った。
私は、アレイに恋をした。
何時でもアレイを想う。
何処でもアレイを想う。
どうやって遊ぼうか。
どうやって殺そうか。
どうやって愛し愛されようか。
あぁ、アレイに会いたい。
ただそれだけを願った。
二人で甘い蜜月を続けていた。幸せな時間が続いていたのに。
ある日、ついにアレイは魔王を倒してしまった。
餌でしかない人間が、魔族の王を討ち取ったのだ。
ただ、意思の力だけで。
素晴らしい。有り得ない。何て馬鹿な話だ。
最弱が、意思の力だけで、最強を、撃ち貫いた。
まるで夢物語のような。まるでお伽噺のような。
それは、英雄と呼ばれる者達の中でも、もっとも異端な英雄。
矛盾を孕んだ最強の人間。
カツラギアレイ。其れは、愛しい者の名前。
忘れることなど出来ない名前。
例え魔王にこの身を蝕まれようと。
幾千の亡霊達の記憶に翻弄されようと。
決して薄れることのない甘い想い出。
私の心を蝕んでしまった愛しい人。
嗚呼。早く遊びたい。殺したい。触れたい。殺されたい。
人間の英雄。私の英雄。早く、速く。愛し会いたい。
もう少し。傷が癒えたら、また。
今はまだ。遊べないだろうから。
次は。次こそは。きっと。かならず。
貴方を殺す。アレイ。




