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5話:旅路の夜


 久しぶりの旅だった訳だが、特に問題なく過ぎていき、今日は予定通り馬宿で夜を明かす事ができた。

 終始楽しげなリリアに癒されつつ、次第に旅の感覚を思い出していく。

 いや、順調で何よりだ。このまま何事もなく過ぎてくれたら護衛も楽なんだが。


 今晩は夜営だ。不寝番の順番の事で商隊着き冒険者達のリーダーであるゴードンと順番の打ち合わせをしておく。

 話し合いの結果、ありがたい事に俺の番は一番最後になった。


 このゴードンという男、言葉が荒く粗暴に見えるが、意外と気配りが上手い。

 お陰で彼らのパーティとすぐに打ち解けることができた。

 俺のような部外者がいる事に対して彼らも良い気はしないだろうに、そんな様子は微塵も感じさせないのは非常に助かっている。

 気持ちの良い男だ。機会があれば一緒に酒を飲んでみたいものだが。

 王都に着いたら誘ってみるのもいいかも知れないな。

 まあ、向こうについてそんな暇があるはずもないのだが。



 眠っていた所を起こしてもらい、簡易テントから出て見張りを代わる。

 気さくな感じで挨拶をしてくれたので、こちらも気軽に軽口を返しておいた。

 本当に、気持ちの良いヤツらばかりだ。巡り合わせに感謝しないとな。


 元々、冒険者という人種はお人好しが多い。

 稼ぎよりも人情を大事にする、そんなヤツらが着く仕事が冒険者だ。

 依頼を受け、人々の助けとなる事。それを誇りに生きている連中。

 だからこそ危険の傍らに身を置いていながらも、仲間たちと笑い合えるのだろう。

 凄い人達だと思う。俺も冒険者ではあるが、彼らのような豪胆な生き様は到底真似できそうもないな。

 何となくバツが悪くなってガリガリと後ろ頭を掻きながらパチパチと燃える()き火に(まき)を追加。

 火が強くなるのを横目に、ぼんやりと暗がりを眺める。

 魔物や動物の気配もないし穏やかな夜だ。

 昔もよくこうやって不寝番をしたものだと、懐かしく感じた。


 あの頃は、ただ必死だった。

 仲間の誰よりも弱く、戦う度に何度も死にそうな目にあった。

 最初の選択を間違えたとは言わないが、俺が望んだ女神の加護は他の奴らと比べて非常に使い勝手が悪かった。


 昔から他人に流されることが多かった俺が女神に望んだのは、戦う力でも強力な武器でもなく、戦うための『意志を貫く力』だった。


 我ながらどうかと思うが、叶える女神もどうかと思う。

 結果、他の奴等より身体強化も弱く、魔力が潤沢にある訳でもなく、頭の回転が早いわけでもなく。

 もちろん戦い方なんて素人そのものな俺は、仲間たちの足手まといでしかなかった。


 ただ、怖かった。

 死が溢れる世界が。

 殺し殺される戦争が。

 理不尽な魔物の存在が。

 希望だと(はや)し立てる声が。

 周囲から向けられる期待が。


 何より、役立たずと切り捨てられる事が一番怖かった。

 だから、強くあらねばと思っていた。

 恐怖を押さえ込み、弱音を噛み殺し。

 何度倒れようとも立ち上がり、己を奮い立たたせ。

 ただひたすら前へ、前へ。無我夢中で進み続けた。


 そして気付けば、俺の後を仲間達が着いて来ていた。

 それからは余計に、退くこともできなかった。

 そんなのは格好悪いと、勝手に思っていたのだ。

 血を吐きながらも敵を殺す訓練を繰り返し、その合間に魔物の生態や地理などを覚えた。

 魔法に関しては適正がなくて最終的に一つ二つをどうにか覚える程度だったが、それでもせめて敵の魔法に対応できるように知識を詰め込んだ。


 それらが重なりあい、周りの大きな助けがあって、たまたま何とかなっていった。

 ただ、それだけの話だ。英雄譚なんて洒落たものじゃない。

 あんなものは、ただの悪足掻きでしかないのだと、俺自身が一番よく理解している。

 たまたま上手く行っただけ。運が良かっただけに過ぎないのだと、自覚している。

 

 くそ。夜はどうにも思考が暗くなってしまう。

 話し相手でもいれば気が紛れるのだろうが、今は生憎(あいにく)の一人だ。

 こういうネガティブなところは昔から変わってないな、と小さく笑う。


 しかし、久しぶりに野営をしているせいか昔のことをよく思い出す夜だ。

 仲間たちは今頃何をしているんだろうか。


 俺達はわざと個性的なメンツを集めたような、とても歪なパーティだった訳で。

 それも理由の一つとなって、辛く厳しい長旅だった。

 けどそれでも、楽しかったように思う。

 喧嘩もした。仲直りもした。酔っぱらって大騒ぎもした。

 男だけでこっそり夜の店に行こうとした事もあった。

 いやまあ、それは妨害にあって実現されなかったが。

 なぜか俺だけ責められる事になったのもいい思い出だ。


 今さら、また会いたいと思うのは勝手すぎるだろうか。

 あいつらなら、何事もなかったかのように再会出来る気がする一方で、メチャクチャ怒られる気もする。

 まあ、どちらにせよ会うことはないだろうけどな、と。

 一人で苦笑しながら焚き火に薪を投げ入れる。

 少しだけ懐かしさを感じ、過去に浸りながら夜を過ごした。


 そして、ゴブリンロードと遭遇したのはその次の日だった。


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