4話:護衛依頼
――銀色の杭が吼える。
――夜色の悪夢が嗤う。
いつか見た光景が巡る。
果ての見えない雪原。巨大な満月。飛び散る雪。
チートな仲間達に、幾千幾万の魔物の群れ。
あだ、これは、夢だ。
旅を初めて半年程、魔王軍の砦を俺達だけで攻めた時の記憶。
「くふふ。ああ、楽しいわねぇ。くふふ」
艶っぽい、籠るような嗤い声。月に映える、獣の様な笑顔。
漆黒のゴシックロリータのようなドレスを身に纏う、悪夢の顕現。
四天王の一人、アイシア。
羅刹の如き美しき魔人は、俺と戦いながら艶やかに嗤う。
「もっと激しくして、もっと強く私を求めて。くふ、ふふふふ。さぁ、遊びましょう?」
ああ、ちくしょう。
嗤うんじゃねぇ。怖いだろうが。
しゃらん、と振るわれた鞭のような蛇腹剣を手甲で住なし、金属が削れる音を置き去りにしながら突貫する。
青空のような澄んだ青の魔力光を置き去りに、この身は加速する。
――銀色の杭が吼える。
――夜色の悪夢が嗤う。
昔見た縁日の花火のように、稲妻のように、火花が咲いては散っていく。
耳鳴りが酷い。鼓動が近い。死がすぐ隣にある気がする。
「くふふ。ああ、愛しい人。早く、速く、こちらに来て」
幾許かの高揚と最大級の恐怖。
それに、一つの約束を燃料として。
精一杯の強がりを吐き出す。
「うるせぇ、黙って喰らってろ!」
――銀色の杭が吼える。
――夜色の悪夢が嗤う。
※
ふと、目が覚めた。
最近リリアに付き合って朝から訓練しているせいか、旅をしていた頃の夢を見たようだ。
幸先の悪い話だ。思わず、いつものように頭を掻いた。
とにかく気持ちを切り替えて、今日も一日頑張りますかね。
そう思いながら外で荷造りをしていると、完全武装したリリアがやってきた。
相変わらず朝が早いお嬢様だ。
「おはようございます、アレイさん」
「おう、おはようさん」
微笑む彼女に対して適当に挨拶を返し、同時に荷造りが完了する。
「いよいよ出発ですね!」
「あぁ、そうだな」
楽しげな様子の彼女に思わず苦笑が漏れる。
まるで遠足の前の子どもみたいだ。
無邪気に笑う姿は年相応に見える。
「あはは。でも実は少しだけ、緊張しています」
「最初の頃は誰でもそうだ。緊張しない方がどうかしてる」
今回は馬車で五日程度の短い旅路だが、それでも最初の内は何もかも新鮮に見える事だろう。
危険やトラブルは勘弁してほしいが、そんなものが無くても彼女にとっては全てが刺激的に思えるはずだ。
幸いなことに今回は街道沿いを進む行程で、途中に馬宿もある。野宿の必要も少ない。
後は王都に向かう商人と合流して荷物を積み込むだけだ。
「そういや、こっち来る時は一人だったんだよな」
「はい、馬車の中で寝泊まりしていました」
「……見張りも無しでよく無事だったな」
呆れると言うか、なんと言うか。
一人旅で何の警戒もなく馬車内で寝泊まりする等、いつ魔物に襲われるかわかったものでは無い。
「その時は考えが及びませんでしたけど、今思うと幸運だったんですね」
「本当にな」
落ち込むリリア。感情の起伏が激しいのが面白くて、つい笑ってしまった。
リリアには旅を共にするに辺り、既に基本的な事は一通り教え込んである。
今後も冒険者を続けるつもりなら必須な知識だし、そうでなくても何かの役には立つだろうし。
「油断は禁物だが、まあ何だ。そう気張る事もない。練習程度に考えたらいいんじゃないか?」
短い旅路でもあるし、俺達以外にも商隊護衛の冒険者パーティが依頼を受けている。
気を張り過ぎても無駄に疲れるだけなんだが、まあこればかりは馴れるしか無いのだろう。
「はい。アレイさんは王都に行ったことが?」
「あるな。と言うか、一時期住んでいたよ」
この世界に召喚されてしばらくは王都、と言うか王城で生活してたからな。
なにも出来ないくせに良い生活をさせてもらって、肩身が狭かった覚えしかないが。
「そうなんですか。じゃあ今回の護衛依頼は武術大会に合わせてなんですね」
「ああそうか。もうそんな時期なのか」
言われて始めて思い出した。そう言えばそうか。
王都では毎年、国を上げての武術大会が開催される。
元々イベントなんて年始以外に無い国だった為、武術大会の盛り上がり方はその年始の祭を超えるほどだ。
大会側が用意した刃を潰した武器を使用するので、比較的危険も少ないらしい。
以前は確か、仲間内の若い子達が嬉しそうに参加していたな。
一般冒険者と同レベルの俺が仲間達の誰かと当たったら、死にはしないだろうが大怪我は確定だろうから俺は参加したことないけど。
それに、英雄の責務とやらから逃げ出した俺としては、今更あいつらに合わせる顔がない。
「あれ? 違うんですか?」
「俺は参加するつもりはない。怖いからな」
うん、まあ、色々とな。
だが幸いなことに王都は広い。
冒険者ギルドに達成報告を上げてすぐに離れれば、あいつらに遭遇する事もないだろう。
そのまま手早く王都を離れてしまえば良いだけの話だ。
「そう言うリリアは大会に出るのか?」
「はい。学校の友人と一緒に参加します」
「おぉ、じゃあ団体戦の方か」
「一応個人戦にも。先生方が推薦してくれまして」
ふむ。推薦ってことはかなり優等生なんだな。
訓練に付き合った感じだと、確かに基礎は出来てたしな。
「優等生の義務ってやつか。どこでも一緒だな」
「ふふ。良ければ応援してくださいね」
「大会まで王都にいたら考えるよ。さて、そろそろ出発かね」
頭の中で王都までの地図を開きながら、これからの行程を考えながら、商隊やその護衛の奴らに挨拶をしに行った。




