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38話:船出の前に


 遥と話した帰りにリリアと別れ、船着場で顔見知りの船員であるジョニーと話したのだが、やはりゲルニカへの定期便は出ていないようだった。


「臨時で船を出してもらうことは出来ないか?」

「うーん。明日なら出せんことも無いが、迎えに行くのは半月後になるぞ?」


 半月か。まあ、そのくらいなら何とかなるだろう。

 アスーラで食料さえ用意しておけば、あちらで水も補給できるしな。


「それで頼む。すまないな」

「まあアレイの頼みだからな」


 ニカリと笑いかけられ、俺も笑い返した。

 やはり共に酒を飲み交わした相手は頼りになる。今回は素直に甘えておくことにしよう。

 今度また、珍しい酒でも持ってくるか。


「それよりお前、まだ結婚してないのか?」

「は? いや、俺は結婚する気はないんだが」

「結婚は良いぞー。家に帰れば嫁さんが出迎えてくれる生活は最高だ」

「そうか。相変わらず仲が良さそうで何よりだ」


 元は俺たちがクラーケンを退治した時に出会った二人だが、俺たちの旅が終わる前に電撃結婚したのは本当に驚いた。

 出会って一ヶ月で結婚まで行くとは恐れ入る。俺には到底真似できそうもない話だ。

 いや、未だに新婚気分という事の方が驚いたが。


「嫁さんにもよろしく伝えてくれ」

「おう。それじゃまたな」

「ああ、引き止めて悪かったな」


 互いに手を振って別れた後、事の流れを伝えるためにリリアの待つ宿へと戻ることにした。


〇〇〇〇〇〇〇〇


 その日の夜。


「と言う訳でな。明日出発することになった」

「ふうん。あ、チェックメイト」

「……また負けたか」


 暇潰しに誠の家に来てチェスを打ってはみたは良いものの。

 この世界で一品しかない大理石のチェス盤上では、俺の軍が鮮やかにとどめを刺されていた。

 果たして誠が強いのか、俺が弱いのか。

 まあ、両方だと思うが。


「あー……でも、船かあ。ボク乗ったことないなー。前は楓の魔法で飛んでったもんねー」

「ああ、失念していた所ではあるな。昔は定期便があったと思ったんだが」

「もう魔王もいないからね。傭兵も冒険者もゲルニカに用はないし、儲けが無ければ船も出ないよ」

「道理だな。さて、キリも良いしそろそろ帰るか」


 チェス盤とコマを片付け、席を立つ。

 時間も遅いし、流石にそろそろ戻らないと不味い。

 明日の朝もリリアとの訓練がある事だしな。


「あ、待った。昨日歌音ちゃんから連絡来てたんだけど。キミ、黙って出てきたの?」

「……いや、蓮樹には伝えてきたぞ、一応」

「あー……うん。あのね、めっちゃ怒ってたよ」

「……だろうなあ」

「いっそお兄様を殺して私も、とか言い出したから通信切ったけどね」

「……まあ、帰ったら謝るわ」


 何とも言えない空気になり、頭をかく。

 なんとなく、その光景が脳裏に浮かぶ。いやまあ、普通に怖ぇわ。


「迷惑をかけてすまないな」

「本当だよまったく。ちゃんと戻って来なよ?」

「ああ。怒られに戻って来るさ」


 苦笑が漏れる。しまらない話ではあるが、それも俺らしいか。

 約束してしまった以上、帰ってくる以外に選択肢がないしな。


「じゃあ、またな」

「うん、またね」


 ソファ越しに適当に手を振る誠に、同じく適当に手を振った。


〇〇〇〇〇〇〇〇


 宿の部屋に戻ると、荷物を引っ張り出して必要な物が抜けていないか再確認を行った。

 元々荷物も少ないので本当に確認程度のものでしかないが、手慰みには丁度良い。

 愛用のナイフの砥ぎを見定め、慣れ親しんだ単純作業にあくびを噛み殺しながら革のケースに戻し、鎧の確認に移る。


 大分傷んで来ているが、旅の始まりから使っている愛用の革鎧だ。

 当時、金属製の鎧は重くて動けなかったので革製に変更したという情けないエピソードがあるのだが、そこは割愛しておこう。

 この鎧は森人に守りの護符を縫い付けてもらい、妖精の女王に耐火の魔法をかけてもらったもので、革製とは思えない防御力を持つ。

 専用の油を染み込ませた布で拭き上げ、仕上げに乾拭き。

 何度も命を助けてもらった鎧一式を置き、メンテナンスを終える。


 他の荷物に関しても状態や在庫を確認したが、特に問題はないようだ。


 これで良し。後は明日、船に詰め込むだけだ。

 リリアの方も今頃点検しているだろうか、と思った時。

 コンコン、と控えめなノックの音。

 ドアを開けると、何とも可愛らしい普段着姿のリリアの姿があった。


「どうした?」

「いえ、その……なんだか落ち着かなくて」


 ソワソワと体を捩らせながら言うリリアに苦笑を返す。

 なるほど。そう言えば歌音も船に乗るのは怖いとか言ってたな。

 そのせいで楓の魔法で空を飛んで海を渡ることになったのだが、それはそれで怖かったようで到着した後に歌音を宥めるのに苦労をしたな。


「船は初めてか?」

「はい。海は見た事があったのですが、船には乗る機会が無くて」

「そうか……船で行くのと空を行くのだと、どっちが良い?」

「ええっと……船の方がまだマシですかね」


 うん。まあ、そうだよなあ。


「ちなみに俺は船の方が怖い」

「そうなんですか?」

「俺は泳げないからな。それに、空はある意味慣れてる」


 戦闘時はだいたい飛んでるからな。

 カナヅチの俺からしたら、普通の飛行魔法の方が余程安全だ。


「あ、なるほど」

「まあ、もしリリアが海に落ちたら拾いに行くさ。

 だがアガートラームはだいぶキツいからな。覚悟しとけよ?」


 俺も慣れるまで、毎回気を失いかけていたしなあ。

 あの急制動はどう考えても人間の限界を遥かに超えている。

 今では停止状態から体感百キロを超える速度まで瞬時に加速して、次の瞬間には直角に曲がったりと、だいぶ扱いにも慣れてきたもんだが。

 おかげで何度も命を救われた。

 使いこなせば頼りになる、俺の大事な相棒だ。


「はい。その時はお願いします」

「ま、そうそう無いと思うけどな……さて、もう寝るか」

「はい、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 リリアも落ち着いたようだし、そろそろ大丈夫だろう。

 明日はようやく出発だ。

 不安も大きいが、先に進める事に安堵を感じる。

 無事な船旅になれば良いがと思い、最悪を想定し過ぎるのは悪い癖だなと苦笑いした。


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