35話:魔王というもの
はるか昔から、この世界には魔王がいた。
それは魔族の王であり、永らく続いた戦争を引き起こした元凶でもあった。
魔王は長い歴史の中で人間や亜人に何度か討伐されたが、その度にすぐに復活し、幾度となく世界を混乱に陥れたとされる。
また、非常に魔力が高く、あらゆる攻撃を弾き、どんな魔法でも無効化したと言う。
これがユークリアに伝わる魔王に関する伝承だが、実はこれには一つ大きな間違いがある。
魔王とは、特定の個人を差す言葉ではない。
それは自我を持つ特殊なペンダント型の装飾品だった。
適正のある魔族が装着することでその者を強化し、代わりにその体を乗っ取る呪いのシステム。
それが不滅の魔王の正体だ。
この世界で有名な英雄譚に司が魔王と素手で渡り合ったいうものがあるのだが、俺としては逆だと言いたい。
魔王は司と殴り合いが出来たのだ。
この時点で、この世界の常識から外れている。
司は女神公認のチートキャラだ。
世界最強になるべくして加護を与えられた天才の一人である。
その司と同等に渡り合えたとなると、魔王も相当バグっていると言えるだろう。
ともあれ、魔王というシステムは既に破壊されている。
これを復活させるとしたら膨大な魔力を費やし、魔道具の欠片を修復させるしかない。
と、思っていたのだが。
「……魔王になるってのは、あの魔王か」
土産の酒を傾けながら訪ねる。
喉を焼くような甘さ。甘党の誠には丁度良いかもしれないが、俺には合わないな、と思う。
「その魔王だね」
「そりゃまた……アレの魔力を吸収したのか、とは思っていたが」
話が飛躍しすぎだろうと思う。正直なところ、まだ意味がよく分かっていない。
「あ、でも普通にチート使う分は問題ないかな」
ケラケラと笑いながら袖をぶんぶん振る誠。
いや、あまり笑い事じゃないんだが。コイツ、まさか酔ってるのか?
ワイン程度の度数しかないんだが、これ。
「ふむ。と言うと?」
「何て言うかさ、魔王の装飾品って特定の魔族でしか使用出来なかったでしょ?
今の亜礼はアレが使える状態な訳」
「それはそれで、大分ヤバそうなんだが」
「ま、長時間使用しなければ大丈夫じゃないかな」
「……そうかい」
つまり短時間であれば『魔王』と接触しても大丈夫という訳だ。
それならまだ救いはある。
しかし、さすがは魔王だな。殺されてもただでは死なないと言うことだろうか。
死の間際の呪い、と考えると中々にしっくり来る。
「まぁ、今の状態は理解した。訪ねた甲斐があったな」
「んー……て言うかさ。なんでこんな所にいるの?」
「ああ、女神のお告げだ。アイシアが魔王を復活させるんだと」
何とも迷惑極まりない話だ。
ずっと大人しくしていれば良いものを。
「げ。亜礼、あの女と縁があるね……って、ちょっと待った。
アイシアがペンダント持ってるってこと?」
「だな。アイツは魔王適正あるのかね」
「うっわあ。性格的にありそうだねそれ。最悪だー」
「……まあ、魔王だろうがアイシアだろうが、やることは変わらないんだが……」
かなり怖い。恐ろしい。背筋が凍る。
俺は死ぬのはおろか、怪我をするのも嫌だ。
戦うなんて面倒だし、出来れば逃げ出したい。
更に言うなら自我が乗っ取られるなど、真っ平ごめんである。
それでも。
引けない理由があるならば、それは仕方が無い事なのだろう。
その時はただ、撃ち抜くだけだ。
グラスを傾ける。やはり、甘い。
自分用も買ってくるべきだったかとため息を一つ吐いた。
「しかしまー。阿礼も変わらないねー」
「……そうか?」
「うん。君は出会った時からそうだったよね。
トラブルを引き寄せるっていうか、トラブルの種を作るって言うか」
「うるせえ。好きでやってる訳じゃねえよ」
と言うかいつもトラブルを持ってくる奴に言われたくはない。
こいつと京介は毎度トラブルを持ってきていたからな。
その後始末で何度死にかけたことか。
「何せ召喚された直後からトラブル発生だったからね。さすが、全自動巻き込まれ型トラブル発生機」
「いや、トラブルの幾つかはお前が原因だけどな?」
「違いない。天才の生き様にトラブルは付き物だからね」
「言ってろ」
再度グラスを傾け、ツマミのナッツを口に放り込む。
カリコリと噛み砕きながら、考えた。
通常、魔族でしか扱えないはずの『魔王』というシステム。
それを俺が使うことが出来るというのは、どんな不幸なのだろうか。
運命を司る神にでも聞いてみたいところではあるが……まぁ、あのポンコツ女神に聞いたところでロクな返事は帰ってこないだろう。
「……ねぇ、阿礼さー。ゲルニカに行くんだよね? 今回は一人なの?」
「いや、連れがいる。冒険者に成り立てだが、なかなか筋が良い奴だ」
「うわ。また新しい女の子にプラグ立てた訳?」
「そんな仲じゃねえよ。ただの旅の仲間だ。歳も離れてるしな」
「ふうん……歳の差、ねえ」
ソファにもたれ掛かり、ニヤニヤと笑う。
相変わらずチェシャ猫みたいだなこいつ。
「何だ。何か言いたそうだな」
「だって楓ちゃんって前歴があるからねー」
「……あいつはなんて言うか、そういうモンじゃないだろ」
「ボク的には半々だと思うけどね」
俺と楓はそんな中では無い。
兄妹のような、それでいて頼りになる戦友のような、そんな間柄だ。
何でもかんでも恋愛に絡めたがるのはこいつの悪い癖だと思う。
ただ単に、面白がっているだけだろうが。
「そういや他のみんなはどんな感じなの? 変わりない?」
「遥以外はまぁ……いつも通りだな」
「ああ、遥は変わりないよ。たまにお菓子もらってるし」
「……そうか。変わりないか」
遥は未だにこの町で墓守を続けているんだろうか。
アイツらしいとは思うが、昔の朗らかな彼女を知っているせいか何とも言えない気分だ。
「そっちには明日にでも顔を出してみるか。ところでお前、ゲルニカに着いてくるつもりはあるか?」
「いや、ボクは辞めておくよ。今の生活が気に入ってるし、新しいアイデアがわんさか出てくるからね」
「そうかい。分かった」
軽い調子で断られたが、それもそうかと思う。
せっかく戦争が終わったんだ。これからは、皆にもゆっくりと過ごして欲しい。
面倒事はこちらで引き受けるとしようか。
「……君は、一人でも行くつもりなんだね」
「ああ、自分が撒いた種だしな。ちゃんと自分で後始末するさ」
「そっかー……死なないでね、アレイ。じゃないとボク、泣くからね?」
「……蓮樹とも約束したからな。約束は、守るさ」
約束とは、果たされなければならない。
例えそれが、どんなに困難であろうとも。
「うん。なら大丈夫だね。念の為、ボクとも約束してくれる?」
「ああ。終わったらまた、土産を持って来る。暫くはこの町に居るかもしれんが」
「ならまた遊びに来てよ。来客が無さすぎて暇なんだよ」
「……まあ、これだけ特殊な家に住んでりゃなあ」
何せ全面コンクリートで固められた家だ。
周りと比べて違和感が半端ない。
誰も好き好んで近付こうとはしないだろう。
「まーしばらくは相手してよ。どうせ暇でしょ?」
「船の状況によるがな。時間があるようならまた顔を出すさ」
「期待して待ってるよ。その時には、この一年間の話を聞きたいところだね」
ぐい、とりんご酒を飲み干し、イタズラに笑う。
本当に猫みたいな奴だ。
気まぐれでこちらの都合なんてお構い無しに好き勝手振る舞うところが特に似ていると思う。
しかし、パーティの参謀役として大いに役立ってくれた曲者でもある訳で。
癖は強いが頼りになる、そんな仲間だ。
まあ、久しぶりに話せて良かった。
変わりが無いのが一番嬉しい事だ。
「さてと。連れを待たせてるからそろそろ帰るわ」
「はいはい。また近いうちに来てね」
「ああ、またな」
入り口まで見送ってもらい、そのまま家を後にした。
どうせまた近いうちに来るんだ。込み入った話はその時で良いだろう。
そう思いつつ、酔いを冷ましながらぶらぶらと宿まで戻った。




