表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/56

31話:朝の訓練風景


 早朝、宿屋の裏庭にて。

 王都では日課だった朝の訓練を行っている。


 降り下ろされるリリアの片手剣を斜めに踏み込んで避け、慌てて打ち出してきた円盾の縁を横殴りして体勢を崩す。

 がら空きになった顎に左掌を添え、終了。


「とまあ、こんな具合だ」

「……すみません、何故負けたのか理解が出来ないです」

「もっかい、やるか?」

「お願いします!」


 言いながら不意打ち気味の横薙ぎを放つが、甘い。

 半歩下がってやり過ごした後に接近。浮いた円盾を脚で跳ね上げ、踏み込みながら空いた胴に触れる。


「はい、一本」

「うぅぅ……当たらないんですけど」


 悔しそうに呻くリリアに苦笑が漏れる。

 本当に負けず嫌いだなこいつ。


「そりゃまあ、避けてるからなあ」

「何でそんなに避けられるんですか?」

「そうだな……見てるからかな」

「見るって、何をですか?」

「相手と周囲、後は魔力の流れだ。観察して動きを読む、相手に反応して咄嗟に動く。

 剣ってのは基本的に九通りにしか攻撃出来ないから、まだ読みやすいしな」


 縦、横、ナナメ、それに突き。

 来る方向が分かっていれば回避するのも難しい事ではない。

 それに、リリアの剣はまだまだ単調すぎる。

 魔物相手ならまだしも、今のリリアのレベルでは対人戦では俺に当たらない。


「……それって、人間業では無い気がしますけど」

「これは弱いものが強いものと戦うために作られた技術だ。練習すれば誰でも出来る……多分」


 言ってた奴()が一番人間離れしてるから何とも言えない感じだが。

 遠野流古武術。体格や力に恵まれない者が自身の身を守るために身に付ける、護身の技。

 如何に効率よく力を使い、敵の攻撃を受けずに倒すか。

 その事を念頭に置かれた技術は、地力の無い俺と相性が良い。

 特に、不足しがちな攻撃力をアガートラームで補える分、意識を回避する事に割けるのが大きいんだよな。


「まあリリアは目がいいからな。一点じゃなくて全体を見るようにしたらすぐ慣れるさ」

「うぅ……頑張ります」

「じゃ、もう一回やるか」


 たん、と地面を蹴り離れる。

 ほぼ毎朝続いている鍛練だが、最近はアガートラームを装着した状態で組手の相手をしている。

 素の俺だと中々ヒヤリとする場面が増えてきた為、仕方なしに身体強化状態で立ち会っている状態だ。

 教えている側があっさり倒されるのは不味いしな。


 こちらが考えている隙にリリアが小さく踏み込み、片手剣が浅く振られる。

 上半身を反らして避けると、追撃の蹴りか飛んできた。

 後ろに倒れ、地に手を着いて後転、間合いを離す。

 すぐに追ってきて今度は円盾での打撃、手を添えて逸らすと、追うように体を回転させての横薙ぎ。

 中々に上手いコンビネーションだ。連撃がしっかりと繋がっている。だが。

 屈み込んで片手剣の横薙ぎを躱すと、予想通りに追撃の円盾が迫ってくる。

 勢いが乗る前に拳を合わせて外側に弾いてやると、リリアの顔が驚愕に染まった。

 回転、脚払いで両足を刈り取り、頭を打たないように後頭部を抑えてやる。

 リリアは体勢を立て直せず、そのままストンと尻餅を着いた。

 悔しげに上目遣いで見てくるが、鍛錬の期間が違うからなあ。

 俺なんかよりも筋は良いんだし、そこは是非とも頑張って欲しいものだ。


「今みたいに、速度と柔軟さを活かす動きを心掛けるといい。力任せはリリアに合わない」

「そう、ですか。分かりました」

「そろそろ終わりにするか。観客が来てるし」


 軽く息を切らしているリリアを起こしてやると、後ろから拍手。

 先程から気配には気付いていたので、そちらを一睨みしてやる。


「何をニヤニヤしてんだ。趣味が悪いぞ、ファシリカ」

「あら。続けてくれていいのに。格好いいところ見せてよ」

「終わりだ。今日出発だからな。疲れを残すのも良くない」


 俺が訓練している所も、人に教えている所も珍しいのだろう。

 悪気が無いのは分かっているが、だからこそ余計(たち)が悪い。

 意識して、大きくため息を吐いた。


「リリア、戻ろうか。朝飯を取ろう」

「はい。ありがとうございました」

「どう致しまして、だ」


 適当に返事を返し、先に宿に向かう。

 どうにも、この堅苦しいやり取りだけは未だに慣れない。


〇〇〇〇〇〇〇〇


 朝食は、木の実のパンに森猿とハーブの揚げ焼き、そしてサラダを出してくれた。

 この森では貴重な香辛料を使ってくれていて、非常に美味い。


 焼きたてのパンは甘く、木の実の軽快な歯触りが食欲をそそる。

 揚げ焼きの方は森猿の臭みをハーブで消していて、肉の旨みが十分に引き出されている。

 噛むと、カリッとした歯ごたえの後、じゅわぁと肉汁が溢れてきた。

 辛めの味付けと合わせて、王都の店にも負けないくらい味わい深い料理になっている。


 更には、生野菜のサラダだ。

 旅の途中では味わえない新鮮な野菜をふんだんに盛り入れてあり、歯を入れるとシャキシャキと音を立てる。

 ゴマのような風味のソースがかけられていて、仄かな甘みが野菜の旨さを引き立てている。


 いや、本当にありがたい。

 俺たちが森を出ると知って、餞別代わりに作ってくれたのだろう。

 旅の途中ではどうしても粗食になってしまうし、生野菜なんて食べられないからな。

 その心使いは嬉しい限りだ。


「アレイさん、この後すぐに出るんですか?」

「ああ、族長に礼を言ってから出発の予定だ。天気が良いうちに進んでおきたい」


 この時期は天気が崩れやすいからな。

 雨の中で進むのはかなり大変だし、それまでに少しでも進んでおきたい所だ。

 雨が降ると地面はぬかるむし視界は悪いし、雨音で敵の接近に気付けない可能性が出てくる。

 出来る限り無理せず進みたいし、その為には距離を稼がなくてはな。


「分かりました。荷物は纏めてあるのですぐに行けます」

「おう。とりあえず、飯を食ってからな。せっかくのご馳走だ」

「そうですね。こんなに美味しい料理、久しぶりに食べました」

「ここの宿は昔から美味い飯を出してくれていたが、今日は格別だな。今までで一番美味い」


 もしかしたらリリア(美少女)がいるから張り切っているのかもしれないと思い立つ。何にしても嬉しいことだ。

 しばらく食えないし、よく味わっておこう。


 この森を出たら港町のアスーラまで、途中に寄れる場所はない。

 強行軍になるから体力をつけておかないとな。


「てな訳で、お代わり貰えるか?」

「あ、私もお願いします」

「……お前ら、よく食うな」


 俺は二杯、リリアは一杯追加で食べ、親父さんに呆れたような苦笑いをされてしまった。

 ここの飯が美味いのだから、仕方ないだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ