30話:狩りの後に
森猿の退治完了を族長に告げ、森人達と一緒に解体作業に励んだのが昨日の事。
退治自体より、死体を川に運んだりナイフを通して解体する方が疲れた。遥がいれば大分楽ができるんだが、とため息を吐く。
まあ、アスーラでの再開を楽しみにしておこう。
たぶん美味い飯を振る舞ってくれるだろうし。旅に出てから簡素な物しか食べてないので期待が高まる。
森人もあまり調味料等を使わない食生活なので、王都の飯屋が少し恋しくなって来た。
別にグルメな訳ではないが、味気ない食事よりは美味い方がいいというのは贅沢な話でも無いだろう。
今は塩と胡椒の効いた肉や酸味のあるドレッシングがかかった生野菜が食べたい。米があれば尚良しだ。
「アレイ。今日はどうするの?」
「保存食の補充をしなきゃならないな。昨日の森猿を分けてもらえないか」
「それは構わないわ。むしろ、あの獲物はアレイのものだから、全部持って行って」
「いや、流石に食いきれないからな。そっちで消費してくれ」
「そう? それなら助かるわ」
にこりと微笑むファシリカ。
やはり美女の微笑みはそれだけで報酬になると思う。眼福だ。
まあ、下手なことを言うとまた誤解されそうなので黙っておくが。
そんな事を考えていると、隣のリリアが不満そうな顔をしてこちらを睨んでいた。
「……アレイさんって、よく分からないです」
「なんだいきなり。何が分からないって?」
「お金が無いって言う割に、お金に執着してないですよね」
そんなことを言われた。
いや、そうか? 金は大事だと思うし、生活して行くのに必須だと思っているが。
「正直、私にも命を救った分の請求とかしてもいいと思いますけど」
「あれは俺が勝手にやっただけだろ。依頼でも無いのに金がとれるか」
「でも、今回は依頼ですよね」
確かにリリアの言う通り、依頼と言えば依頼なんだが。
でもこれはまた違うだろ。
「今回は友人の頼みだからな。ノーカンだ」
「のーかん? よく分かりませんけど、無報酬で人助けするのに英雄扱いは嫌がるんですね」
「勘弁してくれ。俺は一般人だ」
「一般人は空を飛ばないと思います」
「……空が飛べるだけの一般人だ」
「かなり無理がありませんかそれ」
自分でも苦しいとは思うが、事実だから仕方ないだろ。
そんな冷ややかな目で見られても困るんだが。
「て言うか、どうした? 何か刺々しい気がするが」
「……いいえ。ただ不思議に思っただけです」
そう言って目を逸らす。
何だろうか。俺に英雄的な振る舞いを求められても困るのだが。
そういうのは勇者とか騎士団長に丸ごと投げしてるからな。
いや、蓮樹は何か違う気もするが。
「あら。あらあら。ふうん?」
「ファシリカ。よく分からないが、また勘違いしてないか?」
「いいえ、ただ妬きもちは可愛いなって思っただけよ」
「……は?」
「やっ! 違いますよ!? そんな事はありません、ええ!」
「ふふ。ちょっと向こうでお話しない? 色々聞かせてあげるわよ」
「わっ、ちょっ!? 引っ張らないでくださいっ!」
リリア、強制退場。何をしてるんだか。
しかしまあ、妬きもちねえ。あの子からしたら俺はそんな対象ではないと思うのだが。
今は一緒に旅をしているが、それだけだ。
好いた惚れたなんて話ではない。
そもそも歳が十近く離れてるように思うしな。本人に聞いた訳ではないので見た目的に、だが。
どう考えても恋愛対象にはならないだろう。
「ふむ。とりあえず、ファム。干し肉作りを手伝ってくれ」
「任せろ。しかし色男は大変だな?」
「うるせえイケメン。嫌みか」
くすくすと笑うファムに苦い顔を返す。
ひとまず女性陣は放っておくとして、旅の準備に取りかかるとするか。
〇〇〇〇〇〇〇〇
簡易的な燻製器を作って森猿の肉を燻していく。
燻製なので干し肉と言っていいのか分からないが、とにかく保存食には違いない。
生肉はそのままだと痛むのが早いので、狩ったその日に何らかの処理をしておくのが基本だ。
塩漬けや燻製がメジャーだが、魔法で凍らせることもある。
どれも食べるのに少しコツがいるが、慣れてしまえばどうと言うことは無い。
燻製が一番コストも低くて簡単だが、問題は作る時に煙が上がることだ。
火を使うというだけで魔物を引き寄せてしまうことがある。
特に人を喰らう種類の奴らは、煙を目印に襲いかかってくるのだ。
食料を作る時ですら油断は許されない。
その点、この村の周りには魔物避けの魔術が使われているため、比較的安心して作業が行えるのが有難い。
野営しながらだとどうしても周りに気を配る必要が出てくるからな。あまり頻繁には行えないから今の内に作り置きしておくとするか。
「ところでアレイ。今回は何の旅なんだ? 顔を出しに来た訳でも無いんだろう?」
「まあ、ちょっとゲルニカにな」
「……戦争か? それにしてはメンバーの数が少ないが」
「戦争ではないが、後始末をしに行く感じだな」
本当ならファム達の力を借りたいのだが、今は里の防衛に手を回す必要があるだろう。
恐らくこちらを手伝おうとしてくれるだろうが、迂闊に頼み事をする訳にもいかない。
そう思い、言葉を濁してしまった。
「そうか。たった二人で大丈夫なのか?」
「ああ、こうして手伝ってもらってるだけで十分だよ」
話しながら二人して森猿の肉を仮組みした枝に吊るし、下で火を炊く。
煙で肉が燻されていくのを見ながら、さて、と考えた。
正直なところ。森人の助けを得られるとなると、戦力的にはとてもありがたいのは事実だ。
特にファムは弓と魔術の使い手だ。
俺が前衛、リリアが中衛、そして後衛をファムに任せられるのなら、戦闘が格段と楽になる。
しかし彼らにも日常がある。ようやく手に入れた平穏な日常が。
やはり、辞めておくか。俺にそこまで踏み込む度胸は無いし、彼らを巻き添えには出来ない。
蓮樹からは周りを頼れと言われたが……ゲルニカには俺とリリア、後は可能であれば誠と遥を連れて行くとしよう。
そう思っていると、ファムが柔らかな笑みを浮かべて俺の胸に拳を当ててきた。
「なあ、アレイよ。我らは友だ。何かあれば遠慮なく言うといい」
「……ああ、困ったことがあれば、今回みたいに頼らせてもらうさ」
「それでいい。いつでも力になるから、忘れるな」
なるほど、これは参った。どうやらファムには全てお見通しらしい。
しかしその上で、俺の選択を尊重してくれるのだろう。ありがたい話だ。そして、少しだけ申し訳なくも思う。
それでも、これは俺が成すべき仕事だろう。
友と呼んでくれることを嬉しく思う。
しかし、だからこそ。俺は彼らの平穏を壊したくはない。
傲慢かもしれないが、これが俺の答えだ。
救いようの無い馬鹿だと自嘲しながらも、俺らしいかと納得してしまう。
俺は英雄なんて柄じゃないが、この気の良い友人を危険に晒すのはごめんだ。
折を見てリリアにも王都に戻るように説得するか。
他の奴らと違って、俺の命なんて軽いものなのだから。




