29話:フォレストエイプ
族長の家は村の中央にある、と言うと語弊がある。
正確には、大人が数人で手を広げても囲えない程の巨木の洞の中に住んでいる、と言うべきだろうか。
人族の街で過ごした俺からしたら、その発想自体が凄いなと感心する。
人間とは基本的な考え方が異なるのだろう。
彼らは樹を愛し、森に愛される種族なのだと、ここに来る度に実感する。
そんな大樹の中で、俺は森人の長老と向かい合って座っていた。
「久しいですな、英雄殿」
「お久しぶりです。数日ほど宿を借りようと思います」
「ああ、構わんよ。どうせ客など滅多に来ないのだし」
確かに彼の言う通り、客などそう来ないだろう。
森人達は馴れれば気のいい奴らなのだが、非常に誤解されやすい性質だ。
まあ、俺としては宿が空いているのは助かるが。
「ああそうだ。英雄殿、一つ頼み事をお願いしたい」
「はい。どのような事でしょうか」
「森の中に森猿が住み着いて困っている。どうにかならないだろうか」
若々しい端正な顔の眉を潜める長老。
なるほど。交換条件という訳では無さそうだが、俺に出来ることなら何とかしたい所だ。
「場所はどの辺りですか?」
「東の洞窟だ。ファムが場所を知っている」
「分かりました。一度、見てみます」
「すまないな。頼らせてもらう」
しかし、森猿か。数匹程度なら狩れると思うが、さて。
あいつらは見た目はデカい猿だが、そこそこに頭がよく、奴らは群れで狩りをする。
森の木々を上手く使って移動するので、できれば開けたところで戦いたいものだ。
東の洞窟なら入口辺りには木が少なかったと思うが、道中で待ち伏せされたら厄介だな。
「ファム。実際に森猿を見たか?」
「ああ。大きな群れだ。それに今は弓を使える者がほとんど外に出ているので、私たちでは手の出しようがないのだ」
「なるほどな。まあ、とにかく行ってみるか」
気付かれないように小さくため息を吐く。
既に嫌な予感しかしないんだが、さて。どうなる事やら。
〇〇〇〇〇〇〇〇
一度宿に向かい、リリアを連れて三人で森へ入る。
罠を使うことも考えたが、その場合はどうしても森を汚してしまうので辞めておく事にした。
森人の居る森を汚すのはタブーだ。
彼らは森の番人と呼ばれるほどに森を大事にしている。出来るだけ嫌われる行動は避けたい。
ファムに樹上から警戒してもらいながら、俺とリリアは枝葉を折ってしまわないように慎重に地上を進む事にした。
普段あまり人が通らないのだろう、獣道しか道がなく非常に歩き辛い。
しかし、無闇に枝葉を払って歩く訳にいかない。それは森を軽視するのと同意だからだ。森を汚すのと同等に避けるべき行為である。
仕方なしにそのまま先へ進むと、しばらくしてファムが樹上から声をかけてきた。
「アレイ。もうすぐ奴等の寝床だ。洞窟の前は開けている。そこでやろう」
記憶通り、洞窟の入口付近は木々が少なくなっていた。これならやりやすい。
周囲の木の根辺りに動物の骨や食い荒らした木の実が点在しているが、残骸の数が多い。
これは十匹以上居るかもしれないな。
「リリア。敵の数が多い。俺が先に行くからフォローを頼む」
「分かりました」
「ファム、前と同じ要領だ。任せてもいいか?」
「ああ、任された」
戦いは面倒だし怖い。だが、今回は丁度いい腕試しだと思おう。
今どの程度やれるのか、確認しておく必要もあるしな。
その場で右腕を伸ばし、全身に魔力を廻す。
「起きろ、アガートラーム」
蒼い魔力光が右腕に集まり、頼もしい相棒が顕現する。
今回は森を汚す恐れがあるバンカーは使わない。試すのはブースターの機動力だけだ。
さて。今の俺はどこまでやれるんだろうか。
ブースターを起動し、銃弾のよう速さで低空に飛び出す。
空中で敵の位置を捕捉し、一番近い奴に向かってブースターで急接近。
音速に近い速度を載せた手甲の一撃で森猿の頭蓋骨を砕いた。
すぐに隣の奴に向かって近距離から加爆発推進を打撃力に変えて吹き飛ばす。
神造鉄杭のブースターから得る推進力を、自身を通して破壊力に変える。これが俺の基本スタイルだ。
剣のように刃筋がどうこうと考えずに済む分、非常に楽である。まあ、やり過ぎると反動が怖いが。
仲間を殺られて怒った森猿が飛びかかってくるが、ブースターで横に避ける。
着地で生まれた隙を狙い顎を蹴り上げ、次いで胴を殴りつけると、他の森猿を巻き込んで吹き飛んで行った。
飛ばすつもりは無かったのだが普段より体が軽いのに威力は高いようだ。
推進力だけでなく、僅かだが身体強化の加護が上がっている。
吹き飛んだ森猿を狙って樹上から鋭い矢が飛び、眉間や喉などの急所を確実に貫いていく。
ファムの援護射撃だ。相変わらず良い腕だな。止めを差さなくていいのは助かる。
となれば、俺は適当に暴れるだけでいい。
直進方向に急加速、右から殴り付けてくる森猿を躱し、その腕を掴んで再加速しながら振り回す。
そのまま遠心力を加えて別の個体に投げつけながら、再加速。
その後ろにいた森猿に稲妻の軌道で接近し、突破力を活かした右拳。
風を切る音。骨の砕ける感触。獣の臭い。
それらを振り切るようにブースターを全開で噴かして回転。左の裏拳を叩き込み、再加速して低空へ離脱。
強襲と離脱を繰り返す。その度に蒼い魔力光が空間に散り、森猿が飛ぶ。
思わず笑いが漏れる。思い通りに体が動くのがこれ程楽しいとはな。
だが、油断はしない。気を抜いた瞬間に死が襲いかかって来るのを、俺は知っている。
反撃される前に終わらせるとしよう。
速力を打撃力に変え、慣性を切り捨て、回転から力を得る。
無秩序な加速を繰り返し、一秒足りとも止まらない。
次々と空に跳ね上がる森猿。的確に打撃を打ち込み、隙を作っては空に向かってはね飛ばしていく。
最後の一匹を空に殴り飛ばし、ファムの矢がその眉間を貫いたのを傍目に見ながら周囲を確認した。
見える範囲に敵の気配は無いようだ。
後は巣の方だな。
「ファム、警戒を頼んだ。俺は洞窟を燻す。リリア、手伝ってくれ」
「ああ、周囲は任せろ」
「はい。何かする間もなく終わっちゃいましたし、頑張ります」
洞窟の入り口に枯れ枝を集めて火を着けて、すぐに石を積み上げて蓋をする。
このまましばらく待てば、もし中に生き残りがいても酸欠になって死ぬだろう。
ひとまずこれで終わりだ。
ちら、と右腕の相棒を見やる。
思ったより出力が上がっていた。魔王と殺りあった時より、遥かに速い。
その上、身体能力上昇な加護が強くなっている。
未だに非戦闘系の加護持ちの仲間より弱くはあるが、地力が上がってくれたのは非常に助かるな。
最初からこれくらいの力があればと、思わないでもないが。
まあ、言っても栓無い話か。
ともあれ、珍しいことに少しだけ楽観できる要素が増えた。
その事を素直に喜ぶとしよう。




