26話:新たな旅
早朝、王城の門前に馬車を止め、荷を乗せる。
用意しておいた馬車は一人用で少し狭いが、俺だけで旅をするのには丁度いい。
どうせあちらの大陸に行くなら途中から歩かなければならないので、荷物も最小限に纏めてある。
食料も干し肉や乾燥豆は大量に用意したが、道中で魔物や動物等を狩る必要があるだろう。
普通の冒険者と違い刃物や弓を使えない俺としては中々に厳しい話ではあるが……まぁ、どうにかなるだろう。
以前の旅でも食料は現地調達してたからな。
王都から北へ二週間程馬車を走らせれば、森人達の住む恵みの森に着く。
そこからさらに二週間で港町アスーラに到着する予定だ。
順調に行けば一ヶ月程。その後、更に一週間の船旅の後、目的地のゲルニカに到着となる。
道中で面倒事が起きなければ良いが、とため息を一つ。
忌々しい話ではあるが、こういう悪い予感だけはよく当たるのだ。
本当は万全の準備をして行きたいところだが、あまり大々的に用意をしる訳にもいかない。
まあ、運良く何事もなく済むことを祈るとするか。
そんな益体も無いことを考えながら荷を乗せ終わり、御者台に手をかけて登ろうとした時。
「アレイさん。お出掛けですか?」
背後から声をかけられ、上げかけた悲鳴を飲み込んだ。
恐る恐る振り向くと、旅装束に身を包んだリリアがにこやかに笑っている。
うわ、何でここに居るんだよ。
……あーいや、情報源なんて一人しか居ないか。蓮樹の奴、チクりやがったな。
確かに客観的に見ると、リリアは子どもと言うほど幼くも無く、有名人な訳でも無い。
隼人との訓練で戦闘技術もある程度上がってきているし、俺の旅に同行しても問題がない人物ではある。
成る程、考えたものだ。アイツらしい気の回し方だと思う。
しかし、そんなに俺一人では不安なのだろうか。
……不安なんだろうなあ。我ながら、すぐに死にそうだし。
蓮樹の心配はありがたいが、かと言って流石に連れて行く訳にもいくまい。
今回は観光旅行では無い。戦争をしていた国を目指す上、終わりの分からない旅なのだ。
「リリア、すまないが連れて行けない。危険だ」
「知っています。レンジュさんから話は聞きました。それに、アレイさんは一人だと絶対に無茶をするとも聞いています」
誰に何を聞かされたんだろうか。
どうせロクな話じゃ無いんだろうけど。
「……いや、そんな事はないと思うが」
「女神クラウディアに誓えますか?」
それだけはお断りだ。
どんな理由があっても、あのポンコツ女神にだけは誓いたくない。
誓ったところで、余計なトラブルが増えるのが明らかだし。
「いや。女神には誓わないが、無茶はしない。俺は怖がりだからな」
「あら。無茶をしないなら同行しても大丈夫ですよね?」
「あのな。今回は厳しい旅になる。考え直せ」
「私も冒険者の端くれです。それに私、剣も魔法も使えます。お得ですよ?」
花が咲くように可憐に微笑むが、目が笑っていない。
うわあ。こいつ、意外と頑固な所もあるんだな。
はてさて、どうしたもんか。
ただの旅ではない。危険が確定されている旅だ。
魔族の姫。紅い月の魔人。あいつとの決着を着けに行く。
それだけでもかなり危険な旅になる。
形振り構わず襲ってくるだろうし、そもそも他の奴なんてあいつからしたらどうでも良いだろう。
目に付いた、という理由でリリアが危険に晒される可能性はある。
「もし、どうしても駄目って言うなら。歌音さんに密告します」
「おい待て、それは狡くないか?」
「アレイさんをこのまま行かせるくらいなら、狡くていいです」
可愛い顔して中々えげつない事を言ってきやがるな。
何が彼女をそれほど駆り立てるのだろうか。
旅ならば幾らでも出来るだろうに。
何なら、戻ってきた後なら俺達で護衛してもいい。
今回に拘る理由はないと思うのだが。
「アレイさん、またおかしな事を考えてる顔をしてます」
「……そうか?」
「私、聞きましたよ、色々と。戦争中は無茶苦茶な事ばかりだったって。
一人で魔王軍に突っ込んだとか、海龍の群れを追い払ったとか。
そんな人を放っておけません。私の命の恩人でもあるんですから、私も同行します。いいですね?」
人差し指を立て、眉を釣り上げて宣言された。
ぐぬ。他に何か説得手段は無いものか。
「いやほら、な。男と二人旅になる訳なんだが」
「あら。別に構いませんよ。信じてますから」
最後の手段もあっさり即答されてしまった。
そう言われてしまえば、もうどうしようも無い。
「……おーけい、分かった。俺の敗けだ。
とりあえず、食料の買い出しに行こう。流石に二人だと足りん」
万歳して降参を告げる。
芯が強いのは知っていたが、ここで発揮しなくてもいいだろうに。
誰かの入知恵ならまだマシだが、これで素なら先行きが思いやられるんだが。
どうにもリリアに口で勝てる気がしない。
「そうと決まれば色々と買い足しましょう。まずは市場ですね」
「おいおい、引っ張らなくても逃げはしないぞ」
この場合は逃げ道が無いとも言うが。
「いいえ。アレイさんは油断出来ませんので。さあ、行きますよ」
「……勘弁してくれ、本当」
このバイタリティーは若さから来るものなのだろうか。
いや、昔を思い出しても自分はこれ程精力的では無かったように思う。
いつの世も、どこの世界も女性は強いという事なのだろう。
下手に突っぱねて隠れて尾行などされたら危険だし、リリアの存在は正直助かる部分もある。
今回は読みきれ無かった俺の敗けだ。大人しく従うとしよう。
しかし、まさか出発前に問題が起こるとは思わなかったと、深いため息を吐いた。




