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25話:約束


 大きめの鞄の中に、着替えや旅に必要な細々したものを詰め込む。

 街で買い込んだ保存食がメインで、後は水筒や雑貨類だ。

 テントも欲しいところだが、そちらは嵩張(かさば)ってしまうので諦める事にした。

 自然物を利用した寝床の作り方は覚えているので、まあ俺一人なら問題ないだろう。


 アガートラームで戦う以上、通常の手甲などの装備はどうせ使わないので、ナイフ以外の装備は全て置いていく事にした。

 さて。元々荷物も少ない身だ。これでいつでもゲルニカに向けて出発できる。


 他に誰も行けないなら、俺が行くしかない。

 どれだけ怖くても、どれだけ恐ろしくても。

 それでも。前に進むしか能が無いのだから。


 後はまあ、アイツには出発を告げておくべきか。


〇〇〇〇〇〇〇〇


「……で、なぁんでアタシのところに来たのかにゃっ⁉」


 腕を組んで嫌そうな顔をしながら蓮樹が叫んだ。

 まあ、気持ちは分かる。こんな事で呼び出されたら誰だって同じ顔をするだろうし。


「悪いな。他に選択肢が無かったんだよ」


 俺がゲルニカに行くことは、子ども達には話せない。

 かと言って、京介は話を拡散させる恐れがあるし、歌音は俺を止めるだろう。

 旅立ちを話しておくなら、今はコイツ以外に適任がいない訳だ。


 普段は適当に遊び回っているように見えるが、こいつはこれでも騎士団長だ。

 実は仲間内の中でも歌音とタメをはれるくらいに頭も良い。

 それに、普段のハイテンションからは想像も出来ないほどにクールな一面を持っている。

 と言うか、普段の振る舞いが擬態だと言う事を俺は良く知っている。

 消去法で無くても、話をしておくにはちょうど良い相手だ。


「話は分かったよっ‼ アレイさんは世界を救いに行くんだねっ‼」

「そんな大層な話じゃない。ただの後始末だよ」

「久しぶりに再開した時にの話だけどもっ‼ あたしがアレイさんを責めなかったのって何でか分かるかなっ⁉」

「なんでって、それは……」


 俺の咄嗟の言葉に、すうっと蓮樹の表情が消える。

 冷たく、温度を一切感じない。

 けれども、親愛の込められた瞳。


「アレイさんが居なくなったのって、アイシアが理由でしょ?」


 ……なるほど。やっぱりバレてるのか。

 本当になんなんだろうな、コイツ。剣士の勘とかそんなものが働いているのだろうか。

 或いは、野生の勘かもしれないが。


「……まぁ、それも理由の一つではあるが」

「あの人。アレイさんと戦うためなら王都の人間皆殺しくらいはするだろうからね。

 だからわざわざ人の住んでない田舎の方まで行って、アガートラーム使うのも控えて、住む場所をずっと変えてたんでしょ?

 魔力で居場所がバレるかも知れなかったから」


 ……違う。俺はただ、逃げただけだ。


 英雄と呼ばれる重圧から。

 期待を込めた眼差しから。

 親しい人達が死んでいく悲しみから。

 そして、アイシアがまた現れるかもしれない恐怖から。


 あの麗しき魔人は、人を簡単に殺す。

 老若男女問わず、あらゆる人を、殺す。

 それも、俺と戦うためだと(うそぶ)いて。

 俺はそれに耐えられなかった。ただ、それだけだ。


「貴方は、アタシとは違うから。平和な日本で極普通の生き方をしてきた、普通の人。殺し殺されるなんて有り得ない世界で生きていた人。

 だからこそ、アタシは誰よりも前に立つアレイさんを尊敬する。心から誇らしいと思ってるんだよ」


 普段の騒がしい姿とは違う、冷徹な無表情で、しかし優しく静かに告げる。

 これがこいつの本来の姿だ。

 抜き身の刀のように、鋭く、美しく、そして静かな女性。

 道化を演じて仲間を見守る、誰よりも優しい戦友。


「まあちょっとだけ、不満だけどね」

「不満?」

「あのね。あまり英雄を舐めないで。これでもアタシ、世界最強の一人なんだからね?

 もっと巻き込んでよ。仲間なんだから」


 悲しそうに目を伏せながら微笑む。

 小さな体躯に似つかわしくて、その姿は何処か儚げで、すぐに壊れてしまいそうで。

 少しだけ、良心が傷んだ。


 何をしてるんだが、俺は。

 この優しい仲間をここまで不安にさせていた事に気が付かないとは。

 我ながら、気の回らない事だ。申し訳なさに、思わず頭を搔いた。


「すまん……いやしかし、まさかお前に説教される日が来るとはなあ」

「……にひひっ‼ たまには真面目なフリしとかないとにゃっ‼」


 次に顔を上げた時には、普段の喧しい蓮樹に戻っていた。

 俺に遠慮させない為だろう。

 本当に、ありがたい。やはり良い女だ、こいつは。

 思わず、苦笑いが浮ぶ。


「おう、そうか。まあ、たまには仕事もしろよ」

「それは無理な相談だねっ‼ 書類仕事なんてアタシには向いてないしっ‼」

「少しはジオスさんを見習え。あの人その内ストレスで胃がやられるぞ」

「そんな事よりお土産お願いねっ‼」

「そんな事呼ばわりかよ……まあ期待はするなよ」


 握った拳を軽く突き出すと、こつん、と小さな拳をぶつけてきた。

 地球から来た俺達だけのサイン。

 十人しかいない仲間内だけで使う、互いを称え合う儀式。


「帰ってきてねっ‼ 約束だよっ‼」

「ああ。約束は、守るさ」

「知ってるっ‼ アレイさんは約束だけは守るからねっ‼」


 だから、帰ってきてね。


 そんな、声にならない声を聞いた気がした。


「じゃあ、行ってらっしゃいっ‼」

「あぁ、行ってくる」


 蓮樹に背を向けて、軽く手上げる。

 さて。そろそろ支度をするか。

 気は進まないが、自分が撒いた種だ。

 仕方がないし、行くとしよう。


 こうして、見送ってもらったことだしな。


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