21話:テディベアと処刑場
建造物が破壊される音。
それが闘技場から東の方角から聞こえてきた。
そっちの方角にあるのは、街門と……魔法学校か。
今はどちらも人気が少ないと思われるが、どちらかと言えば被害が出そうなのは魔法学校だろう。
街門には騎士団員が詰めている。彼らなら突然の事態でも対処してくれるはずだ。
ならばここは。
「蓮樹、魔法学校!」
「あいあいさっ‼」
俺の一言に応え、蓮樹は即座に反応して飛び出して行った。
相変わらず対応が早い奴だ。
さて、俺も行くとしよう。到着した頃には終わっているかも知れないが。
〇〇〇〇〇〇〇〇
蓮樹に遅れて現場に向かう道中。
何かデカいクマのぬいぐるみが魔術学校の校舎を殴り付けているのが見えた。
………クマ、だよなあ、あれ。
体長二十メートルはあろうかという巨大なテディベア。
それがもこもこ動いている光景に頭が追い付かず頭痛がする。
「……なんだあれ。魔導人形か?」
魔力を原動力として動く人形、ゴーレム。
通常では岩や金属で作られるが、魔力の籠った核さえあれば水や火など不定形なものからでも生み出す事が出来る。
さすがに、この大きさのテディベア・ゴーレムなんて初めて見たが。
と言うか、布と綿で出来てる癖に、どうやって校舎を壊したんだコイツ。
現場に到着。思ったよりデカイなこのクマ。
試しに落ちていた瓦礫を投げつけてみると、ガンッと硬い音がして瓦礫が弾かれた。
……ええ。なんだこれ。
「アレイさん、あのクマさんやっばいっ‼ たぶん核に魔法銀が使われてるねっ‼」
「まじか、頭いてぇな。とりあえず時間稼いでくれ」
「りょうかーいっ‼ ほいさっさ‼」
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
蓮樹の姿が消え、鈍い轟音が周囲に響き渡る。
おお、すげえ。なんだアレ。何かでかいクマが短い手足を上げたり下げたりしてるんだが。
よく見えないが、クマが振り下ろした腕や足を蓮樹が下から殴り付けて妨害してるのか?
滅茶苦茶すぎるだろ、あいつ。
いやまあ、今更だが。
さておき。
少し離れた場所で、避難もせずにただ祈るようにクマを見つめる少女が一人。
黒いローブに銀の学章。魔法学校の生徒か。
「おい、避難しないのか?」
「あっ、あれ、私のなんです! いきなり大きくなって勝手に動いてて!」
「勝手に?」
「私の魔法じゃどうしようもないし、どうしたら良いか分からなくて……!」
「ふむ……とりあえずあれ、壊してもいいのか?」
「大丈夫です!」
よし。持ち主に破壊許可はもらった。
しかし勝手に大きくなって動いているとなると、時間指定で起動する魔法の類いだと思うんだが。
あれは確か魔族しか使用できない魔法だったよな。
だが魔族が魔法の罠を掛けた品を王都に持ち入らせる理由が分からない。
蓮樹がいる以上、テロを起こしても失敗する可能性の方が高い事くらい子どもでも分かる事だ。
ふむ。ともあれ、ひとまずは安全確保が優先か。
「蓮樹! コア残して解体してくれ!」
「あ、いいのっ!? おっけーっ‼」
ドガガガガガガガガガガッ!
蓮樹の声を切っ掛けに、鈍い衝突音が連続で鳴り響く。
うっわ、こわ。クマさんが見えない何かに外側から削られていくんだが。
瓦礫程度では傷も入らない程の硬度を持っていても、蓮樹の一撃を受けて無傷とは行かないようだ。
刃を潰した鋼鉄製の模造刀を振るって尚、魔法銀が生み出す障壁ごとすり潰している。
……なるほど。俺、こうなってた可能性があったのか。
割と本気で怖いんだが。
「おーしーまいっ‼」
楽しげな蓮樹の声。
シャンッ、と鈴が鳴るような納刀音。
それらと共に落ちて来た拳大の塊を受け止め、ふうとため息をついた。
さすが蓮樹。ミスリルの魔法障壁ごと、クマ型魔法人形のコア以外を削り取りやがった。
最強の名は伊達じゃないって事だな。
「にゃあああああっ‼ すっきりしたああああっ‼」
そして本人は刀を肩に担いでご満悦のようだだ。
向日葵みたいに元気な笑顔を振り撒いている。
しかし相変わらず敵には容赦ないな、こいつ。
「お疲れさん。コアは回収したし、戻るか」
「アタシはもうちょい遊びたかったけどねっ‼」
「いや、勘弁してくれ。俺は帰るからな」
詠歌にコアを見せる必要があるし、何より見てるだけで疲れた。
早く帰ってゆっくりしたい。
「あ、そだねっ‼ アレイさんは決勝戦もあるからねっ‼」
……あ。忘れてた。
〇〇〇〇〇〇〇〇
という訳で、闘技場に戻ってきた俺さんでおる。
回収したクマさんコアは蓮樹に渡しておいたのでそこは問題ない。
て言うかそれどころじゃない。
開始戦の前で構える司。
無表情ながら、何処と無くワクワクしているように見える。
まるで散歩の前の大型犬みたいな感じだ。
実際はそんな可愛らしいものでは無いが。
怖気付きながら開始戦まで進み、俺もとりあえず構える。
怖い。逃げたい。帰りたい。
今すぐここから立ち去りたい。
いや、マジで無理だって。本気でどうしようも無いからこいつ。
俺みたいな一般人が立ち会っていい相手じゃないから。
「…亜礼さん。行くよ」
「よし待て早まるな、俺が死ぬ」
割と真面目に懇願してみる。
意表を突く隙のあった蓮樹とは違い、司は対策の取りようがない。
ただ純粋に基礎能力が高すぎるだけだからな、この勇者。
例えるならレベル上限が百のゲームでレベル千まで上げた、みたいなバグり方をしているわけだ。
本気でどうしようも無い。
『決勝戦、はじめ!』
こちらの事情などお構い無しに、審判の無慈悲な声が聞こえてきた。
くそ。せめて、死なないようにだけ心掛けるしか無いか。そう思った直後。
「ちくしょう来やがれぐふぁっ!?」
認識すらできない速度でぶっ飛ばされ、俺は意識を刈り取られた。
あとで聞いたところ、ガードの上からの右ストレートだったらしい。
真面目に、トラックに撥ねられたような衝撃だったが、生き残った俺は褒められても良いと思う。




