20話:準決勝、蓮樹戦
準決勝第一試合。
葛城亜礼 対 児玉蓮樹。
別名、俺の公開処刑とも言う。
はっきり言おう。まともにやって勝てる可能性は無い。完全にゼロだ。
こんなの普通に考えて無理ゲーすぎるだろ。
蓮樹は、速い。
ただそれだけなのだが、その速さの基準がおかしいのだ。
『韋駄天』
任意の摩擦を無くし、地を蹴る度に加速し続ける能力。
本気を出した蓮樹の最大戦速は、音を置き去りにし光を斬り裂く。
勿論、常にその速度が出せる訳ではない。最大加速するまでほんの僅かとはいえ時間がかる。
しかし、限定的とはいえ、移動速度が音速を超える相手にどう戦えと言うのだろうか。
司のように身体防御力だけで魔法銀製の刀の一撃を防いだり出来ればまだ対処も可能だろうが、俺みたいな一般人だと、まず攻撃を認識する前に斬られて終わる。
幸い今回は武器の持ち込みが出来ないのでそんな理不尽は無い、と思いたかったのだが。
蓮樹は訓練用の刃を潰した剣ですら岩を斬る事が出来るのだ。
鉄製の手甲なんて軽く斬り捨てられてしまう。
速さと角度がどうとか説明されたが、理屈でどうにかなるなら苦労はない。
と言うか、蓮樹が自身の最大速度に耐えられる武器を使った場合、この世界で斬れない物など皆無だろう。
誰もが捉える事が出来ず、その攻撃は必殺の威力を持つ。
チート・オブ・チートの名は伊達じゃないという事だ。
そこまで分かっていて相対する俺もどうかしていると思うが。
「にゃははっ‼ 亜礼さんとやるのは始めてかなっ‼」
「だな。ついでに、今回が最後だ」
「負ける気は無いからねっ⁉」
「あぁ、だろうなあ」
それはよく知っている。
基本的に適当だし最強の名はどうでもいいと投げ捨てるが、挑まれて平然としていられる性格ではない。
加減はするだろうが手抜きはしない。そういう奴だ。
「まあ、お手柔らかに頼む」
「にひっ‼ それは無理な相談ってやつだねっ‼ ワクワクが止まらないからっ‼」
「人の話を聞け。頼むから」
ああ、駄目だ。戦闘スイッチが入ってやがる。
その証拠に満面の笑みを浮かべながらも、黒い瞳は肉食獣のように鋭くなっている。
味方であれば頼もしい限りだが、敵に回すとこれ程恐ろしい奴もいない……いや、司がいるか。
だが、この場に限って言うならば。
打つ手が一つだけ存在する。
『では、準決勝第一試合、始め!』
審判の声が上がるのと同時に、真後ろに跳びながら全魔力を込めて手甲を跳ね上げた。
ガンっと重い手応えを感じ、遅れて目の前に呆然とした蓮樹の姿が現れる。
読み通りだ。確率は半々だったが、どうやら正解したようだ。
蓮樹は一回戦から全ての相手を瞬殺してきた。
つまり、開始と同時に飛び出して来ると予想した訳だ。
そこに合わせて腕を跳ねあげ、斬りつけて来た刀ごと体を浮かせた。
幾ら速かろうと、体が浮いてれば逃げようがない。
そのまま蓮樹の胸元目掛けて。
「ぃよいしょぉっ!」
思いっきり蹴り付けた。
「にゃあああああああっ⁉」
ホームラン。アイツ、軽いからよく飛ぶなあ。
おお。身を捻って足から着地した。相変わらず猫みたいな奴だ。
蓮樹はすぐに立ち上がると、両手を上げてぴょんぴょん飛び跳ねだした。
「びっっっくりしたあああああっ‼
すごいすごいすごいっ‼ アタシ、止められたの初めてなんだけどっ‼ 超ワクワクするっ‼‼」
あー。ピンピンしてらっしゃる。
まあ当たり前か。ダメージ目的ではなく、吹っ飛ばす為の打撃だったのだから。
つまりはまあ。そう言うことだ。
『勝者、カツラギアレイ選手!』
場内にアナウンスが流れる。良し、怪我も無く終われたな。
いやあ、運が良かったわ。
「………ええええええっ⁉ なにっ⁉ なんでっ⁉ まだ始まったばかりなのにっ⁉」
審判のコールにブーイングを返す蓮樹。
ほらな。やっぱり気付いてなかった。
「蓮樹。下見てみ」
「下って何が……あああっ⁉ なるほどねっ‼」
蓮樹の体は吹っ飛ばされて試合上の外にある。つまり、場外負けだ。
まともに戦って勝ち目がないなら、まともに戦わない。
どうせルールも適当にしか把握してないだろうと思っていたが、予想通りで助かった。
一回だけ、この場限りの博打のような作戦だったが、見事に成功した訳だ。
しかし本当に横凪ぎでよかった。縦に振られていたら腕が裂けてたからな。
「あー……すまんが。最初からお前と正面から戦う気はなかったぞ?」
「なにそれっ⁉ ひどくないっ⁉」
頭から飛び出した触角のようなアホ毛がしなっと潰れる。
あれ、どういう原理で動いてんだろうか。
「仲間に殺されるのは勘弁だ。そういうのは後で司とやってくれ」
「ぶうううぅぅぅぅっ‼」
「ほら、膨れんな。後で肉串買ってやるから」
「……あーもーっ‼ 仕方ないっ‼ 二十本ねっ‼」
「入るのか、それ」
「よゆーっ‼ くそー‼ やけ食いだー‼」
よく食うなコイツ。まあ、元気なのは良い事だが。
この小さい体のどこに入るのか聞いてみたい気がするが、背の事を言うとキレるから止めておこう。
とにかく、司との約束は果たした。
後はもう一人の最強相手にどう逃げ回るかだな。
こちらは作戦も何も無い。全能力値で数倍差がある相手だし。
まあ、やれるだけやって負けるとしよう。怪我が無ければそれで良し。
そんな事を思いながら闘技場を抜けようとした時。
街外れの方から盛大な破壊音が響き渡った。




