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2話:討伐依頼


 早朝。日が昇ると共に目覚め、安宿のベッドと共に背骨を軋ませながら伸びを一つ。

 硬いベッドが硬いせいか、歳のせいか。パキリと心地よい音がした。

 昨晩遅くまで酒を飲んでいたせいか、少しだけ頭が重い。

 昔は徹夜が当たり前だったんだがなぁと、小さくため息を吐いた。


 宿の部屋を出る前に鏡を見ると、そこには何とも冴えない男の姿があった。

 この世界では珍しい黒髪黒眼。だが頭は寝癖でボサボサだし、無精髭も生えている。

 猫背気味なのもあって、かなりくたびれて見える。

 まぁ、今更見た目なんて気にならないけどな。

 今や俺も立派なおっさんである。まだ二十七歳だけど、中身的に。

 まぁ別に気にならないし、自分の容姿なんてどうでも良いんだがな。

 ただ何となく、我ながら老けたなぁ、と思いながら宿の部屋を後にした。



 眠気の残る頭を振りながら、朝飯の前に宿の隣にある冒険者ギルドに向かう。

 いつも通り、新人冒険者達が受けるような薬草の採取依頼を受ける為だ。

 て言うかいい加減、何か言われるかも知れんな。もう二ヶ月は魔物の討伐依頼受けてないし。


 冒険者は基本的に何をするにも自己責任だが、冒険者ギルドからしたら中堅冒険者の俺には魔物の討伐依頼を受けさせたい所だろう。

 だが、無理をするつもりは無い。ここはいつも通り無難に済ませておきたいところだ。

 他の冒険者達から馬鹿にされるのも慣れてきたし、ここは無難に行こう。

 俺みたいな弱っちい奴は危険の少ない薬草採取の仕事が身の丈に会っている。


 そんな事を考えていると、受付の美人職員に睨まみ付けられてしまった。

 まさか俺の心が読めるんだろうか。

 いや、いつも通りの行動をしているからだろうな。


「おはようございますアレイさん。良い天気ですね」

「あぁ、うん……おはようさん」


 うわ、超笑顔なのに目だけ笑ってねぇんだけど。

 獲物を前にした肉食獣みたいだな。いや、こえぇよ。


「昨日もお伝えしましたが、討伐依頼が溜まってるんです。いい加減受けてください」

「いや、俺はこっち(薬草採取)で十分だ」


 討伐依頼とか危ないし目立つじゃないか。出来ればいつも通り、薬草採取だけで終わらせたいところなんだが。


「ダメです。常駐依頼とはいえ、討伐依頼が消化されないとギルドも困るんです」

「えぇ……他に受けるやついないのか?」

「いません。今日こそは受けてもらいますからね」


 にこやかに睨んでくる職員に対して溜息を一つ。今日は見逃して貰えそうにないようだ。

 仕方ない、簡単な奴を受けるとするか。

 討伐依頼書の束をパラパラと(めく)ると、ちょうど街道沿いで出没しているゴブリンの討伐依頼があった。

 発見報告時の数も少ないし、これを引き受ける事にしよう。

 あいつらは群れると危険だが、視界の開けた街道なら囲まれる前に一匹ずつ片付ければ問題ない。

 そんなことを考えながら依頼書を一枚千切って懐に入れると、ようやく受付嬢の冷たい目線から解放された。

 心臓に悪いから止めて欲しいんだが。


「あ、そうだ。ちょっとお願いがあるんですけど」


 こちらの手を握り、花が咲くようににっこりと笑う。

 なんだよ、いきなり。ちょっと嬉しいが、嫌な予感がする。

 美人の笑顔にはろくな思い出が無いからな。


「アレイさん、ついでに王都への護衛依頼も受けてくれませんか?」

「はぁ? いや、頼む相手間違ってるだろそれ」


 自分で言うのもなんだが、俺なんかより余程頼れるベテランパーティがいるだろうに。

 普通なら中堅所の冒険者パーティが受ける依頼だぞ。


「実は今、手が空いてるパーティがいないんですよ……お願いできませんか?」

「……はいよ。とりあえず、ゴブリン行ってくるわ」


 ひらひらと適当に手を降ってその場から逃げる事にした。


 でもまぁ。誰かが困っていて、自分に助けられる力がある。

 となればもう、引き受けるしかないよなぁ。

 正にあの女性職員の思惑通りではあるが。

 やれやれと首に手を当てて関節を鳴らし、本日のお勤めを果たすため、ギルドのドアを出た。



 街道に出て、装着した手甲の握りを確認。脚甲や革鎧も問題なし。

 俺も剣なんかが使えたら格好良かったのだろうが、こちとら平和な国に生まれ育った元一般人だ。

 当たり前ながら剣を使う技術など持っておらず、殴る蹴るといった原始的な戦い方しか出来ない。

 ついでに元王国騎士団長によれば、俺は剣や槍の取り扱いに関して壊滅的に才能が無いらしい。

 全くもって、どうしようもない話だ。と言うか、昔の仲間たちが色々規格外なのだと思う。

 まぁ、あいつらは存在自体が特別(チート)過ぎるから仕方ないんだが。


 三年前、ほとんど顔も知らない十人の男女が日本という異世界から召喚された。

 女神は言った。魔王を倒して世界を救って欲しいと。

 代わりに、特別な力を授けると。

 特別な力(チート)を得る前から様々な才能を持つ、天才たちの集団。

 その時に紛れ込んでいた一般人が葛城亜礼(かつらぎ あれい)、つまり俺である。


 それからというもの。みんなで世界を旅して周り、色々と無茶しまくり、主に俺が死にかけながらも。

 長旅の末、俺たちは『魔王』を倒した。


 それからまた色々あって、俺達はこの世界、アースフィアに残る事になった。と言うか、女神が戻り方を知らなかった訳だが……まあ、そこは割愛しておこう。

 思い出しても腹が立つだけだし。


 当時、個性派すぎる面々が集まられたパーティで、どうなる事かと思い悩んでいたのは公然の秘密である。

 今となっては少しだけあの旅路が懐かしいと感じるが、二度はごめんだ。

 あんな旅は俺には荷が重すぎるし、英雄なんて柄じゃない。

 せいぜい頑張って村人いち。それが俺なのだから。


 さておき。今回は魔王なんて大物ではなく、街道沿いに沸いたゴブリンの退治だ。

 油断をせずに堅実に行けば大丈夫だろう。

 もちろん町の外ではどんな時でも常に周囲を警戒しなきゃならないし、僅かな変化も見逃すことは許されない。


 人は簡単に死ぬ。この世界ではそれが特に顕著だ。

 だからこそ安全第一。死んでしまっては元も子もないからな。

 ぶっちゃけ今すぐ町に帰りたいが、生憎と手持ちの金が底を尽きかけている。

討伐依頼しか受けられないのなら、それをやるしかない。

 世知辛い世の中だな。そう思いため息を吐いた時。

 やや遠くから馬の嘶きと、金属が弾け合う音が聞こえてきた。


 あー。これはあれかね。商人か旅人が、盗賊だか魔物だかに襲われたか。

 何にせよ、聞いてしまったものは仕方ない。

 気は乗らないし怖いが、一先ず様子を見に行ってみるか。


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