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18話:二回戦


 試合後、即座に解説席に向かって京介に無言で殴りかかったところ、普通に受け止められてしまった。

 ついでに、掠り傷にわざとらしく包帯を巻かれた。

 あの野郎、大人しく殴られとけよ。

 基礎能力で劣っているのがこんなに恨めしく思ったことは無いかもしれない。


 ちなみにだが、京介に聞いたところでは予選で一番時間がかかったのが第一グループで、残りはスムーズに進行したらしい。

 まあ武術大会(腕試し)で逃げ回る奴なんか他に居るはずもないしな。

  リリアも順調に勝ち進んだと言う事だったので、そこは何よりだ。

 試合進行がスムーズだったから昼前には本戦の組み合わせが張り出される事となった。のだが。

 それがなかなかに酷い組み合わせだった。


 仮に勝ち進んだ場合。

 一回戦はよく知らない相手なのだが、二回戦は予選前に知り合った虎の亜人 (ジェイルというらしい) かリリア、どちらか勝った方。

 その後、準決勝に蓮樹、決勝に司となる。


 後半になればなるほどヤバいので、

 一回戦で負けるのが一番被害が少ないのだが、ここで一つ問題が発生する。

 一回戦負けしたとなると、歌音が怖い。

 予選でまともに戦ってないからな、俺。


 さて。どうしたものかね、これ。


〇〇〇〇〇〇〇〇


 色々悩んでみた結果、どうしようも無かった。

 一回戦の相手が棄権してしまったらしく、俺は不戦勝で勝ち上がってしまったのだ。

 俺と同じ考えだったのか、はたまた事情があったのかは知らないが。

 いよいよ詰んだな、これ。


 二回戦で負けた場合、実質一勝もしてない事になる。

 そうなると歌音がバーサークするだろう。

 かといって仮に勝てた場合、次は蓮樹(最強の一人)だ。普通に考えて無事に済む筈もない。

 せめて武器が持ち込めたらと思うが、蓮樹が武器を持ち込める方がヤバいので意味がない気もする。


 残された道はただ一つ。

 成り行きに任せるとしよう。うん。


 そんな事を考えながら飲み物を片手にのんびり観客席でのんびり待っていると、リリアとジェイルの試合が始まった。

 さすがに怪我人の増える本戦からは解説が交代するようで、京介は試合場の端の方で待機している。

 て言うかあいつ、嫌がらせの為だけにあの場にいたのだろうか。改めて殴りたい。


 さておき、リリア達が数合打ち合うのを見て、少し厳しいかと感じる。二人の経験の差が明らかに違う。


 見てはいないので確実にとは言えないが、リリアが予選を勝ち抜けたのは周りが油断していたからだろう。

 武術大会の参加者が学生の少女をわざわざ警戒するとは思えないし。

 だが実際のとこら、リリアはそこそこ強い。

 体力や筋力はまだ心許(こころもと)ないが、彼女は勘が良く、目が良い。

 相手をよく観察し、対策を練り、隙を突くのが上手いのだ。


 更に最近は隼人(英雄)から直接指導され、剣技の質が大幅に上がっている。

 リリアの戦闘技術は既に一般の冒険者レベルになっている訳だ。

 所謂(いわゆる)天才と呼ばれる人種ではないが、努力を重ねた秀才。

 経験を積んで確実に強くなっていくタイプの人間だ。


 そして、だからこそ。

 自分より経験を積んでいて、尚且つ油断していない相手に勝つのは難しい。


 先ほどからリリアは剣を振っては避けられ、次第に盾での防御が間に合わなくなって来ている。

 虎の亜人の身体能力に対応出来ているのは凄いが、それまでだ。


 やがて、傍目に見ると明らかに作為的な隙に釣られて不用意に打ち込んだリリアは、そのまま片手剣を弾かれてしまった。

 がら空きの胴を狙わなかったのは彼の優しさだろうか。

 リリアの剣が試合場に突き刺さると同時、場内アナウンスがジェイルの勝利を告げた。


 よく頑張ったな、と思う。

 彼女は格上相手にも怯まず、全力で立ち向かって行った。

 初対面時に比べると素晴らしい成長だ。


 そう褒めてやりたいところだが、今はタイミングが悪い。

 悔し涙を流すリリアは学友に任せるとして、さて。

 こんな大会、適当に流してしまうつもりだったのだが。

 やはり近くにいると、情が移ってしまうようだ。

 そのお陰で、俺にも引けない理由が出来てしまった。


〇〇〇〇〇〇〇〇


 その後の試合も予想から大きく外れる事はなく、蓮樹と司は想定通り勝ち進んだ。

 正に鎧袖一触(がいしゅういっしょく)。英雄の面目躍如と言った感じか。

 どちらかと言うと、俺としてはあの二人に挑んだ奴等を(たた)えたいところだが。


 で、まあ。


「よお、英雄。さっきはどうも」


 試合上の中央で向い会い、かなり険悪に睨み付けてくるジェイル。

 予選前の件だろう。嘘は何も言っていないが、正体を隠していた後ろめたさはある。

 だが、まあ。それはそれとして。


「勘弁してくれ、柄じゃない……と、普段なら言うところなんだけどな」

「あぁ?」

「すまないが、ちょっと事情が変わってな」


 体を半身に、左手を前に、右手を顎の前に、拳は握らず半開き。

 遠野流・参の構え。司から学んだ、戦う技術。

 俺が持つ戦闘技術の中でもっとも慣れ親しんだスタイルだ。


「今だけは、英雄でいたいと思う」


 魔力を廻して全身に行き届かせる。

 微力な身体強化だが、無いよりは余程良い。

 俺は確かに弱い。仲間内では最弱だ。

 けれども、弱いままで、強く在ろう。

 そうでないと、仲間達に合わせる顔がない。

 必死になって頑張ったあの娘に、掛ける言葉がない。


 俺の様子に態度を変え、ジェイルが真剣な表情へと変わる。

 牙と爪を剥き出しにして、正に肉食獣の様な面構えだ。

 怖い。逃げたい。帰りたい。それでも。

 引けない理由がある以上、俺は突き進むしか無い。


『二回戦第一試合、始め!』


 開始のアナウンスが響くと同時、ジェイルは虎の亜人らしく凄まじい速さで飛び込んできた。

 瞬時に最高速で攻め、押しきるつもりなのだろう。だが。

 魔力で強化された視界の中、風を切り裂く勢いで振り下ろされた左爪が迫る。

 半歩下がって躱し、続く横薙ぎの右爪を内側に逸らして受け流した。

 勢いのまま半回転してきた背中に右手を伸ばし、掌をそっと当てる。


 瞬間。闘技場の字面が大きく抉れる程に強く踏み込み、生まれた力に全魔力を加えて右掌から撃ち出した。


 遠野流・芍薬しゃくやく・改。


 ジェイルの背中から蒼色の魔力が弾け飛び、場内に盛大な砂煙が舞う。

 虎系亜人のでかい身体が、膝から崩れ落ちた。


 寸勁(すんけい)と呼ばれる打撃を模倣(もほう)した技。

 強烈に踏み込んだ反動で力を得る震脚、そこから生まれた力に魔力を込めて敵の内部に撃ち込む技なのだが、未熟な事に衝撃を外に逃してしまった。

 司に叱られるな、これ。


 静まり返った闘技場に横たわるジェイルを見ると、ちゃんと胸が上下している。

 よし、大丈夫だ。ちゃんと生きてるな。

 一瞬ヒヤリとしたが、まあ結果オーライだろう。


『勝者、カツラギアレイ選手!』


 審判の声に続いて割れるような歓声が上がる。

 ああ、くそ、やらかした。

 歌音は満足だろうが、これ絶対に目立つやつだろ。

 また京介にからかわれるな、と思うが……まあ、今回は甘んじて受け入れよう。

 完全に自業自得だしな。


 観客席に笑顔の蓮樹と呆けた顔のリリアを見つけ、拳を突き上げる。

 後で言い訳しに行くから、待ってろ。

 とりあえず今は沸いた闘技場から逃げることを優先するとしよう。


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