2.奴隷と魔法
前話より続き(ズウェズダとライリー食事中)
「さてズウェズダ様、本日のご予定ですが、お昼からは納税監督署にて各村々からの納税の確認をして頂きます。」
ふむ、そういうのがあるのか。どこの世界でも金は重要だ、しっかりこの世界の貨幣システムを理解しないとな。あわよくば資産運用もして富豪になってみるのも悪くないか。
俺は食事をしながらそんな風に考えていた。
「ふぅ、食べた食べた」
「ごちそうさまでした。感謝いたします」
俺とライリーが食べ終わると使用人たちがそそくさと片付けを始める。
「監督署へ向かう馬車を門前に用意しております。どうぞいってらっしゃいませ」
執事に見送られて食堂を出る。
「豪華なお食事を頂き本当にありがとうございました。そ、それでは私はここで」
「いや、ちょっと待て。お前にはまだ聞きたいことがある。監督署に向かうのについてこい」
「し、承知しました」
逃げるように立ち去ろうとしたライリーを呼び止めて同行を命じる。彼女は俺の奴隷でこの屋敷にきて日も浅い。俺がこの世界について頓珍漢な質問をしてしまったとしてもさほど問題にならないと踏んだ。道中でこの色々とこの世界についての疑問をぶつけてみよう。
「ズウェズダ様、馬車の用意は完了しております」
「うむ」
「ところでその奴隷は?」
「あー、何、馬車での暇つぶしにこの者に少し聞きたいことがあってな」
「さようでございますか」
広い屋敷の敷地の門を出ると、門番と思しき兵士が声をかけてきた。見ると白馬がひく小型で豪華な馬車と、護衛と思われる数名の兵士が乗り込んでいる運搬用の大きくて簡素な馬車の二台が停まっていた。俺とライリーは兵士に先導されて豪華な方の馬車に乗り込む。まもなく馬車はガタゴトと音を立てて走り始めた。
「そ、それでわたくしめにお聞きになりたいこととは?」
「まず聞いておきたいのだが、お前は俺の奴隷なんだな?」
「はい、そうでございますが?」
「では私の命令には絶対に背かないと約束できるか?」
「そ、それは勿論です。私たち奴隷の手には、この奴隷の指輪というモノがはめられていて、これがある限り主人には背けません。そして主人が奴隷を開放しない限り指輪は外れません」
ライリーが指に嵌めた、赤い小さな宝石のついた指輪を見せてくる。
「なるほど」
しかし魔法のアイテムか、いよいよ異世界じみてきたな。
「ライリー、私はこれからお前にいくつか質問をする。しかしこれからの会話の内容は決して他言無用だ。いいな?これは主人としての命令だ」
「は、はい」
「うーむ、そう、実は今日の朝なのだがな、起きる際にベッドから落ちてしまい酷く頭を打ってしまったのだ」
「そ、それは大丈夫でいらっしゃるのですか?」
ライリーは心配げに俺を見つめてくる。奴隷と貴族の関係だというのに、きっと根っからのお人好しなのだろう。その健気さに触れて彼女を手に入れようとした“ズウェズダ“の気持ちがちょっと分かってしまったかもしれない。
「う、うむ。それでここからが問題なのだがな、その際にこれまでの人生やこの世界の常識といったことを殆ど忘れてしまったのだ。」
「な!それは本当でございますか?!」
もちろん俺がズウェズダと入れ替わったことを隠すための嘘である。ライリーの純真さにチクりと胸が痛むがこればかりは仕方ない。
「ああ、しかしこのままでは貴族として示しがつかん。そこで奴隷であり口外される恐れのないお前にこの世界のことを教わり直そうと思ったのだ」
「な、なるほど」
「まずは先ほど話にでてきた魔法とやらについて聞こう。どのようなものがあるのだ?」
「はい、おおまかに分けて二種類、攻撃魔法と汎用魔法があります。前者は魔物と戦うための魔法で、火や氷などを召喚して攻撃に用います。後者は日常生活で使う便利な魔法で、使う人のイメージ次第でいくらでも発明できるために数えきれないほどあります。傷を癒す魔法なども汎用魔法です」
うーん、やはり魔法があるなら魔物もいるか。怖いなぁ。 けど汎用魔法は有用そうだ。現代の知識を使えば色々と実験出来そう。となると問題は…
「なぁライリー俺にはどんな魔法が使えるんだ?」
「わ、私にはわかりかねます」
「そうだよなぁ」
「あ!ズウェズダ様、その指輪です」
「これか?」
ライリーは俺の指にはまっている緑の宝石つきの豪華な指輪を指さす。そういえば今朝からはめてあったな。
「それは賢者の指輪といって、とても高価なものなのですが、指輪をはめた人のステータスを確認することができます」
なるほど、貴族特権という訳か。
「どれどれ……わあ!」
俺が指輪をよく見ようと触れた瞬間、プロジェクターのように指輪から平面映像がうかびあがってきた。俺のステータスのステータスと思われる文字が浮かんでいる。
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ブライト・フォン・ズウェズダ(36) Lv20 ズウェズダ領侯爵
≪Magic≫
ファイヤ・ボール
ストーム
ランド・スピアー
ライトニング
メテオライト(条件を満たしていません)
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・
・
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他にも細かな情報が載っていたたが切り上げる。
魔法は貴族だけあって最初からそれなりに使えるみたいだ。メテオライトとかいう覚えているのに使えない魔法が謎だが。魔法はLvを上げて覚えるものではないのか?
次に“侯爵”確か五等爵のうち上から二番目だったか。俺はなかなか高い地位のようだな。
そして……
「こいつ36歳だったの?!?!」
「あ、あのどうかされましたか?」
「よし、ライリー俺はダイエットをするぞ」
俺は困惑しているライリーの肩をつかみながらそう叫んだ。こんな見た目で腹もでているからてっきり50前後だと思っていた。だけど36才ならまだまだ男として廃れていない。せっかく貴族というアドバンテージがあるんだ。転生前はからっきしだったが俺だってモテたい。見た目を磨いてイケおじを目指そう!今は怯えているライリーも慕ってくれるようになるはずだ。
「ダイエット、ですか」
「ライリー、なにかダイエットに役立ちそうな汎用魔法はしらないか?」
「そうですねぇ、修行を行う戦士が消費エネルギーを増幅させる魔法を使うと聞きます」
ふむ、運動の効果を上げる魔法か。痩身の者には危険だがこの腹なら問題あるまい。突き出した自分の腹を見下ろしながらそう考える。
どれ、その魔法を使ってみるとしよう。脂肪の燃焼、代謝を上げるようなイメージか。
「おお!」
体が青白い光に包まれたかと思うと、主に腹や太ももといった箇所が光り出した。恐らく脂肪の多い部位ほど光っている。
「わぁぁ、すごいです。聞いた魔法をすぐに使えるようになるなんて」
「そうなのか?」
「ええ、汎用魔法は魔力こそあまり必要ありませんが想像力が重要です。ズウェズダ様は芸術家に向いていらっしゃるのでは?」
「いやぁ、そんな才能持っていないぞ」
現代科学では様々な現象のメカニズムが解明されている。それを知識として知っている俺にはイメージも容易いというだけのことだ。それはそれとして綺麗な女の子に褒められるのは悪い気はしない。
「ズウェズダ様、納税署のある村が見えてきました」
「うむ、ときにライリー、頼みがあるのだが」
「何でしょうか?」
「これからも暇がある時にこの世界のことについて教えてはくれないか?奴隷の扱いがどのようなモノなのかは知らないが、俺は謝礼金ぐらいは出すぞ」
気づけばライリーとは“ズウェズダ“ではない素の俺として話すようになってきた。ライリーも俺に対しての警戒は緩まってきているように思える。貴族としてこの世界に転生してしまった俺には気兼ねなく話せる相手の一人ぐらいも必要になるだろう。
「し、謝礼金だなんて!本当に有り難いお言葉です」
「その堅苦しい敬語もやめていい」
「で、ですが」
「私……いや俺もずっと格式ばった会話だと嫌になるんだよ」
「そ、そうなの……です、か?」
「まぁ最初はそんな感じだよな」
ガシャン。
馬車が村に止まったようだ。さて、では納税署とやらに行ってみるか。
次回、ズウェズダ領民とご対面