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硝子細工の報復  作者: *amin*
陽向とまどか
4/31

歪な二人 4

 「うん。ありがと~大丈夫だよ~じゃあね」


 日が昇ってもぼんやりと薄暗い部屋の中で響いた高い声に陽向は目が覚めた。ベッドの端に腰掛けて電話をしていたまどかは、陽向が起き上がったのを確認して通話を切り、顔をのぞき込む。


 「おはよ、陽向君。寝顔可愛くてまどか朝から欲求不満になっちゃった」

 「あー……はよ。きもいこと言うなてめえ」


 湊以外の人間と同じ部屋で一日を過ごすのなんて高校の修学旅行以来だった。携帯を確認すると朝の十時で、自分はともかくまどかは学校があるはずで、陽向は慌てて起き上がった。


 「おいお前学校どうすんだよ!こないだもさぼったんじゃねえのか!?」

 

 慌てる陽向とは対照的で、まどかは茶目っ気たっぷりにほほ笑んだ。


 「大丈夫~まどか、不良少女だから~。こんなの日常茶飯事~」

 「大丈夫って……昨日、施設にいるって言ってたじゃん。それ、怒られるだろ」

 「陽向君は気にしないで。でもまどかのこと気にかけてくれるんだよね。大好き」


 陽向に抱き着いて顔面にキスの雨を降り注ぐまどかを引きはがし、陽向は頭を抱える。携帯には湊からの連絡が十件以上入っており、着信も数件入っていた。それを見て、昨日の夜のことを思い出して全てが終わってしまったことを今更ながら痛感した。眠っている湊に、あんなことしなければよかった。

 思い出しても後悔ばかりだ。一晩経って冷静になった頭は湊に会いたいと訴えている。謝ったらきっと優しい湊は陽向を許すだろう。今まで通りに過ごそうと言ってくれるだろう。でも陽向は、それを望んでいるのだろうか。


 「湊君、会って話したいって。何話すんだろうね」


 陽向に抱き着き、携帯をのぞき込んだまどかがポツリと呟く。

 

 「知らない……」


 ふり絞った声はか細く、震えており、まどかが慰めるように陽向の髪の毛に唇を落とす。その行為は母親が子供にするような親愛が込められているようで、陽向は黙ってその行為を受け入れた。


 「でも陽向君はもうまどかと一緒に生きてくれるって昨日言ったもんね。だって、陽向君……もう湊君と友達に戻れないでしょう?」


 その言葉に肩が震えた。湊との距離を間違えたのは陽向自身。そして湊は陽向の想いを受け入れてはくれず、ないものとして扱った。それが湊の陽向に対する答えだったのだ。湊はこれから自分でも気づかない暴力を陽向にふるうだろう。普通の幸せと言う教科書に載っているようなおあつらえの言葉で陽向を追い詰めていくのだ。

 普通の幸せなんて、陽向にはとうの昔のことで思い出せもしないのに。

 陽向にも幸せな時期はあったのだ。父親と母親がまだ家にいたとき、キャンプに連れて行ってもらったり、一緒に家でゲームをしたり、幼いころの陽向は確かに幸せだった。あの時のまま過ごせたら、こんなことにはならなったのだろうと考えると悔しくて悲しくて、父親と母親に対する憎しみが増していく。

 そんな陽向の気持ちを手に取るようにわかるのか、まどかが頭上でクスリと笑い、陽向に覆いかぶさる。


 「陽向君、もう諦めようよ。どれだけ願っても、望んでも陽向君のお母さんが正気に戻ることはないし、まどかのお父さんも昔のような優しさを与えてはくれない。まどかと陽向君、二人だけで生きていこうよ」

 「俺は……」

 「湊君は陽向君のこと、受け入れないよ。本当は、まどかとセックスするより、湊君に女の子みたいに抱かれたかったんだろうけどね。ふふ」


 その言葉に顔が瞬時に熱を持ち、陽向はまどかの突き飛ばした。図星をついたと言って笑うまどかに反省の色は見えず、その姿を見て陽向は声を荒げた。


 「湊のこと、お前の汚い妄想で語るんじゃねえ!」

 「汚い?汚いの?じゃあもう陽向君ダメじゃん」


 ケタケタ笑うまどかは陽向の下半身に手を伸ばす。


 「まどかは陽向君が湊君とエッチしたいんだろうなって言っただけだよ。そのまどかの言葉を汚いって思うのなら、陽向君は湊君とそういう行為、想像したことあるんでしょ?自分の想像した行為を汚されたって思ったんでしょ?」

 

 言葉に詰まった陽向にまどかは可愛いと笑い口づける。


 「陽向君はね、湊君とセックスしたいんだよ。可笑しくないよ。だって恋人になりたいんだもんね。ねえ、抱かれたいの?抱きたいの?どっちなの?」


 まどかの顔を叩き、陽向は携帯を取ってドアを開ける。まどかは何も言わず、追いかけるそぶりも見せなかった。


 「金はバイトの時に返す。もう、くだらないこと二度と言うな」

 「……すぐ暴力振る陽向君って、ちょっとまどかのお父さんに似てる」


 その言葉が突き刺さって心臓が痛みに震えたけれど、気づかない振りをして陽向はホテルを後にした。


 どうしても大学に行く気が起こらず、友人に今日は休むことを伝え、陽向は自室のベッドに横になった。

 湊はもう帰っており、いつまでも既読にならないメッセージに焦りを感じたのか、ルーズリーフ一枚に謝罪の置手紙とコンビニで購入した朝食を置いていた。湊の説教や謝罪など聞く気が起こらず、陽向はルーズリーフを丸めてごみ箱に捨てた。ホテルで眠ったが、体は思った以上に疲弊しており、陽向は目を閉じた。


 目が覚めたときには、少しは自分がましな人間になっているようにと願いながら。

 

 ***


 金曜日の夜の客は木曜日の同じ時間帯に比べて格段に人が多い。カフェは客でにぎわい、何組かは満席であることを伝えると残念そうに肩を落として帰ってしまった。目まぐるしく立ちかわる客と増えていく仕事を陽向は無心でこなしていた。その近くにはまどかもいて、今朝のやり取りを思い出すと、陽向はまどかの顔を見ることができなかった。

 いつもは騒がしいまどかが陽向に絡んでいかないことに他の従業員は不思議そうにしており、何回か喧嘩でもしたのかと聞かれ、陽向は適当に誤魔化しつつも心の中で毒を吐いていた。

 時計の針が十一を回り、カフェの閉店時間になったため、残っている客に閉店であることを告げ、締めの準備に入る。あとは店長たちの仕事であり、客に声掛けをして陽向ともう一人のバイトの女性は休憩室に向かう。

 他愛ない話をしながら荷物をまとめていると携帯が光り、画面にはまどかの文字が映っていた。気に食わない相手からの連絡に無視しようかとも考えたが、昨日の話の続きをするのかもしれないと思い、陽向は電話に出た。


 「陽向君が出てくれるの嬉しい~!!ね、バイト終わった?まどか前のコンビニでたむろってるから迎えきてー!陽向君、まどかの家に集合ね!」

 「まどかの家って……施設じゃねえの?」

 「のんのんのん~~詳しいことはそこで話すから絶対迎え来てね~待ってるよ!」


 一方的に告げられ電話を切られる。横にいる同僚は何があったのか興味津々で見ていたが、苦笑いで誤魔化し陽向は一足先にカフェを後にした。まどかは前のコンビニにいると言っていた。夏特有の湿気の多い暑さに不快感を前面に現しながら、陽向はコンビニに向かって足を進めようとした瞬間、腕を掴まれた。


 「やっと見つけた。既読無視とかいい度胸だな陽向。店内に突撃しなかったの褒めろよ」

 「……湊」


 陽向の腕をつかんでいたのは湊だった。その表情はいつもと違って険しく、声も普段聞くものより数段と低い。腕を握る力は強く、陽向が少し力を入れたぐらいでは振り払えそうになかった。湊はずっとここで待っていたんだろうか、陽向のバイトが終わるまで。

 心臓が痛いくらいに早く鼓動している。逃げなければいけない気持ちと、追いかけてきた湊の存在が嬉しくて陽向の足はその場に縫い付けられたように動かない。しかし湊が腕を引き、コンビニと反対方向に向かっていこうとしているのを察して、陽向は足に力を込めた。


 「待ち合わせしてるから、無理。何か用?」

 「何か用って……ここで大声で話せる内容だと思ってんの?」


 湊の言うことはもっともだ。あまりにもプライベートで背徳的な話であることに間違いない。

 答えない陽向に湊は一言「行くぞ」とだけ言い放ち、引きずるように陽向を引っ張る。


 「湊、俺本当に待ち合わせがあるんだ。行けない!」

 「俺との話より大事なことなのか?」


 陽向の目が丸くなる。湊は一歩も譲るつもりがないようだ。これ以上話すつもりもないらしく、再び足を進めた湊に陽向は引きずられてしまう。


 「……ずりいよ湊。だって、話したって何も変わらないのに」

 「変わるよ。お互いの接し方、変わるだろ。つかお前本当に待ち合わせしてんの?昨日も結局帰ってこなかったし、そのこともきっちり説明しろよ」


 「陽向君!ちゃんと来てって言ったじゃん!」


 背中に抱き着かれ、前のめりになりつつも足で踏ん張ってなんとか陽向は顔面から地面にぶつかると言う恥をかかずに済んだ。甘ったるい声で陽向の背中に張り付いているのはまどかで、迎えに来ない陽向に頬を膨らませている。


 「まどか待ったんですけど~ま、いいや。行こ、陽向君!」


 湊の存在をまるでないもののように扱い、まどかは陽向の手に指を絡める。いつもなら、その手を振り払う陽向だが、この居心地の悪い状況から逃げ出すために力の弱まった湊の腕を振り払い、まどかの手を握り返す。

 その光景を湊は目を丸くしてみていた。

 勝ち誇ったかのようにまどかは湊に視線を向け、わざとらしく挨拶した。


 「陽向君の知り合い~?どうも~まどかって言います。陽向君の彼女です~」

 「彼女?陽向、お前……」


 それ以上は言わなかったけれど、湊は信じられないと言うような目で陽向を見ている。自分に告白してきた男が次の日には彼女を作っているのだ。湊にとっては意味が分からないのも当然だろう。

 陽向は消えてしまいたいほどの羞恥心に苛まれていた。昨日の痴態もそうだが、湊から見たら尻軽に見られてしまったのではないかと気が気ではなかった。


 「これから陽向君はまどかの家に行くんです~陽向君に何か用ですか?」

 「いや、陽向……説明して。昨日の話から今日でこれかよ……悪戯だったのか?」


 “悪戯” 。そんな訳ないだろう。

 昨日のあの悲しみを、絶望を、悪戯になんてしたくはない。陽向にとっては人生でもっとも大切な日だったのだ。でも湊は信じてくれない、今だってまどかではなく陽向に問い詰めている。昨日の涙も告白も、陽向の想いは今会ったばかりのまどかの発言に上書きされてしまうレベルの物なのだ。


 「何にも知らないくせに、嫉妬だけは一丁前……」


 まどかの小さな呟きは湊にも届いており、湊の視線が陽向からまどかに移動する。まどかは見せつけるように陽向の腕に自分の腕を絡め、肩口に顔をのせる。

 あまりにも親密な行為に湊の瞳が不愉快そうに揺れた。


 「何が嫌なんですか~?先輩がまどかと付き合うのが。友達離れしないとだめですよ~先輩はもうまどかのなんで」

 「……あのさ、君関係ないから引っ込んでてくれない?俺は陽向に用があるんだよ」

 「先約はまどかなんで~。いこ、先輩」


 まどかが陽向の腕を引っ張り、その場を離れようとしたが、湊はそれを許さず空いている陽向の腕をつかむ。まどかと湊の間に挟まれた陽向はどちらの肩を持つわけでもなく、気まずそうに視線を地面に落しているだけだった。

 諦めない湊に面倒そうにため息をついたまどかは陽向に視線を向けた。まどかからの視線を受けた陽向は居心地悪そうに視線をせわしなく動かしており、ひどく動揺しているのが見て取れた。通行人たちも中々立ち去らない男女三人にチラチラ視線を送りながら通り過ぎていく。一刻も早くこの場から解放されたいのに、湊とまどか二人を説得することができない陽向は唇をかんだ。


 「陽向君、もう湊君のことは諦めるんだよね」


 まどかのその一言が心に突き刺さってくる。


 「湊君は、陽向君と恋人にはなってくれないよ。女の恋人作って、いつか結婚して、置いてかれるの陽向君だけだよ。そうなったとき、湊君は絶対に振り返ってくれない」


 わかっている。そんなこと、陽向が一番わかっている。

 しかし湊は陽向の世界で一番大切な人だった。湊さえ居れば、他には何も望まない、そう思えるほどに、陽向の世界は湊で構成されていた。

 現に湊は陽向をいままで優先してくれた。陽向が一緒にいたいと言えば、他の約束があってもよほどのことがない限りはほっぽり出して陽向の側にいてくれた。甘えている自覚はあった、しかし自分の全てを知って受け入れてくれる存在が湊しかいなかった。そんな湊を手放せるほど、陽向の心は強くない。


 「陽向君、もう子供じゃないよ。湊君はもう、陽向君と一緒にはいられないよ。湊君は……陽向君とまどかと違うんだもん」


 それが答えなんだろう。

 まどかの答えは陽向が今まで先延ばしにしていた結論そのもので、見たくなくて蓋を閉めていた未来だった。湊はいつか結婚して子供だってできるだろう、湊の優先順位はどんどん追加されていき、その中で陽向はどんどん下がっていく。でも陽向には湊だけ。

 どんなに頑張っても、辛いのは陽向だけだった。

 湊は、まどかの話し方に陽向と自分の関係性を理解していると感じ取ったらしく、複雑そうな表情をしている。


 「陽向、お前……楽な方に逃げるな。ちゃんと話し合って、お互いに納得いく答えを見つけねえと……」

 「納得いく答えって湊が納得いくだけじゃん」


 今まで黙っていた陽向の反論に湊の腕を握っている力が弱くなる。

 昨日、陽向は湊から逃げた。あそこにいたら言い負かされると分かっていたから。湊と仲直りしたいと思う気持ちは確かにある。できるならまだ一緒にいたい、と。しかしまどかから与えられた答えが現実になる日は近く、いくら陽向が望んでも、湊との溝は深まる一方だ。


 「どんな話し合いしても、俺はきっと納得しないよ。俺、湊の彼女、殺してやりたいよ。俺から湊をとる奴なんてみんな死んじまえって思ってる」

 「陽向……」

 「湊は俺と友達でいたいって言ってくれてるけど……俺、もう無理だよ。苦しいよ湊、こんなに好きなのに、俺には湊しかいないのに……伸ばせば届く距離に湊がいるのに、絶対に俺の物にならない」


 湊が陽向の腕を放し、呆然としている。それとは逆にまどかが陽向の腕を強く握った。まるで自分がついているとでも言うように。

 まどかは陽向を理解してくれる。陽向の本当の悲しみも苦しみも共有したうえで側にいてくれる。陽向からの愛を得られなくても、まどかと一緒にいれば、陽向は世間一般では幸せな普通の青年になれるのだ。そしてそれを望んでいる湊が陽向を連れ戻そうとしている。どちらと一緒にいたほうが幸せかなんて、一目瞭然だった。

 

 「おいお前ら店の前でどうしたんだよ。まどかも、お前高校生だろ……家に帰れよ」


 陽向と一緒にバイトを終了した従業員と店長がカフェから出てくる。湊と陽向とまどか、三人は既に三十分近くカフェの前でもめており、流石にこの状況は可笑しいと感じた従業員が店長に報告したらしい。

 カフェの客を全員帰し、店内に人がいないことを確認した店長はカフェの扉を開ける。


 「なんかよくわかんねえけど、店内かしてやるから中で話しろ。コーヒーくらいなら出してやるから」

 「要りません。俺、もうまどかと帰るんで」

 「おい陽向!」


 踵を返した陽向の肩を湊が慌てて掴む。何度目かのやり取りに陽向の表情は不機嫌そうに歪む。何度話したって同じだ、陽向と湊は分かりあえない。湊の認識を陽向に強要しなければ、二人はもう一緒にはいられないのだ。なぜそれが、湊には分からないのか。

 好意を逆手にとって、自分の言うことを強要させる。そのやりかたを陽向が一番嫌っていることを。


 今の湊は、陽向から見たら母親そのものだった。


 その瞬間、陽向は湊の手を振り払い突き飛ばした。陽向の行動を見て、まどかすら目を丸くしている。

 陽向は肩で息をして、目は見開いており、体は震えている。流石にこの状況は尋常ではないと判断した店長が落ち着かせようと伸ばした手も陽向は振り払う。

 

 なんだか、どうでもよくなってしまった。

 陽向は小さく笑った。


 「湊が俺と恋人になってくれるなら、いいよ」


 突然のカミングアウトに店長だけじゃない、側にいた女性バイトも驚愕して固まる。肝心の湊はまだそんなことを言っているのかとでも言いたげに首を横に振った。それが、湊の答えだった。


 「陽向、だから一度話し合おうって言ってるだろ。過去のことが原因で女性恐怖症なら、適切な治療受けないと……「だから、俺を矯正するなって言っただろ!!!」


 陽向の怒声に通行人たちも立ち止まって湊と陽向に視線を向けるも、若い男性二人の喧嘩に巻き込まれたくないのかそそくさとその場を立ち去っていく。

 

 「俺は正気だよ。確かに俺は女が嫌いだけど、お前を好きになったのは病気じゃない!」


 湊に掴みかかり、陽向の勢いに湊は尻もちをついて、陽向も膝を着く。店長が二人を引き離そうと間に入り、女性バイトはまどかに被害が行かない様に抱きしめている。

 陽向が湊に掴みかかる力は強く、店長が乱暴に引きはがし、抑えつけた瞬間、力が抜けて泣き出した陽向に店長の表情が変わる。


 「陽向……」

 「苦しいよ湊、助けてよ……俺を愛してるって言ってよ。俺を湊の一番にして。友達とか嫌だよ。苦しい、もう楽になりたい。苦しい」


 声を上げて泣き出した陽向を見て反射で伸ばした湊の手はまどかに遮られた。まどかはそのまま陽向を抱きしめて肩口に顔をうずめる。しかしそこから見える瞳は湊への憎悪が宿っていた。


 「まどかね~陽向君とセックスしたよ。湊君はできないよね。でもよかったね湊君。それ、望んでるんだよね。陽向君に彼女ができて普通の人間になればいいって思ってるんだよね」


 湊はまどかを睨みつけ、苦しそうに小さく呟く。


 「それでも、お前より陽向の苦しみを理解できてる」

 「……それ、本当に思ってるのなら、もう陽向君に近寄らないで。あんたも恋人出来たんならそっち優先しなよ。陽向君は私が守るから」


 店長と女性バイトに丁寧に頭を下げて、まどかは陽向を立ち上がらせる。陽向は抵抗せず、まどかに支えられて背中を向けた。湊はもう、陽向の腕を掴むことはなかった。


 「さようなら偽善者の湊君。お役御免だね。陽向君を本当に理解できるのは、まどかだけだったね」


 その言葉を、今の陽向はすんなりと受け入れられる気がした。


 ***

 陽向が連れてこられたのはマンションだった。ソファに案内されて鼻を鳴らして大人しくしている陽向の前にグラスが置かれる。中身はコーラが入っており、陽向がそれを飲んだことを確認してまどかはエアコンの電源を入れた。

 十分程度、二人の間に会話はなく、エアコンが効いて部屋が涼しくなったころ、まどかはコーラを一気に飲み干して息をついた。


 「ぷはー!生き返った~!陽向君大丈夫?」

 「……もう、湊に会えない」


 鼻を鳴らして再び泣き出した陽向の隣にまどかが座る。あやすように抱きしめられて、年下であることも頭に入れず陽向はまどかの腕の中で泣いた。

 

 「……湊君が羨ましい。陽向君が湊君の彼女殺したいって言ってたけど、私も湊君のこと殺したい」

 「そんなことしたら俺がお前殺すから」

 「だからしないんだよ~」


 陽向に口づけて、まどかは笑う。まどかからのキスを受け入れながら陽向はぼんやりと考えていた。

 湊とこんなにこじれてしまったのは間違いなくまどかのせいだが、今はまどかが隣にいてくれてよかった。一人だったら、どうしていいか分からなかった。


 「もうバイトにも行けないな。噂になってそう」

 「ん~店長とマリ先輩ってそんなことするようには見えないけどね~言いふらしたりはしないと思うよ~」


 陽向とは対照的にまどかは冷静だ。陽向は全てを失ってしまったような喪失感を感じているが、まどかはさして気にしていなさそうだ。

 三十分程度、陽向を抱きしめて励ましていたまどかだったが、陽向が落ち着いたことを確認して、アルバムを取ってきた。そう言えば、ここはまどかの家なんだろうか。だとしたら父親は?

 まどかが開いたページには一人の女性と少女が写っていた。女性はまどかにそっくりで、おそろいの帽子をかぶって笑っている。写真からこの女性がまどかの母親だと言うことが分かった。


 「これ、まどかのお母さん。まどかに似て可愛いでしょ~」

 「ん、あ、そうか」

 「陽向君反応悪いな~そこは可愛いねっていう所でしょう~モテないよ~」

 「あ、はは……」


 陽向の反応をさして気にせず、まどかは写真を陽向に渡す。全くの他人のはずなのに、この女が自分とまどかを狂わせた原因なのかと思ったら、複雑だった。


 「この人が、父さんと出て行った人……」

 「そだよ。今どこにいるかもわかんないの。今はまださ、どうにもできないからさ、夏休みに探しに行こうって思ってるんだ」


 まどかの言いたいことが分かった。まどかはこの女に復讐したいんだ。この女さえ居なければ、陽向の父親はまだ母親といて、陽向は普通の愛情を注いでもらえたかもしれない。そうすれば、こんなことにならずに普通に女性を愛することができて……湊との距離を間違えることもなかったのかもしれない。

 黙って返事をしない陽向の手をまどかが握る。


 「陽向君、一緒に行こ。この女と陽向君のお父さんは一緒にいる。まあ家族捨てていなくなるような薄情な奴だもん、もしかしたら別れてるかもだけどね」


 くつくつ笑ったまどかだったが、陽向の父親をけなしたことに関しては素直に謝罪を入れてきた。本当のことだから、そのことを咎めることなく陽向は頷いた。


 ― こいつらさえ、いなければ……


 なぜ、自分と母親を捨てたのか。何の連絡もくれなかったのか。その答えを知りたい。

 不幸になればいい、自分が感じた恐怖と絶望を味わえばいいんだ。


 「夏休みか……時間かかりそうだな」

 「心配してる?」

 「バイトは休めばいいし、別に」

 「決まりだね」


 まどかは陽向をソファに押し倒す。いきなりの展開に目を丸くした陽向の服に手をかけて、その首筋に唇を落とす。

 その行為が前回と同じ熱を含んでおり、陽向は顔を真っ青にしてまどかの肩を掴む。


 「止めろ!まどか、離れろ」

 

 そんな言葉でまどかが言うことを聞いてくれたことはない。まどかは顔を離し陽向の頬を手で包む。しかしその瞳を見た瞬間、次の言葉を言うことができなくなった。


 「まどかを受け入れて。二人で幸せになろ、陽向君」


 まどかに逆らうことは陽向にはできず、青ざめた顔と震える体を抱きしめてまどかは囁く。全てを失った陽向が逃げる場所もなく、瞳から一粒、涙をこぼして目を閉じた。

 それが陽向の諦めだと悟ったまどかは笑った。


 

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