● 初めての顔合わせ
コンコン
「お嬢様。朝でございます。」
そう言ってソフィーさんはお嬢様の部屋のドアを叩いた。先週、お嬢様に拾われ仕事を一通り覚えて、今日やっとお嬢様のお世話を任されることになった。ソフィーさんは、その時に色々と教えてくれた、お嬢様のお世話をこれまで任されていたメイドなんだそうだ。
汚くて、細くてなんの役にも立たなそうな俺をお嬢様は拾ってくださった。これから、俺の主人はお嬢様なのだ。
「入っていいよ。」
明るいお嬢様の声がドアの向こうから聞こえてくる。この一週間、お嬢様は何度も会いにきて下さったが、この服を着てお会いするのは初めてだ。今までとは少し違う、緊張と高揚感の混ざったドキドキが俺の中を満たす。
ソフィーさんがドアを開いた。中ではお嬢様が窓に向かって伸びをしていた。不思議で綺麗な赤みを帯びた銀髪が朝日に反射してキラキラと輝く。
(なんて…綺麗なんだろう。)
お嬢様の周りだけがキラキラと輝いて、眩しい。まるで天使のようなその姿に、思わずため息が溢れる。華奢で弱々しく見えるのに、その行動は大胆で活発だ。儚げな雰囲気とは裏腹にその顔に浮かぶ笑みは堂々として、力強くて…。こんな素敵な方の側で働くことができるのなら、なんでもしよう。そう思わせる不思議な魅力を持った方だ。改めて、自分の幸運さに気がつく。
「えーと、これからは私があなたの主人になるんだよね。改めてよろしくね、ヴィンセント。もっと話したいって、ずっと思ってたんだ。」
「は、はい。お嬢様…。」
ヴィンセント。ここにきてから、お嬢様にいただいた名前。まだ自分の名前だと言う実感は湧かない。ただ、他でもないお嬢様にいただいた名で、そのお嬢様本人に呼ばれるとドキドキと胸が高鳴った。
「緊張してるの?そんなにガチガチになることないでしょ?もっと気楽に行こうよ。」
「は、はい!」
クスクス笑いながら、お嬢様は俺の肩をポンポン、と軽く叩いた。お嬢様がそんなことをする方ではないのは分かっていたが、殴られも蹴られもしないことに少し驚く。お嬢様は貴族令嬢だ。貴族の中では平民や貧民を蔑む人も多い。そんな中、お嬢様は貧民上がりの俺に気軽に接してくださる。なんて心の広い方なんだろう。
「そろそろよろしいですか、お嬢様。先にお着替えを済ませませんと。皆さんお待ちになっていらっしゃいます。」
「あ、うんそうだね。じゃあ、ヴィンセント。悪いけどちょっと出てもらっていい?」
「は、はい!」
慌てて部屋の外に出…る前に一礼をする。そっと扉を閉めて、壁に寄りかかる。深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
「緊張した…。」
一度顔を合わせただけでこれまでにないほど心臓が早鐘を打った。こんな調子で、お嬢様の世話係など務まるんだろうか。
(すごく心配だ…。)
こんな調子で悶々としていると、ガチャっと扉が開かれた。すぐに壁に寄りかかるのをやめ、直立の体勢になる。
「お待たせ、ヴィンセント。」
「は、はい。あっいえ…!?」
「え?」
「な、ナンデモナイデス…。」
反射で「はい」と返事をしたが、後になってお待たせという単語に気づき、「いえ」と答える。お嬢様が首を傾げたのを見て、美しいとか思いながら、失礼ではなかっただろうかと考えた。内心では大騒ぎだが、必死でなんでもないような表情を取り繕う。
(上手くやっていけるのか、本当に心配になってきた…。)
と、まあそんなこんなで俺はお嬢様の世話係を任されることになったのだった。