「邂逅」のアナザーストーリー「evergreen」
最終回その10「邂逅」のカヲルのスピンオフです。しもらーと別れたカヲルのその後を書いてみました。
タイトルはka-koさま作曲「evergreen」という曲名を使わせていただきました。
evergreen
潤いと落ち着きのあるくつろげる空間
僕の荒れ果てた心に
渇ききった心に
癒しの水を注ぎ込んでくれる
存在
evergreen
僕は手に入れた
本当に大切な人を
僕が愛してやまない
その人を───
彼女の実家は大きな橋を渡った小さな町にあった。
「海がとてもキレイなんです…」
彼女のうつむいた姿が心から離れない。
僕を好きだと言ってた。
なのに、冷たくそれを拒絶した僕。
「…………」
駅員のいない小さな駅を出て空を見上げる。
眼鏡を通して空の眩しさが届き、僕は目を細める。
だが、秋もだいぶ深まり、こんなにいい天気だけどそれほど暑くはなかった。
誰も通らない海辺の道。
時折車が通り過ぎるだけ。
近くの海から潮の香りが届き、そちらに目を向けると遠く空の彼方に白い鳥たちがゆったりと浮いているのが見える。
なんてここは静かで落ちついた場所だろう。
彼女は、こんなに素敵なところで生まれ育ったんだ。
僕とは何もかも違う。
都会の喧騒の中で生まれ育ち、小さな頃から他人と比べられ、窮屈に生きてきた。
いつしか、自分の本当の気持ちというものを押しこめ、あたりさわりないことしか言わず、誰も信じられず、親友もできないそんな淋しい学生時代を過ごした。
だが、幸いにも「マナブくんって優しいね」「マナブは誰に対しても公平だよな」ともてはやしてくれた。
しかも、ちょっと勉強もできたってことで「優等生」だけど「明るく気さくな性格」とまで評価してくれて。
だが、本当の僕を引きずり出したのは二人の女性だった。
「私の住んでるところは田舎なの」
最初の女性はネットで知り合った人だった。
話していくうちにその彼女はかつての同僚で仄かに恋心を抱いた子であると知った。
彼女が会社にいた頃は、そのおとなしい性格にとてもイライラした。
それはやはり僕の本当の気質と同じだったから。
物言いがハッキリした何でもズバリと主張できる強い女性───そういう人が好みだといつも彼女に言っていた。
それは真実ではないと気付いたとき、彼女は僕の前から去ってしまっていた。
僕は自暴自棄になった。
毎晩毎晩遅くまで飲み歩き、心の隙間を埋めようと繁華街をさ迷い歩いた。
時には部屋でも朝まで飲みつづけたこともある。
そして、彼女がやってきた。
まるで僕の前から去っていった彼女の代わりのように。
彼女の名前は「サトコ」といった。
「あなたが…好き…です」
飲み会の帰り道、サトコのアパートが僕のマンションから近くだということで送って帰った夜、告白された。
背の低い彼女はうつむいたまま震えていた。
まるで幼い子供のように。
だが、僕はまだ癒えぬ傷を抱えていた。
しかも、この子はその人に雰囲気が似ていた。
(ちきしょう…)
何もかもうまくいかない。
なぜ、彼女はこの子のように告白してくれなかったんだ。
彼女の気持ちは知っていた。
僕だって何か言ってくれさえすれば喜んで付き合ったのに。
なのに、僕ではない違う誰かを選んでしまったのだ。
悔しかった。
結婚式の時、相手の男を見たとたん「負けた」と思った。
僕にはない自信に満ちた強い眼差しを持った、男でも惚れてしまいそうな奴だった。
「…………」
僕は、その時の怒りとも嫉妬ともわからない気持ちをまざまざと思い出した。
心の底からふつふつと何か得体の知れないものがわき上がるのを感じた。
そして、僕は扉の前で震えながら答えを待つ彼女を、部屋の中に乱暴に突き飛ばした。
あとのことはよく覚えていない。
夢を見ているようだった。
どこか知らない、緑に燃える木々の間をあてもなくさ迷う僕。
なんてキラキラ輝いてキレイなんだろう。
木漏れ日が僕の顔にあたり、思わず目を細める。
心が落ち着いてくるのがわかる。
緑に満ち溢れた空間。
こんな場所に住みたかった。
自然の潤いが感じられる、そんな空間に。
僕のこの荒れ果てた荒野のような心に、癒しの水を注ぎ込むような、そんな場所。
だが、僕は取り返しのつかないことをやってしまっていた。
「……………」
歩きながら、思い出したくないあの時のことを思い出していた。
だが、僕は決して忘れない。
犯した罪。
彼女は何も告げず、黙って会社を辞めていった。
僕はしばらく放心して何も手につかなかった。
ますます酒に溺れ、自堕落な生活に拍車がかかってしまった。
いつしか、会社の者たちにも見放されかけたとき、ネットで彼女に出会ったのだ。
かつて僕を見捨てていった彼女を。
いや、そうではない。
見捨てたのは僕のほうだったのだ。
手に入れたいなら、なりふりかまわず手に入れるべきだった。
僕がほんの少し人間的な感情さえ持っていれば、必ず手に出来たものは、今までに山のようにあったはず。
僕はひととき、かつて想いを寄せていた彼女と危険なゲームに踏みこんだ。
だが、それはやはりまやかしでしかなかった。
彼女と言葉と言葉の睦言を交わすたびに、僕はサトコのことを思い出していた。
あの、小さく震える姿を。
忘れようとしても忘れられない。
人はそれを「恋」と呼ぶのだろうか。
「あ……」
そんなふうに物思いにふけっていたら、突然目の前に深い色合いの海が広がった。
彼女の家の裏には海が広がっていた。
僕は家人に聞いて、彼女が裏の浜辺に出ていると聞いた。
白い砂浜はどこまでも続き、ひたひたと寄せては返る波が静かな音を聞かせてくれている。
彼女は白いワンピースを着て波打ち際より少し離れた場所に座っていた。
ぼんやりと海を見つめている。
少し痩せた。
前はちょっとぽっちゃりとして頬もピンク色していたのに、今の彼女は顔がほっそりとしている。ほっそりというか、げっそりといった感じがしないでもない。
近づく僕にも気付かないようだ。
「隣いいかな?」
ごく自然に僕はそう言った。
ゆっくりとこちらを見る彼女。
「…………」
その彼女の目が大きく見開かれ、突然ボロボロと涙が溢れ出した。
僕は黙ったままじっと彼女を見つめた。
「せんぱ……い…どうし……て……?」
「君が好きだ」
「!!」
「僕を許してくれとは言わない。僕は君にとてもひどいことをした。だが、今の僕はどうしても君が好きでたまらないんだ」
「せんぱ……」
「虫のいい話だと思うかもしれないが、もし、もしまだ少しでも僕のことを好きだと思ってくれているなら、僕と結婚してくれないか」
「せん……」
彼女は言葉が出ないようだった。
もしかしたら何が起きているのかもわかってないかもしれない。
「君が好きだ、愛している」
僕はゆっくり、一語一語はっきりと言った。
彼女の心にしっかりと刻み込ませるために。
そして、僕は彼女を引き寄せ抱きしめた。
彼女は抵抗もせずに抱かれていた。
するとぽつりと呟いた。
「……夢みたい……」
僕はそんな彼女にこれは夢ではないと囁き、さらにきつく抱きしめた。
遠くに見える海が山が町並みが、僕たちを祝福してくれているようだった。
僕はようやく、心のオアシス、僕の常緑とでも言うべき存在を手に入れた。
これは自分が欲しいと願い、そして自分自身で手に入れた僕だけの宝物。
このとき、僕は幸福を手にした。
僕を潤す存在、そして僕自身が彼女を潤す存在となったことを実感した瞬間だった。
人は、相手を癒すことができると知ったとき、始めて幸福を手にしたと感じるものである。
僕はそう思う。




