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メラバ  作者: 谷兼天慈
46/51

最終回その8「願い~キミがスキ~」

今回はハッピーエンドです。


タイトルは「Blue Field」のRINさんという方の作られた曲の曲名を使わせていただきました。

今でもそのサイトは存在します。→http://www.ne.jp/asahi/blue/field/

 彼はいつも願っていた。

 自分をここから連れ出してくれる存在を。

 普通と違う───らしい自分のことを、自分さえも憎んでいた。

 周囲の者は誰も自分のことを理解してくれない。

 淋しかった。

 辛かった。

 何度泣いて眠りについたことか。

 だが───

 ネットで彼女と出会い、やっと自分を理解してくれる、受け入れてくれる、そんな相手を見つけた。

「僕はもう絶対君を離さない、誰が邪魔しようと」

 そう呟いて、彼は画面に映る彼女のメールを見つめた。







「そうか……」

 彼女は夫に別れを切り出していた。

 明かりのついたリビング。

 ふたりはソファに座り、互いに向き合ってうつむいていた。

 テーブルの上には離婚届と判子が。

「もう一度考え直すということはできないだろうか」

「ごめんなさい、あなた」

 彼女は小さな声で言った。

 だが、その声は断固とした意思を感じさせる。

「わたしもお前を一人放っておいてすまなかったと思う」

「ごめんなさい、もうダメなの」

「そこまで言うのなら……幸い私たちには子供もいないし……だが、一人でやっていけるのか?」

(そんなに優しくしないで……)

 彼女は心の中で叫んでいた。

 私は悪い女。

 確かに淋しい思いをさせられた。

 でも、それはしかたないことだった。

 私を養うために夫は頑張って働いていたのだから。

 けれど、それを堪えることができずに、私はネットにのめりこみ、優しくしてくれた彼を愛してしまった。

「…………」

 彼女は少し顔を上げて、夫の顔を見る。

 うつむき加減で苦悶の表情を見せている夫。

(なんて小さい……)

 彼女は大柄な夫がこんなにも小さかったのかと驚いた。

 けれど───

(私はカヲルを愛してしまった)

 顔も知らない。

 声も知らない。

 ただ綴られる文が大好きで。

 でもそこにすべてが込められていて、たまらなく好きになってしまって。

(どうしてこんなにも彼を愛してしまったのだろう)

 彼女は彼の──カヲルの文章を思い出してみる。

 彼の言葉はいつも気障で、クールで、他の人は「なんだか気取ってる」とか「リアリティないわよね」とか、いい感じを持っていない人もいた。

 けれど、みんな知らないだけ。

 だって、私にはわかるんだもの。

 彼の文章の端々に滲んでいる「悲鳴」が。


『僕を愛して』

『僕を見て』

『僕を見捨てないで』


 なんというか、それは必死に手を合わせ、神に祈っているような、己の願いを聞き入れてもらいたいような、そんな感じだった。

 どうしてみんなそれに気付かないんだろうって、そう思っていた。

「……だから……」

「え? 何?」

 夫が何か言ったのを、彼女は聞き返した。

「お前ももう若くないんだから、やはり考え直したほうが……」

「若くなくても、私はやっていこうと思います」

「そうか……」

 もう何を言っても無駄なのか───というような、そんな表情を浮かべる夫。

 それを辛い気持ちで見る彼女。

 確かに彼女はもうすぐで40になろうという歳。

 離婚するのにもギリギリというところか。

 だが、最近では定年後に離婚する夫婦も多いと聞く。

 何も彼女が暮らしていけないということはない。

 アルバイトでも何でもして、日々暮らすことはできるかもしれない。

 だが。

(カヲルが私を受け入れてくれれば……)

 そうすれば、彼女もそんなに苦労はしないだろう。

 そういう思いがないわけではなかった。

 だが、それでも、カヲルがまだどういう人物であるかはハッキリとわかったわけではない。

 だから、そういう不確かなことを頼りにすることはできないということも彼女にはわかっていた。


 そして、ふたりは離婚届に判子を押した。







 キミガスキ───

 トテモスキ───


 明日は彼女の誕生日。

 何を彼女に贈ろう。

 やはり僕の愛がいいだろうね。

 彼女は喜んでくれるだろうか。

 明日が楽しみだ。

 彼女は白いワンピースを着てくるという。

 顔も声もわからないが、僕はきっと彼女を好きになる。

 きっと。







 明くる日、彼女は家を出た。

 荷物は落ちついてから取りに来ると夫には言ってある。

 夫はすでに仕事に出てしまっていた。

 最後の別れも慌ただしく、何の感慨深さも感じないまま終わってしまった。

「…………」

 彼女はもう一度振り返り、15年という歳月を暮らした場所に無言の別れを告げた。

 それからもう二度と振り返ることなく、彼女はそこを去って行った。

 彼女は大通りに出てからタクシーに乗り、Y駅前まで頼み、流れる風景を窓から見つめた。

 なじんだ風景がどんどん流れて行く。

 向こうに見えるスーパーはいつも買い物をした。

 あの公園はいつも散歩に来た。

 自分にもし子供でもいたら、あそこで公園デビューなんて果たして、今頃は忙しくしていたかもしれない。

 そんなことをつらつら考えながら、あっという間に待ち合わせ場所の駅前についた。

 彼女はタクシーを降り立ち、ざっと辺りを見まわした。

 通勤時間を少し過ぎてしまっていたために、それほどたくさん人はいなかった。

 遅れたのか慌てて駅を飛び出して行く学生とか、駅へ飛び込んで行くサラリーマン、買い物にでも出かけようとしているのか自分くらいの歳の女性、旅行鞄を持って仲睦まじく駅構内に入っていく老夫婦。

 駅前には鉄道のオブジェが飾られ、ちょっとした広場が広がっているのだが、向こうの端にはギターを鳴らして弾き語りをしている若者が、そしてそれを見守る女の子たち。それと、ケンダマをしている10歳くらいの少年。

(?)

 まだ夏休みにはなっていないはず。

 どうして小学生くらいの男の子が?

 少し不思議に思った彼女だったが、そのとき。

「あの……」

 誰かが彼女に声をかけてきた。

 はっとして振り返る。

 そこには30代のスーツ姿の男性が。

 まさか、この人が───?

 急に彼女の心臓が高鳴る。

「今何時でしょうか?」

「は?」

 思わず彼女は聞き返す。

 すると、その男性は爽やかな笑顔で、

「いやー、時計を家に忘れてしまいましてね」

「………」

 彼女は思いきり不審そうな目を向けた。

 それもそのはず。

 駅前といえば、駅の構内には時計があるはずだ。

 これは誰が見ても明らかにナンパだ。

 それとも何かの勧誘か?

 案の定。

「ええと、誰かと待ち合わせなのかな? こんな朝早くから?」

「早いといってももう9時くらいですが。あなたには関係ないことでしょう?」

「まあまあ、そんな冷たいこと言わずにさ」

 男は憎たらしくなるほど爽やかな笑顔で言葉を続ける。

「ねえ、あなたカワイイね。ちょっとそこのサテンでお茶しません?」

「けっこうです」

「そう言わずにさあ」

 男が手を伸ばして彼女の手を取ろうとしたとき。

「お母さん、どうしたの?」

 いきなり、近くで男の子の声がした。

 彼女が声のしたほうを振り返ると、そこには先ほどケンダマをしていた男の子が立っていた。

「なんだ、子持ちか」

 スーツ姿の男はチッと舌打ちをするとさっさと行ってしまった。

 彼女はホッとすると同時に、助けてくれた男の子に顔を向けた。

「ありがとう、坊や、助かったわ」

 すると、ケンダマを持ったその子はニッコリと微笑んだ。

 とてもキレイな男の子だった。

 薄い茶色の髪を少し長くして、前髪をキチンと眉毛のところで一直線に切りそろえ、かわいいおかっぱ頭になっている。

 肌の色も白く、ほっそりとした体つきで、歳のわりには背がひょろりと高いようである。

(まあ)

 彼女が思わずため息をついたのが男の子の瞳だった。

 日本人離れした大きな目は、瞳が髪の色と同じように薄い茶色で、どうやら外国人の血でも入っているのではないかと思わせる、そんな雰囲気がしていた。

「本当にありがとうね。おばさん助かったわ。ボク一人なの? お母さんは?」



 キミガスキ───

 トテモスキ───



「え…?」

 彼女の耳に何か聞こえたような気がした。



 ボクノネガイ───

 ズットズット───

 ボクヲスキデイテ───

 ボクヲアイシテ───



「ねえ、まだわからない?」

「え……?」

 少年の顔つきが変わったような、そんな気が彼女はした。

 まるで大人のようなそんな顔つきに。

 だが、それは幻影だった。

 彼女の前には幼い男の子の顔が。

 しかし───

「はじめまして、しもらー」

「!!」

 まさか───そんなまさか。

 彼女は思わず持っていたハンドバックを落としてしまった。

 少年はそれを拾うと、にっこりと天使のような微笑を彼女に向ける。

 バックを差し出しながら、

「僕がカヲルだよ」

「そ……そんな……まさかそんな……」

 彼女の目の前にいるのは紛れもなく10歳の男の子。

 どう見ても、いとけない少年だ。

 ただ、先ほど見せていたような雰囲気が今はなく、何となく漂うものがただの10歳の少年とは思えないものだった。

「だからびっくりするよって言っただろう」

 少年はニッと笑った。

 その表情は確かにカヲルが見せそうな、そんな意地悪っぽい笑顔だった。







 それから彼らは駅前のベンチに座り、とりあえず初めて直に挨拶をすることにした。

「僕はね、いわゆる天才なんだってさ」

 興味なさそうに少年は言う。

 ベンチに座り、足をブラブラさせている様子は本当にあどけない。

「天才なんて、そんなもんじゃないよ、僕は」

 少年は吐き捨てるように言う。

 彼女は何も言えず、ただ少年の言葉だけを聞いていた。

「君は知っているかなあ。転生って。僕はね、生まれたときから前世の記憶があるんだよ。母親のお腹の中でふっと気付いたときにはもう”僕”という意識があったんだ。ただ、僕の場合は前世の記憶といっても自分が何者かだったってことはまったく覚えていなかったんだ。ただ、いろいろ知識を持っていたというだけで」

 少年の喋ることは、彼女にとってまるで物語のようだった。

「僕を産んだ親も周囲の大人たちも、みんな大嫌いだ。人をまるでモンスターのように扱って。どこかの研究所の連中が僕のことを調べるだの何だのと……」

「そんな、ひどい……」

 思わず彼女はそう言った。

 少年は彼女に顔を向けると、

「ありがとう、君なら僕のことをわかってくれると思った」



 キミガスキ───

 トテモスキ───



「僕はね、自分の前世がわからないってことは、他の人たちと同じなんだよ。ただ、昔の知識をそのまま持って生まれたってだけで」

 少年は必死な目を彼女に向ける。

 彼女はその瞳を見て、胸がキュッと締めつけられるのを感じた。

「誰も僕のことを理解してくれなかった。実の親でさえもね。でも、おもしろ半分で始めたネットで君のことを見つけ、僕は君なら僕の気持ちをわかってくれるんじゃないかと思った」

「…………」

 彼女は、この子はカヲルだ、間違いなくカヲルだと感じた。

 まさか、こんなにも幼い子供だったとは思わなかったが。

 けれど、外見は確かに幼子だけれど、彼の内面はまるで老人のように疲れきっていた。

 なぜだろう。

 彼女はこの少年をたまらなく愛しいと思い始めていた。

 この気持ちは、ネットで話していたカヲルに感じていたものと同じだ。

(なんだか、やっと夢と現実が繋がったという気がする)

 彼女はすっと手を伸ばすと、少年の細くて小さな手を両手で包み込んだ。

 はっとした表情を向ける少年。



 ボクハキミガスキ───

 タマラナクスキ───


 ボクノネガイハ───

 エイエンノアイ───


 エイエンニタエルコトナイ───

 ボクノアイスルヒトヲ───

 イツカミツケルコト───



「僕は永い永い間、君という存在を探していたような気がする」

 彼女は少年が泣き出すのではないかと思った。

 手を握っている彼女の両手をじっと見つめ、それから顔を上げた。

「僕が、君を愛していると言ったらおかしいだろうか」

 彼女は静かに首を振った。

 彼女の答えもひとつだけ。

「私も貴方を愛している」







 ネガイハヒトツダケ───

 キミガボクヲアイシテクレルコト───



 輪廻ノ輪ヲ旅スル

 僕ノ終着点ハ

 君ノ愛

 ヤット巡リ合エタ

 僕ノ永遠ノ恋人

 僕ノ───

 僕ノ願イガ

 ヤット叶ウ瞬間



 キミガスキ───

 トモテスキ───

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