最終回その6「おかえり」
今回は一応バッドエンドです。
今回も読者さんのリクエスで出来上がった内容です。ネタバレになってしまうので詳しくは書けないのですが、内容的には痛い話ではないはずです。
ただ、ちょっと特殊な内容でもあるので、同性愛やセフレ関連の話が苦手な方は読んだら不快な気持ちになられる方もいるかと思いますので、そこらへんをご了承の上に、覚悟して読んでください。
タイトルは煉獄庭園さん作曲の「おかえり」を使わせていただきました。
彼はY駅前に降り立った。
サラサラとした少し長めの薄茶色の髪。
切れ長で一重の目は涼やかで、見つめられたらそこらへんの女子高生だの若い主婦だのがキャーキャー言いそうなそんなクールな感じ。
着ている物はごく普通のチェックのカッターシャツに細身のGパン。どこかのブランド物というわけではないが、彼の姿になかなかマッチしている。
背も180センチ以上はありそうなスラリとした体躯で、とにかくそこに立っているだけで絵になっている。
「あのぉ……」
そのとき、彼に声をかける女の子が。
彼は振り返り、じっと目を細めてその子を見つめる。
言葉は発しないが、無言のまま「何?」と言っているそんな雰囲気が漂っていた。
「サインくださいっ!」
「………」
彼は思いきりうんざりとした顔を見せた。
女の子は明らかに女子高生。
友達二人がその子に付き添って、両脇で彼へと熱い眼差しを向けている。
これから学校に向かうところなのかセーラー服に鞄を抱えている。
今はその鞄から、日頃から持ち歩いているのかサイン帳を取りだし、彼に向けて差し出していた。サインペンつきで。
「………」
彼は眇めた目つきで、その年季の入った少しくたびれた感じの帳面を見つめた。そして一言、
「ごめん、俺、芸能人じゃないから」
甘やかなテノール。
彼の姿にとても良く似合う。
案の定、声を出した瞬間、「きゃー」という歓声が上がった。
「ほらやっぱりー」
「すごいかっこいいー」
「すてきな声ー」
「たまんないー」
とにかくさかんに姦しく騒ぎ立て、駅構内から出てくるサラリーマンだの、学生たちだのの好奇心の塊な視線に晒されていた。
「…………」
彼は眉間に皺を寄せ、さっさとそこから離れた。
駅前はちょっとした広場になっていてSLのオブジェが立っていた。
彼はそのオブジェの下までやってきた。
彼が振り返ってみるとまだ女の子たちは声高に喋りながら、彼のほうへ視線を向けていた。
だが、もう近づいてくる気配はなかった。
彼はオブジェにもたれかかり、通りを流れる車をぼーっとした表情で眺めていた。
『SLのオブジェの前で待ってる』
メールにはそう書いてあった。
彼の心は不安でいっぱいだった。
本当によかったのだろうか、逢いにきてと。
本当のことを知ってしまったら───
「…………」
だが、彼は首を振った。
「それでも俺はあなたに逢いたい」
「あの人に逢うのがちょっと怖い」
彼女は駅に向かうタクシーの中で小さく呟いた。
心の中は千々に乱れる。
あの人が私に逢ったら、どんなに驚くだろう。
それを考えると怖くて怖くて。
流れる風景。
彼女は見慣れた風景を見つめながら、恐ろしい気持ちを抱き、やはりここから逃げ出してしまおうかと思っていた。
(でも……)
彼女は思う。
もう逃げない。
いつもいつも逃げてきたんだから。
今度こそは現実を見据えて、そして新たな一歩を踏み出したい。
もし、あの人と決裂したとしても、自分はきっと乗り越えられる。
そう信じている───と。
そうしてタクシーは駅前についた。
彼女は降り立ち、辺りを見回した。
「あ……」
彼女の目に一人の男性の姿が入った。
女子高生に囲まれて、困ったような顔をしている。
(…………)
彼女はじっとその光景を見つめていたが、何かに気付いたように目を大きく見開いた。
「まさか……そんなことが……?」
彼女は呆然とした表情のまま、そう呟き、しばらくそこに立ったまま動けずにいた。
だが、その男性が女の子たちから離れ、駅前広場のSLのオブジェの前に移動し所在なげに立っているのを見て、彼女は決心したように足を進めた。
それからしばらく。
彼に近づいてくる人物があった。
「あの……」
彼は振り返った。
そこには一人の女性が。
歳の頃は25歳くらい。28になる彼とはそう違いはなさそうだった。
上下白のパンツスーツを身につけ、髪は短めのショートカットのほっそりとした女性だった。
二重瞼の大きくもなく細くもないすっきりとした目。
薄く化粧を施し、唇もごく薄いルージュが塗られ、全体的に清潔感溢れる印象を見るものに与えていた。
実際、彼と彼女ははたから見ると美男美女の取り合わせで、通りかかる人々が思わず振り返るほどだった。
しばらくふたりは黙ったまま見詰め合っていた。
だがほどなくして───
「あの……」
「ええと……」
同時に二人は声を出し、そしてハッとし、口をつぐんだ。
彼女ははにかんだように下を向き、彼は困ったように空を振り仰ぐ。
そして再び、
「あなたがカヲル?」
「あなたがしもらー?」
同時に発せられる言葉。
そして───
「くす…」
「ふふ…」
二人ともドッと笑いあった。
それはとてもすがすがしい笑い方であった。
「はじめまして、私がカヲルです」
カヲルが手を伸ばしてきた。
それを握り締めながら、
「俺がしもらーです、驚いたな、まさかカヲルが女だったなんてさ」
「私も驚いた。しもらーが男だったなんて」
二人は、それから近くのベンチに座るとひとしきり会話に花を咲かせた。
「でもね、俺まだあなたに隠してることあるんだ」
「え、何?」
彼は顔を少し赤くして、言いにくそうに小さな声で言った。
「実は俺、あんま女に興味なくてね。で、カヲルが男だとばかり信じてたから、だからカヲルを好きになったんだ」
「え……それって……」
カヲルはびっくりした目でしもらーを見つめる。
「うん、そう。俺ゲイなんだよ。旦那がいるって言ってたでしょ。あれもホント。養子縁組してさ、実際には俺と彼は親子の関係なんだけど、世間にはほんとのこと隠してんの」
「ああ…そうなんだ……」
「軽蔑した?」
「いいえっ!」
カヲルが慌てて首を振った。
「私、そういうことで差別するのって大嫌い……けど、私もあまり人のこと言えないよね。自分の本当の性をごまかして男になりすまして……人を騙してたようなものだもん」
しゅんとしてしまったカヲル。
それを見た彼はこのカヲルという女性が何となく快く思えた。
(そうだよな、俺だって同じだもん)
彼は思う。
自分だって自分の性をごまかして彼女のように騙し続けていたんだ、みんなを。
自分は確かに男を愛してしまったが、だからといって女ってわけじゃない。
心まで女であるニューハーフとかとは違う。
男の心を持ちつつ、男を愛する───そういう人種なんだ。
「ねえ、カヲル」
彼は手を伸ばし、涙ぐんでいるカヲルの顔を上げさせた。
「…………」
潤んだ彼女の瞳は、たまらないほどにそそられた。
確かに彼には男の愛人がいたが、男だけがすべてというわけではなかった。
実は恋人に内緒で女を抱いたこともある。
彼の容姿だと、女は簡単にひっかかってくるからだ。
そうやって出会い系サイトとかで知り合った女とよろしくやったこともあったのだ。
「そんなに泣かないでよ。あなたは悪くないよ。それだったら俺だってネカマしてたわけだし、あなたのこと言えやしないよ? だからさあ、もうそんなに泣かないで……でもカヲルって……」
「……なに?」
彼が意味ありげな言い方をしたので、彼女は不安そうな目を向けた。
それがまた妙に色っぽい。
「うん……カヲルのキャラクターってクールで妙に優しい……それでいて、情熱的なものを奥に潜めているって感じだったけど、こうやってあなたを見てると、そうだな、何となくそれわかる。やっぱり書かれる文章だけでも人間の本性ってわかるもんなんだなあって」
「そう……かな…?」
彼女は潤んだ目を細めて弱々しく笑った。
「俺たち、なんか仲よくできそうだって思わない? 俺あなた好きだなあ、やっぱり」
「え……でも……恋人いるんじゃ……」
心配そうな顔をする彼女に向かい、悪戯っぽく笑うと彼は言った。
「俺は縛られるのって嫌いなんだ。確かに彼のことは愛してるけど、好きなヤツは好きだって思うもん。そんな俺ってやっぱ軽い? それともこんなしょーもないヤツって嫌い?」
「そんなことっ……」
彼女は慌てて首を振る。
「私、あなたが女だろうが男だろうが好きだなあって思った。私、自分の言いたいことも言えなくて、いつも黙ってしまって……こんな私なんか誰も受け入れてくれない、誰も私のことなんかわかってくれないってそんなことばかり思ってた」
彼女は遠くを見つめながら言葉を続ける。
「だから、カヲルは私の憧れだった。カヲルがしもらーを全面的に信じ、愛するたびに、私は疑似体験でしもらーになり、そしてカヲルに愛される───そういう妄想を巡らせていた。私こそがカヲルに愛されたいと。だから……だから……本当いうと怖かった、しもらーに逢うのが」
彼女は必死な目で彼を見つめる。
「私はしもらーが本当に女だって信じてたから。だけど、私はしもらーが別に女だったとしても好きになる、愛することができると思っていたけど、しもらーのほうは? しもらーは私が女だったとしても受け入れてくれるだろうか? 私を好きになってくれるだろうか? それがとても怖くて………あ……」
その時、彼は彼女の両手を自分の手で優しく包み込んだ。
彼はびっくりした目で自分を見つめる彼女に優しく微笑んでみせ、
「もういいよ、それ以上言わなくても。わかってるからさ。何もかもわかってるよ」
そして、彼は臆面もなく彼女を引き寄せ抱きしめた。
それからすぐに二人は心だけでなく、身体も結ばれたのだった。
「おかえり」
「ただいまー」
彼は自分のマンションに帰って来た。
リビングには彼の義父である50代の男性が座り、お茶を飲みなから新聞を見ていた。
「今日はどこへ行ってたんだ?」
「うん、ちょっと駅まで人に会いに」
「そうか……」
彼は新聞から目を離さない男性に近づき、新聞を取り上げた。
「こら、何をする」
言葉とは裏腹に、男性の顔は苦笑しつつもやさしげだ。
オールバックにした髪はところどころに白いものが混じってはいたが、まだまだ働き盛りの中年男性といった感じである。
今は優しそうな視線を彼に向けているが、普段はもっと鋭い目つきをしているような、そんな印象を与えている。
彼はソファに座る義父にすりより甘えてみせた。
「こらこら……こんなとこで何をする……」
困ったように笑う義父を見つめながら、彼は言った。
「俺のこと愛してる?」
「もちろんだよ」
彼は満足そうににっこりすると、立ちあがった。
「俺、部屋に戻るわ」
「夕飯は?」
「友達と食べてきた」
歩き出しながら彼は答える。
それから、彼は自分の部屋に戻るとパソコンの電源をつけた。
メールが入っていた。
それを開ける。
「あ、カヲルからだ」
『今日はありがとう
楽しかった
また逢ってくれるね』
「クスクス……やっぱりカヲルだあ。いいなあ、こういうのって」
彼はすぐにレスを返す。
『私も楽しかったー。
それにもうカヲルってば
いーい身体してたよねぇ。
もー私ドキドキだったよー。(///▽///)』
送信してから、彼はすっかり暗くなってしまった外を窓越しに眺めた。
立ちあがり、窓を開けて空を見つめる。
星がチラチラ出始めていた。
彼は満足だった。
俺はみんなから愛されて幸せだ。
旦那も俺のこと愛してくれてる。
カヲルも俺のこと好きだって言ってくれる。
旦那がいることも認めてくれてる。
メールで旦那と上手くいってないって言ったのは、あれは本当の自分を隠すためのカモフラージュだったんだけどね。
それもカヲルは許してくれた。
俺たちこれからもうまくやっていけると思う。
ただ、俺は旦那とは別れる気がないから、いつかカヲルとも別れるときが来るかもしれないけど、だけど、それはそのときだ。
俺たちは友達だもん。
一番互いのことを分かり合える、魂で繋がった友達。
だけど、俺はやっぱりここが一番安らげる場所。
愛する旦那がいる、ここが俺の帰りつくところ。
どんなに他の男を愛したって。
どんなに他の女を愛したって。
ここが俺のいるべき場所なんだ。
「ただいま」───と言ったら「おかえり」と言ってくれる、そういう人がいる場所。
俺はそれを求めてずっと生きてきた。
やっと手にした安らぎの場所を俺は手放すことはない。
彼は、いつまでも星空を見つめた。
彼の顔はとても幸福そうであった。




