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メラバ  作者: 谷兼天慈
43/51

最終回その5「彼方にあるもの」

今回はハッピーエンドです。


タイトルは遊樹美夜(音羽雪)さん作曲「彼方にあるもの」から頂きました。


雪さんの曲は↓で聴けます。

https://big-up.style/artists/690

「智華、お願い!」

「…………」

 アタシは目の前の友を眼鏡越しにじっと見つめた。

 そんなこと言われたって。

 なんでアタシが逢わなくちゃならないのよ。

 そう言いたかった。

 けど。

「だって、私逢うわけにはいかないじゃない」

 早紀ってばもう。

 アタシはため息をついて、手を合わせてねだってる悪友を恨んだけど、それでも実はトキメキを感じてないわけじゃなかった。

 アタシは智華。

 今必死になってるのが悪友の早紀。

 今アタシが頼まれているのは、明日彼女のメル友と逢ってくれってことなのね。

 彼女は「しもらー」という名のはんどるで「カヲル」っていう男性とまあいわゆる恋愛っぽい感じになっちゃってるんだけど。

 メールのやり取りの流れで明日逢うことになっちゃってるの。

「だってー、私は旦那しか愛してないし……それに、これってあんたにも関係あることじゃない」

「うーーーーん……」

 そうなんだ。

 実は、途中からカヲルの相手はアタシがしてたの。

 早紀は確かに結婚してて、最初はまあちょっと旦那とケンカなんかしちゃって気マズいことになってて、で、掲示板で声かけてくれたカヲルとメールのやり取り始めたわけ。

 カヲルのくれる言葉がとってもステキで、それで一時は夢中になってたんだけど、いつの頃か旦那とより戻しちゃって。

 そしたらとたんにカヲルとのことが興味なくなっちゃったみたいなのよね。

 だったらさっさと切っちゃえばいいのに、早紀ったらアタシに「ねぇねぇ、智華が彼の相手してみない?」と持ちかけてきた。

 最初アタシも「えー」と思ったけど、でも、最初から彼女にカヲルのこといろいろ聞いててちょっと興味あったんだ───ううん、実はすごーく興味あった。

 だから、早紀のメアドでカヲルにメールを送り続けた。早紀──しもらーになりすまして。


 アタシは早紀みたいにちっともかわいくない。

 早紀はちっちゃくて男の人が守ってあげたくなる、そんなかわいい女なのね。

 ちょっとワガママなとこあるけど、でもなんでか憎めない、そんな人。

 だからアタシも彼女のこと大好きだし、彼女のためにいろいろなにかやってあげたいなーっていつも思う。

 そういうのが彼女の文章にも表れてて、だからきっとカヲルもそういう彼女が好きになったんだと思う。

 それはアタシとまったく正反対で。

 早紀は何でも自分のことを話したがり、アタシはあまり自分のこと話したくないタイプ。

 辛いこと痛いこと、そういうことを誰にも知られたくない。

 けど、カヲルと付き合うためには「しもらー」になりきらなくちゃならない。

 だから、いろいろ苦心して早紀になった自分を想像してメールを綴った。

 きっと彼には気づかれてないと思う、たぶん。

「もしかしてすごーくヘンな人だったらどうする?」

 すると、早紀が意地悪くそう言った。

 もう、この子ってば。

「どんな顔でも姿でも関係ないよ。アタシは彼がどんな人でも」

「へーーーーー」

「な、なによ」

 意味ありげな表情でアタシを見る早紀。

「智華ってば、カヲルに本気なんだ」

「だって………」

 アタシはなぜか顔が赤くなる。

 えいっ、柄じゃないぞ。

「自信持ってよ、智華」

「え?」

 早紀がにっこり優しそうに笑っている。

「私、智華にはとっても幸せになってもらいたいと思う」

「早紀……」

「智華は、私の憧れなんだよ。ちんちくりんの私と違って、スラリと背が高くって、痩せてて。ほら、今着てるデニムの服だって、すっごく似合ってる。私なんてそういうの着たらおかしいって旦那にも言われたし」

 そんなこと───

 早紀はとってもかわいいよ。

 アタシなんか背ばっかりひょろりとしてちっとも女の子らしくないし───そう言いたかったけれど、言えなかった。

 いつもそう。

 アタシは本音がどうしても吐けない。

 親友だと思ってる早紀にさえも言えないことがいっぱいある。

 どうしても話せないこと。

 だって、アタシは早紀とは違う。

 けどアタシだってほんとは。

 何もかも話せる、そういう相手が、アタシにも見つかるだろうか。

 そのとき───


『彼方にあるもの

 それは何

 それは貴女の心

 変らない貴女の心

 彼方で待つ貴女

 貴女の笑顔が見たい

 僕に微笑かけ

 僕の掴んだ手から

 スルリと逃げた貴女

 けれど

 僕は見つけるよ

 貴女を見つけるよ

 そして

 「もう震えなくていいんだよ」と

 僕が囁いてあげる

 待ってて

 彼方で待ってて

 僕がそこに行くまで』


「キリトの歌だね」

「うん」

 早紀の言葉に微かに頷く。

 キリトはキリエ・エレイソンというビジュアル系バンドのヴォーカル。

 今アタシたちがいる喫茶店で流れているこの曲「彼方にあるもの」も彼キリトが作った曲なのね。

 アタシはこの歌が大好き。

 キリトのあの気だるげな表情から作り出されたとは思えないくらい優しくて胸に染み入る歌詞なんだ。

 もともと彼ってこんな風な感じのラヴソングって書かなかったのに、最近なんでかこういう切ない感じの歌が多い。

 まあ、前から好きは好きだったんだけど、特に最近はカヲルとのことがあるから、なんだかまるでカヲルがしもらーに捧げているようなメッセージで、聞いてて胸にキュンってくる。


「コンタクトにしようかな……」

 アタシは早紀と別れた後、大通りを歩きながらかけている眼鏡に手をやった。

 ふと、ショーウィンドウに映る自分の姿が目に入る。

 ひょろりとしたまるでごぼうのような感じ。

 髪はストレートで肩のところでうち巻きになってる。

 マーメードラインのデニムのスカートに肩からは黒いお気に入りのバッグを下げ、大きな眼鏡越しに大人びた視線をこちらに向けている。

(これがアタシ……)

 早紀の姿が目に浮かぶ。

 アタシとは何もかも正反対の子。

 カヲルはしもらー、つまり早紀を愛していると言った。

 しもらーはアタシじゃない、早紀だ。

 確かに途中からアタシが彼の相手をしてたけど、けど、アタシはしもらーを演じてただけ。

 彼はしもらーだと思ってメールを送り続けている。

「…………」

 涙が出そうになった。

 ガラスに映るアタシの顔が歪む。

 慌てて視線を逸らし、そこから足早に遠ざかる。

「彼方にあるもの、それは何……それは貴女……」

 歩きながら微かに歌う。

 その歌声は道行く人には聞き取れないほどの囁きでしかない。

 それに、たとえ耳にしたとしても、誰も知らん顔。

 ここはそういう場所。

 人々が無関心に足早に歩き、何も意識を共有することがない。

 まるでネットの世界と同じ───とアタシは思う。

 現実の世界だって、あの電脳の世界と同じ。

 関心を持てなければ、近寄ろうともしない。

 いつでも繋がっていたい、かまってほしい───そういう人間には淋しい世界かもしれない。

 アタシは思う。

 ネットの世界はいつでも繋がれる、いつでも密に接していられるってそうみんな思ってるかもしれないけれど、それはただの幻想。

 でも、アタシはそれでいいと思ってる。

 いつでも接続が切れる。

 いつでも姿を消せる。

 現実の世界と違うところがあるとしたら、それはそういうことが簡単にできるということ。

 アタシは───

「もう震えなくていいんだよ……」

 なぜだろう。

 震えなくていいんだよ───と、初めてキリトが歌っているのを聞いたとき、涙が後から後から溢れてきて止まらなかった。

 アタシはそんな小さな子供みたいに震えてなんかいない。

 アタシは誰も愛さない。

 アタシを愛してくれる人なんかいない。

 アタシは、アタシは───

 カヲルの影にキリトを感じていた。

 あの言葉。


『信じない

 理解してほしくない

 好きにもならないだって?


 僕もそうだった

 だが 今はそうではない

 貴女の存在が僕を世界に繋ぎ止めている

 そんな僕さえも

 貴女は否定するのかい?


 もっと

 素直になって飛びこんでごらんよ

 きっとみんなわかってくれるさ


 僕が貴女を理解できたようにね』


 あれはカヲルがあの掲示板で書いていた言葉だった。

 アタシに宛てた言葉じゃなかったけれど、けれど、アタシは泣いた。

 なんでわかるの。

 なんで何も知らない貴方にわかるのよ。

 なんでか悔しかった。

 泣きながら、感動しながら、そして言いようもない悔しさを感じてた。

 アタシはあの時から彼の虜になった。

 女は───人間は自分を理解してくれる存在を心から欲するもの。

 アタシはそんなこと信じちゃいなかったけれど、理解されるっていうことがこんなにも心を満たしてくれるってことに驚きを感じた。

 確かに、アタシが理解されたってわけじゃなかったけど、それでも「理解された」というそういう気持ちを自分が持つことが一番大事。

 それからだ。

 すべてはそれから始まる。

 本当の理解への道が。

 アタシはそう信じたい。

 けど───

「アタシはしもらーじゃない」

 それが一番のネック。

 アタシが本物のしもらーだったら、何も迷いなく彼の胸の飛びこむのに。

 アタシにはそれができない。


 次の日、約束した駅前に立つ。

 どうしようかと思ったけど、結局いつもの格好できた。

 長めのスカートにブラウスで肩からお気に入りの黒いカバン。

 眼鏡もかけたまま、髪も結局いつものストレート。

 何もかもいつも通り。

 かわいらしくしたってアタシはアタシなんだから、このままのアタシでいようと思う。

 そして、正直に本当のこと話そう。

 アタシはしもらーじゃないって。

「すみません……」

「!!」

 その時、後ろから低音のゾクっとするような声が。

 アタシは何となくどこかで聞いたことあるなあと思いつつ振り返った。

「…………」

 目の前に立っている背の高い男性を見つめる。

 すごく背が高い。

 アタシも背高いけど、相手はそれをもっと上回る。

 金髪に近い派手な茶髪、すっとした顔の輪郭、目には真っ黒で大きなサングラスがかかっていて、どんな表情をしているかよくわからない。

 身につけてる服装はシンプルで、黒いカッターに黒いGパン普通のスニーカー。

 カッターのボタンをふたつくらいまで外してあり、見える首筋に翼のモチーフの銀のネックレスが───

(え…このネックレス……!)

 アタシはあることに気づいてハッとした。

「あ……あなたは……」

「君がしもらーでしょ?」

「カヲルさんっ?」

 アタシは二度びっくりした。

 そんな───そんな───彼がカヲルだったなんて? そんなバカなことが。

「ここで立ち話もなんだから、そこのサテンでも入らない?」

 アタシは彼に促されて歩き出した。

 呆然としたままで。


 テーブルにつき、互いにコーヒーを頼み、それが目の前に置かれるまで、アタシたちは黙ったままだった。

 アタシは顔を上げることができず、下を向いていた。

「さて…と」

 彼が口を切った。

 アタシはまだ顔を上げられない。

「何から、話したら、いいんだろうね」

 ああ、彼の声だ。

 間違いない。

 低音で、ちょっとハスキーで、ポツリポツりと喋るのもまったくそのままで。

「わかるね、僕が誰だか」

「は…い……」

「驚いた?」

「…………」

「僕は正直驚いたよ」

 そこでアタシは顔を上げた。

 彼はサングラスをかけたままだったので、どういう表情をしているかアタシにはわからなかった。

 けど、彼がサングラスの向こうで目を微笑ませているのをなぜか感じた。

 少し身体を傾け、椅子に気だるげにもたれ長い足を組んでいる。

 腕は前で組んでいてほんの少し見下ろす感じでアタシに顔を向けている。

 ああ。

 ライブでこんな風に椅子に腰掛けながら歌ったり語ったりしているのを何回も見た。

「しもらーが、僕のファンクラブの子だったなんてね」

「キリト……」

 そう。

 今アタシの目の前にいるのは、あのキリト。

 キリエ・エレイソンのヴォーカルであり、アタシの大好きな「彼方にあるもの」を作った人。

 まさか、あのキリトがカヲルだったなんて。

 アタシは夢を見ているようだと思った。

 と同時に、胸を切り裂かれるくらいの痛みを感じた。

 だってアタシは、彼に嘘をついている。

「だが、僕はずいぶん前から、君がキリトのファンであるってことはわかってた」

「え?」

「メアド」

「?」

 アタシは不思議に思った。

 確かにアタシのメアドは「キリト」だ。

 そのメアドでキリトに智華としてメールを送ってた。

 けど、しもらーとしてカヲルにメール送ってるときは自分のメアド使ってない。

 なんで?

「気づいてないみたいだね」

 クスリと口の端を歪めて笑う。

 ああ、キリトだ。

 この笑い方はキリトだ。

 どうしよう、アタシ今キリトと話してる。

 突然そわそわしだしたアタシ。

 一ファンとして、何だかぬけがけをしてる、そんな居心地の悪さを感じた。

「一度だけ、キリトに送るときのメアドでしもらーのメール送ってきたことがあった」

「ええっ!?」

 思わず大声を上げる。

 店内はけっこう人が入っていたが、誰もアタシたちに目を向けるものはいなかった。

 関係ないことにはまったく無関心な人たち。

 だけど、今ここにあのキリトがいるって知ったらどうなるだろう。

「しもらーからメールが来たよ」

「?」

 彼は何を言ってるの?

 ああ、なんだかワケがわからなくなってきた。

「本物のしもらーからだよ」

「え?」

「途中からしもらーは君、智華に代わってたんだと」

「え……そんな……」

 早紀ってば、なんでそんなことを。

 アタシの心臓が早鐘のように鳴り出した。

 アタシが嘘ついてたことがバレた。

 どうしよう、軽蔑される。

「……………」

 アタシは下を向き目をギュッと閉じた。

 罵声が飛んでくるだろうか。

 それとも冷たく一言を突き刺してくるのだろうか。

 怖い。

 けど、それは自業自得。

 嘘なんかついてたアタシが悪いんだもの。

 アタシはその罰を甘んじて受ける。

 最初から正直に打ち明けるつもりできたんじゃない。

 ええい、覚悟を決めろっ、智華!!

──ザワッ……

「あ………」

 店内がざわついたかと思った瞬間、アタシはふわっと誰かに後ろから抱かれるのを感じた。

 びっくりして目を開けた。

「!!」

 アタシの身体を後ろから椅子ごと抱え込むようにキリトが抱いていた。

 彼の端正な顔がすぐ近くに───

 見ると、店内にいるすべての人たちがアタシたちのことをジッと見つめていた。

「僕は知ってたよ」

「え?」

 耳元で囁く低音。

 アタシはそれにクラクラしながら彼の言葉を聞いていた。

「しもらーはきっかけに過ぎない。書かれたものは驚くほどその人の本質を物語る。君はしもらーを演じようとしていたようだが、君の本質はあのメールに全て現れていたよ。智華のメール、しもらーを演じていたメール……そのどちらも君だった」

「そん……な……」

 アタシは思わず身じろぎかけた。

「彼方にあるもの…僕は見つけた」

 そっと囁く彼。

「震えなくていいんだよ。もう僕は見つけたから」

「カヲル……」

「もうカヲルはおしまい。しもらーもおしまい。僕にとって君が、君だけが真実。しもらーじゃなく、僕は『貴女』を探してたんだよ」

「え……?」

「愛してる……貴女だけを……しもらーじゃなく、智華、貴女を愛してる。貴女は僕のもの……僕のものなんだよ」

「キリト………」

 アタシはまた泣かされた。

 カヲルには叶わない───ううん、キリトには本当に叶わない。

 アタシを泣かせることにかけては右に出るものはいないわね。

 しょーがないなあ。

 アタシ、もう一度だけ信じてみようかな。

 たとえ、いつか彼と別れなくてはならない時が来ても。

 それでもアタシは強く生きれるかもしれない。

 彼と過ごす日々がきっと幸せであればあるほど、アタシはその分きっと強くなれる。

 幸せをたくさんたくさん感じれば、いつか来る不安も不幸をも乗り越えることができるんじゃないかと。

 アタシは今強くそれを感じてる。

 キリトの大きくて優しい腕を身体に感じながら、そういう強さまでをももらったような、そんな気がした。


 大丈夫。

 きっと大丈夫。

 アタシは幸せだ。

 幸せになれる。

 いつまでもアタシの耳に聞こえるその歌は、アタシの愛する人の歌、この世で一番愛しているその人の歌。

 彼方にあるもの───

 アタシも「彼方にあるもの」を手に入れた。

 それは貴方。

 アタシの唯一愛する貴方だった。

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