最終回その4「予感」
今回はバッドエンドです。
これも読者さんからのリクエストで生まれたラストです。
タイトルはka-koさま作曲「予感」から頂きました。
ただ、今回のラストはかなりきつい内容となっていますので、読んで不快になられる方もおられると思います。なので、読まれる方はご覚悟の上、お読みください。
「ビンゴ」
暗い部屋の中で彼女は呟いた。
パソコンの画面にはカヲルから来たメールの文面が映し出されている。
それを見つめ、彼女は質の悪い笑顔を浮かべた。
それから彼女は立ち上がる。
PCの電源はつけたままだ。
部屋は6畳間の寝室で、鏡台とシングルベッドがひとつだけといったシンプルな部屋。
彼女はドアを開け室外へ出た。
そして、隣の部屋のドアをノックする。
「どうぞ」
中から男の声が。
彼女はドアを開けた。
室内は彼女の部屋と大差ない。
パソコンの置かれたデスクにベッド。
彼女の部屋のように鏡台は置かれてはいなかったが、その代わりベッドがシングルではなくダブルだった。
彼女はドアを後ろ手に閉めると、パソコンの画面のチラチラ明るい光に照らされた彼の顔を見つめながら近づいていく。
彼の肩にそっと手を乗せ、自分もパソコンの画面を覗きこむ。
彼は彼女のよくわからないパソコンゲームをしていた。
彼女は一言、
「やったわよ」
「……………」
だが彼は何も言わない。
むっとする彼女。
「逢いに行っちゃおっかなぁ」
「え? 何?」
上の空という感じで彼は言う。
「あ……」
画面がブラックアウトした。
そしてゲームオーバーの文字が。
「何するんだよ」
怒った彼。
だが、その声はそれほど激しいものではなかった。
彼女は、まったく話を聞いてくれない彼に業を煮やして、無理やり彼の顔を自分のほうに向け強引にキスをしたのだ。
ひとしきり甘やかな時が流れる。
「私のことちゃんと見てよ」
「見てるさ」
それから少し時間が経ち、ふたりは彼のベッドで情熱をぶつけあったあと、けだるげに裸で抱き合い横たわっていた。
傍らのデスクのパソコンの画面はスクリーンセーバーに切り替わり、海の中の涼やかな風景が写し出されている。
それを見つめながら、
「逢う約束取りつけたわよ」
「へえ、早かったね」
「今度のはけっこう簡単だったわ」
彼女はクスクス笑うと、ベッドから出ると裸のままパソコンの前に座る。
それから、くるりと椅子を彼のほうに向け足を組む。
まるで昔の官能映画の女優のように。
ただ椅子がおそまつだったのが残念だったが。
「警戒心がないというか、純真というか……とにかく向こうが何かしてくれるたびに大げさに喜んであげてたら、どんどんエスカレートしちゃってさ。もう自分だけがこの人のことを理解してあげることができるんだって、そう思いこんでたみたい」
「ふぅん」
「けど、こっちが逢いたいって熱烈ラブコールしてるのに、これがなかなかうんと言ってくれなくて。男のくせにガード固いなあって思ったわ」
「…………」
彼がヘンな顔をした。
「どうしたの、あなた?」
「俺に内緒で逢ってる男いないだろうな」
「まさか!」
彼女はびっくりして彼に駆け寄った。
「私が愛しているのはあなただけよ。これはゲームじゃない。どっちが一番たくさん逢う約束を取りつけるか。最初に言い出したのはあなたのほうでしょ」
「だけど……」
彼は不安そうな目で彼女の目を覗きこんできた。
彼女はキュッと胸が締めつけられるのを感じる。
「何だか最近のお前って大胆過ぎ」
ポツリと彼は言った。
「ゲームが終わった後のメールのログなんか見てると、赤面ものだぞ。さすがの俺でもあんな大胆なことは書かない」
「あら」
彼女は意外といった顔をした。
「あんなの嘘っぱちじゃない。本気にするほうがどうかしてるわ」
「…………」
「なによ」
彼が複雑な表情を見せたので、彼女は不安になった。
「何だか同じ男として不憫だなって……」
「ぷっ…」
彼女は彼の言葉に吹き出した。
この人ってばかわいい───とまで思う彼女。
「馬鹿ね。男だって決まったわけじゃないわよ。もしかしたら女が男になりすましてるかもしれないし」
「そうかなあ。逢うって向こうは言ってるんでしょ。そしたらやっぱり男だよ。女なら性別がバレちゃうわけだから絶対逢おうとはしないと思うけどな」
「まったく………」
彼女はため息を漏らす。
本当にこの人は人がいい。
というか、自分がどうしようもない悪女なのかもしれない──と彼女は思う。
「あのね。向こうだってもしかしたら人を頼むかもしれないのよ? この間TVでもやってたけど、いざ逢う段階で自分として逢ってくれる人を代理として立たせ、相手が本当に誠実な人か遠くから見てるんですって。で、あとで相手が嘘をついてなかったかどうか報告してくれる───そういうことを職業にしているところもあるそうよ」
「へぇ、知らなかった」
本気で驚いている彼を、とても愛しく思う彼女。
また彼のことを抱きしめたくなって、彼女は彼が横たわるベッドへと戻っていった。
そして、ふたりは朝まで再び愛し合ったのだった。
彼女は夫のいる25歳の女性。
まだ子供はいない。
欲しいとも思わない。
それはカヲルのメールに書いたことと合っている。
だが、夫とうまくいっていないということは違っていた。
彼女と夫は実にうまくいっていた。
性格も合っているし、性の不一致というのもない。
結婚してからそれほど経ってはいない。まだ一年にも満たないだろう。
夫はごく普通のサラリーマンで、ホームセンターで働いているということは嘘だった。
毎朝会社に出勤し、定時に帰ってくる。
まあ、それほど稼いでいるというわけではないが、それほど貧乏というわけでもない。
それでも、妻が働かなくても生活していけるだけの収入はあった。
ただ、彼女はこれから長い夫婦生活で、いつかきっと倦怠期とかがきていろいろイヤなことになったりするかもしれないという危惧を抱いていた。
そういう倦怠期なんぞというものが来た場合、必ずといっていいほど男は浮気をする、と彼女は思っていた。
男から言わせれば、それは女だってそうだろうと言いたいだろうが、彼女は元来自己中心的な傾向があり、自分が幸せであればいい、そうすれば愛する夫も幸せだろうと思いこんでもいたのだ。
だが、それは確実な予感として彼女の心に深く刻まれていた。
夫の浮気は絶対に許されるべきことではなかった。
そこで、彼女は正直に夫に自分の気持ちを伝えた。
すると、夫は、
「じゃあ、ひとつゲームをしよう」
「ゲーム?」
「そう。ネットでナンパをするんだよ」
最初はそういうことで、夫からネットナンパを持ちかけられたのだ。
ただ、きっかけは彼女の我侭からくるものだったが。
出会い系サイトは当たり前にすぐ出会ってしまうこともあるし、それに危険ということもあってそういう所でのナンパはやめにし、個人サイトの掲示板とかで知り合ったりしてメール交換などを始める。
そして、だんだん親しくなっていき、相手を自分に夢中にさせ愛するように仕向けていき、逢うところまで取りつける。
その早さを互いに競い合い、どれだけ早く、どれだけ多くゲットできるかを競争する。
「逢う約束をしたらすぐにハンドルもアドレスも消去、そして新しいハンドルとアドレスで次のターゲットへ……どうだい?」
「それおもしろそう」
夫の言葉に、質の悪い快感を感じる彼女。
これはとても刺激的になりそうだという予感。
「じゃあ、終わったゲームのメールログを互いに見せ合いましょうよ」
「見せ合うのか?」
「あなたがどういう言葉で相手を落とすか、それとっても興味あるわ」
「悪趣味だね」
「いいじゃない。あなたも私がどういう態度で男を誘惑するか見てみたくない?」
「………見たい…」
ポツリと呟く夫。
彼女は大満足だった。
確かに自分たちは相性ピッタリの夫婦だと、誇らしさまでも感じていた。
確かに、刺激的な毎日だった。
一年近く、ずっとそんな毎日を送り、これからも自分たちはこういう生活を続けていくだろうと思った。
不安に思う要素も予感も感じない毎日。
今日も彼女はメールをチェックする。
そしてメールを送りつづける。
また一人約束を取りつけ、喜びつつ夫に報告に行き、ログを見ながらの交わり。
はたから見れば恐ろしいくらいに退廃的な彼らの生活だが、それで夫婦生活がうまくいくなら許されることだろう、が───
その夜、リビングで恥ずかしげもなく交わり合う彼らの背後でつけっぱなしのTVからニュースが。
「………斉藤学さん、30歳は自室のベランダから10階下の道路へと飛び降り自殺を図りました。斉藤さんは独身の一人暮し。パソコンが趣味だったようです。知人の話ではメールで知り合った女性と逢うことになっていたようですが、逢うことができず悩んでいたということです」
アナウンサーがそう言ったあと、その知人なのであろう男性がマイクに向かって喋っている。
「ええ、彼はとても真剣に彼女のことを思っていたようです。物静かなおとなしい、ちょっと暗いところはあったけれどいい奴だったんです。振った女を俺は許せませんよ」
そして、それを受けてアナウンサーが、
「斉藤さんは覚悟の自殺だったようで、パソコンにはメール交換をしていた時のログが全部消去されていました。彼がいったい誰とメールを交わしていたのかは永遠にわかりません。それこそ彼の心の中でしか。そして、彼のパソコンには遺書と思われる文章が残されていました、こちらです」
画面には細面の神経質そうな男の写真が映り、その下にこういう文字が。
愛しくて愛しくて
こんなにも君を愛しく思う
奥底が疼いて
僕をどうしようもなく駆り立てる
今夜は
君をこの腕に抱く夢でも
見てしまいそうだ
そうして
そのまま僕は
夢の世界に入っていくだろう
君への愛を抱きつつ
僕はこの世に
別れを告げる
だが、それを見つめる者はいない。
暗くしたリビングで、ふたつの熱い吐息は激しさを増し、画面に映る青年の表情は、そんな愛し合う二人を視点の定まらない目で見つめているだけだった。
そして、画面に最後の文字が流れる。
予感はしていたような気がする
いつの日かこんな日が来ることを
だけど
僕は君を愛していた
それは偽りない僕の気持ち───




