最終回その2「過去をうつす夢」
今回はバッドエンドです。
読者さんのリクエストで生まれたラストです。
タイトルも「Blue Field」のRINさんという方の作られた曲の曲名を使わせていただきました。
今でもそのサイトは存在します。→http://www.ne.jp/asahi/blue/field/
彼女はメールを送信した。
スクリーンに映るその顔には、微笑みとも泣き顔とも取れない不思議な表情が浮かんでいる。
狭い部屋にはパソコンと彼女しかいない。
誰かと暮らしているという感じではない。
そういう生活感のまったくない部屋。
テレビもない。
小さな冷蔵庫とちゃぶ台がぽつんと置かれ、その座卓の上で彼女はノートパソコンに向かいため息をついていた。
それもそのはず、彼女は独身の30女だった。
一応正社員ではあるが、デパートの売り子をして生計を立てている。
いわばベテランの類ではあったが、そろそろ職場でもお局さまと陰口を叩かれ始めている。
恋愛で結婚したとか。
夫が帰って来ずに離婚したいとか。
そういうこと全部嘘。
彼女は嘘で固められた虚構の世界の住人。
そんな彼女が送ったメールは、カヲルに宛てられたものだった。
「あの女」
ぽつりと彼女が呟く。
「私にメールくれた最初の人だ」
最初にメールをくれた人───
彼女にとって、確かにそれは大切なメールだった。
どんなにそれが不愉快な内容であろうとも、それは彼女にとって待ち焦がれた「他人」からのメールだったから。
「いつの頃からだろう」
彼女は、すでに日課となってしまった独り言を始めた。
私の夢───
作家になることよりももっと以前に抱いていた夢。
いつも口ずさんでいた歌を。
私は歌うことが好きだった。
人前で歌うことが大好きで。
そんな私はいずれはそういう歌う人になるだろうと信じていた。
それが、いつのまにかその夢を忘れ、どこか心の奥底に押しこめてしまい、代わりにほかの夢たちとすり替わってしまった。
それがいけないというわけではない。
夢は夢。
叶わなくても叶っても、また別の夢が自分を待っている。
「夢見ることを忘れてしまうなんて……どうしてそんなことができたんだろう」
彼女の目から一粒二粒涙がこぼれる。
夢は夢。
夢を見るだけは誰でもができる。
それでも。
歌手になることも作家になることも、もしかしたら努力すれば叶うかもしれない。
それと同じで、友達だって愛する人だって、手に入れようと思えばきっと手に入るはず。
こんなまがいものの愛人ではなく───
彼女はメールボックスを開いた。
そこに出てきたおびただしいメールの数々。
それらすべてが同じ人からのメール、そして同じ人へと宛てたメール。
だが───
彼女は自分宛てのメールを書き始めた。
おいで
わかった
明日君の町まで汽車で行こう
僕は案外近くに住んでいるんだよ
そうだな
7月は君の誕生月
誕生花は白いユリ
目印にその白いユリの花束を持っていこう
だから
君は白いワンピースを着ておいで
【須永カヲル】
そして、それを送信。
すぐに無料メールへアクセス。
たった今送信したメールが届いている、彼女のもとに。
そう。
カヲルは彼女自身だった。
彼女の分身。
彼女のことをこの世で一番理解しているのは彼カヲル。
それは当たり前。
だって、彼は彼女なんだから。
しかし、彼女は気づいていない。
一番自分を理解しているようで、一番理解していないのは彼女自身であるということに。
彼女はそのメールには目もくれず、昨夜届いた悪意の塊のメールに目を通す。
そして、少し前から届くようになった同じ相手からのメールを次々と開き、それを食いいるように見つめる。
「どんな人だろう」
カヲルは幻想の人物である。
したがって、この女がカヲルとメル交しているということは嘘。
では、なぜこんな嘘を彼女はついてくるのだろう。
普通ならばやっかんで、ただいやがらせをするために送ってくると思うところだが、彼女はそうは思わなかった。
「きっとこの人は私のことが気になってしかたないんだわ」
彼女はうっとりとしながらそのメールを眺めた。
ネットデビューしてから何年かたった。
それなのに、カヲル以外誰もメールを送ってくれる人はいなかった。
だけど、カヲルは自分。
ということは、まったく誰も自分にメールを送ってくる人はいなかったということになる。
そんなことあり得るのだろうか───と彼女は思っていた。
サイトを立ち上げた。
掲示板では書きこみがあって、そっちでいろいろおしゃべりするってことはあったけれども。
メールも、厳密に言うとまったくなかったわけじゃない。
けれど、それはなんというか、あたり触りのない挨拶ばかりで、彼女があまりレスしなくなるとぷっつりと切れてしまった。
この女のメールは何となく今までにもらったメールと違うと思った。
「ああ、そうか」
突然彼女は気がついた。
この女は昔の私に感じが似ているのだ。
やたらと攻撃的で、被害妄想気味で、世界を憎んでいる、人間を憎んでいる───昔の私。
過去の私が、まるで私にメールしてきているみたい。
ああ。
私はまた夢を見る。
今度はこの女に恋をしてしまいそう。
私の夢。
過去をうつしだしてゆらゆらと揺れている。
私はどこまでも夢に落ちていく。
そして彼女は再びメールを送信した。
今度はその女に。
終わることのない無限の夢に、彼女は再び落ちていく。
それこそ永遠に。
彼女を救い出してくれる存在はない。




