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大変ながらくお待たせしました!
「石に選ばれて驚いたかい?」
「……えっと……はい」
「……」
「……」
「ええっと……そうだ! 君のご両親はよく外国に行くのかい?」
「はい」
「……」
「……」
沈黙がおりる。ロイドはジークフロイトの焦ったような横顔を見ながら笑いそうになるのを堪えた。
馬車に乗って自己紹介をした後からずっとこんな感じで会話が続かない。必死で話題を探しているジークフロイトが気を取り直してまた話しかける。
「君もご両親に付いてよく外国に行くの?」
「10回に1回くらいです」
「……」
「……」
そして、シーンという沈黙。
こんなやり取りが続いていてロイドはいたたまれない。ソラリスという少女はうつむいたまま一問一答形式でしか会話をしないし、ジークフロイトは王子という立場上、放っておいても話しかけられてきたのでこんな対応は初めてなのだろう。焦りと戸惑いが伝わってくる。
ロイドはあまりの間の持たなさにどうしようかと向かいに座る従者兼護衛のシルフォリアを見る。彼は馬車の外を鋭い目で眺めていたが、ロイドの視線に気付くとゆっくりこちらを見た。灰色の瞳が面白そうに細められる。
「お嬢様は緊張されてるんです。初対面の方ですし、なんといっても王族ですからね。普段はもっとお喋りでかなりお転婆ですよ」
彼は顔を少しロイドに近づけると声を潜めた。今の状況を完全に面白がっている口ぶりだ。
「……シルフィー、聞こえてる」
「これはお嬢様、失礼しました」
唇をとがらせたソラリスの抗議に全く悪びれていない態度でシルフォリアは肩をすくめた。
「私の名前は呼びにくいとよく言われるのでお嬢様はシルフィーと呼びます。呼びにくい場合は皆さまもそのようにお呼びいただければ幸いです」
座ったまま礼をすると、シルフォリアはクッションをソラリスの背に押し込む。
「それよりお嬢様。酔ったんでしょう? 少し休んでください。本調子ではないのですから。すみません、お嬢様はもともと馬車に酔いやすいのです」
「それは申し訳なかった。気づかずに話しかけてしまって」
ジークフロイトが慌てて謝っている。
ロイドはソラリスをまじまじと見つめた。カラスの羽根よりも黒い髪に、同じく黒い瞳。しかし彼女の肌は驚くほど白い。馬車酔いのせいで顔色も青白く、病弱に見える。この子は指輪の魔力にこれから耐えていけるだろうか。
しばらくするとソラリスはシルフォリアにもたれかかって寝息を立て始めた。
そのあどけない寝顔を眺めていると、ロイドの耳が複数の蹄の音を捉えた。馬車の窓を少し開けて耳を澄ます。
「追手ですか?」
「ロイド、追手なのか? こんなに早く?」
シルフォリアは追手だと感づいたようで苦々しい顔だ。ジークフロイトも少し体を強張らせている。
「こちらに向かってきているのは4名。15分以内に追いついてくるでしょう。襲撃の場合に備えて私は外で応戦します」
相手の姿は見えなくても風から拾った音で判別した情報をジークフロイトに報告すると、ロイドは馬車の扉を開けて御者の隣に飛び移った。
「また襲撃ですか?」
御者をしている護衛騎士が固い声を出す。
「金目当ての賊かもしれないし、賢者か王族を狙った襲撃かもしれない。この速度ならただ単に急いでいる集団4名とは考えにくいな。襲撃に備えるぞ」
ロイドは馬車の前後にいる護衛騎士達にも指示をとばした。
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