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「まさか……彼女がポートライト商会の子供とはね……」
ジークフロイトは新しい黒の賢者の後ろ姿が遠ざかっていくのを見ながら呟く。
ソラリスと彼女の兄ニコライは荷物を取りに一旦家に戻って行ったところだ。賢者は直ちに王宮に向かう必要がある。
兄のニコライは妹が病み上がりだと散々反発したが、賢者になった以上、体が石になじむまで時間がかかること、石を身に着けることで可能になる強大な魔法の制御を学ばなければいけないこと、暗殺の危険性があることを伝えると、嫌々ながら納得したようだ。護衛と監視のため騎士を数人つけて帰らせている。
「ポートライト商会と言えば、外国の商品を多く取り扱っていますね」
「まぁ、そうなんだけどね。はぁ……とりあえず父上に報告しないと」
「では、手紙ができましたら私が飛ばしましょう。指輪を身に着けて1ヵ月経ったといっても旅を続けてお疲れかと思いますから」
「わかった」
ジークフロイトは馬車の中に入り、ロイドは馬車の扉の前に立つ。もちろん護衛の騎士も周りにいて物々しい雰囲気だ。誰が石に選ばれるか分からないとはいえ、賢者の座は魅力的だ。万に一つでも可能性があるならば狙うという輩はいる。体が石に馴染むまでは体調が安定しないので、暗殺には絶好の機会となる。ジークフロイトも何度狙われたかとロイドは数えてみたが途中で面倒になった。彼の場合はこれまで王族で賢者となった事例がなかったため、緊急で国王が会議を開いた。第4王子が賢者でかつ王位継承権まで有するとなれば、ジークフロイトを担ぎ上げる勢力が増す。会議では王族が賢者になった場合は王位継承権が剥奪されることが決まった。
ただ、賢者としてお披露目が済むまでは、ジークフロイトは王子で、かつ白い石の指輪を身に着ける者だ。この町に来るまで何度襲撃にあったり、食事に毒を盛られたりしたことか。帰りは黒の賢者が一緒なのだから、また襲撃を受けることになるのだろう。見た限りではあの少女に自衛は難しい。しかも髪の色が珍しいので見つかりやすい。ロイドは帰途を思い、自然と眉間に皺が寄った。
「ロイド、これを」
ジークフロイトが馬車からきっちりと封をされた手紙を差し出してくる。
「では陛下に」
ロイドが両手で手紙を挟むと、手紙は光を放って消えた。今頃、王の執務室の文書箱に現れていることだろう。
「次はこれを」
1通目は報告の手紙だ。しかも魔法で鍵が掛けてあるので盗み出したとしても手紙を読むことはできない。無理に鍵を解除しようとすると燃えるようになっている。2通目は鍵を開けるための文字が書かれている。それも同じように手に挟む。先ほどの文書箱とは異なる、限られた者しか知らない文書箱に転移させた。手紙の転移が終わると、ジークフロイトがロイドを馬車の中に招く。ロイドが中に入って扉を閉めると、ジークフロイトはふかふかの座席に顔から突っ伏した。王族にあるまじき様子だが、それでも外見がいいので絵になるのが癪だ。
「ねぇロイド」
「なんですか」
「ポートライト商会だよ。吉と出るのか凶と出るのか」
「はぁ……」
「ロイドは疎いから噂を知らない?」
「まぁ疎いことは否定しませんけれど」
「ポートライト商会が外国のスパイじゃないかって噂」
「ただの噂でしょう」
「まぁ、そうなんだけど。火のないところに煙は何とかって言うじゃないか」
「そういった噂は商売敵からの嫉妬が僻みの場合が大多数じゃないですか。外国の商品を多く取り扱っているからそのような噂を流したのでしょう」
「まぁ調べても何も出ないからそうなんだろうけど。ポートライト商会が王都で幅を利かすようになったら面倒だな」
「良い物を扱っているならそれで良いではないですか。競争もある程度は必要です。目に余るようなら陛下が何か対策を打たれるでしょう。それに商会の子供が王宮にいるのですから監視がしやすくなったと考えれば吉です。せっかく黒の賢者が見つかったんですからそんな分からない先のことを考えて弱気にならないでください。帰りは行きより気が抜けないかもしれません」
「……そうだな。賢者が見つかって少し気が抜けたかもしれない。彼女は私と年も近そうだ」
「司祭に聞いたところ、ジーク王子と同い年だそうですよ」
「……そうか」
ジークフロイトがため息のような息を吐いたと同時に護衛騎士が黒の賢者の到着を告げた。