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王都でロイドは指輪に手をかざしていた。

かざした瞬間、静電気のようなピリッとしたものが走り、とてつもない不快感が全身を巡った。それはまるで今までの嫌な思い出を全部思い出したような……そんな感覚だ。有無を言わさず自己嫌悪に引きずり込まれる。あんな思いを赤ん坊にさせなくても良かったのにと思ってしまう。

しかし、賢者が見つからないのならば仕方がない。もしかすると今回は既婚者の中にいるのかもしれない。


「これで全員でしょうか?」


赤ん坊と母親の後から人が入ってこないのを見て、ジークフロイトが司祭に聞く。司祭は住人の名簿をチェックしながら唸っている。二十人くらいしかいなかったのにまだチェックできていないとは、おっとりした司祭だ。小さい町だから顔と名前が全員一致していると思っていたが、年を召した司祭には厳しかったようだ。


「ゆっくりで大丈夫です。間違いが在ってはいけない」


ジークフロイトが司祭にそう言ったところで、扉の方からコツンと音がした。


走ってきたらしく息があがった背の高い少年が立っている。栗毛色の髪がところどころ乱れていた。少年が入口からまっすぐこちらに歩いてくると、後ろにもう一人、少女がいることに気付いた。


天気は曇りなのに彼女は帽子を目深にかぶり、息を乱して少年の手をしっかりと握っている。


「この二人で最後です。てっきりまた外国に行っていると思っていたよ」

「今回は両親だけで行っています。妹が熱を出していたので」


息を乱した少年は丁寧な言葉遣いで司祭に返事をする。

声は小さくなったものの赤ん坊はまだ泣き続けている。少年は赤ん坊とその母親に目をやり、ロイドをまじまじと見た。


「王宮の魔術師の方ですか?」

「あぁ、そうだよ」


少年はロイドの顔ではなく、ロイドのローブの胸元に刺繍されている羽を広げたフクロウをじっと見つめた。ジークフロイトは自分と同い年くらいの少年の様子に微笑んでいる。少年は登場の仕方だけは年齢相応に見えたが、言葉遣いやその立ち居振る舞いにはどこか気品と教養を感じさせる。


「魔術師に興味があるの? 彼はロイド・カルティス。名前は聞いたことがあるんじゃないかな? 中々お目にかかれないよ」


ジークフロイトの方がよっぽど高貴でお目にかかれないはずの身分なのに、そういうことはすっかり棚に上げ、お節介にも少年に説明している。


「カルティス魔術師……風の魔術師様ですね。この前の戦争でもご活躍された」


少し興奮しているようで、少年の口調が早くなる。ロイドは曖昧に笑い返しておいた。面と向かって風の魔術師様と言われるなんて恥ずかしくて仕方ない。確かに戦闘の時は得意の風魔法を駆使したが、他の魔法だって扱えるのだ。風の魔術師なんて言われると風魔法だけしかできないみたいだ。

ロイドは穏やかな外見とは裏腹に魔術師団の中ではかなり高い地位にいる。正確に言うと上から数えて三番目だ。


ジークフロイトが少年にお節介を焼いて話しかけていたが、妹に手を引っ張られた少年は渋々、指輪に手をかざした。


「なんかピリっときたよ。少し痛い。嫌な感じだ」


手を早々に引っ込めた少年は水気を払うように手を振り、妹を指輪の前に立たせる。


「帽子を……」


司祭が口を挟もうとしたが、ジークフロイトは首を振った。王族の前で帽子を取らないのは無礼にあたるが、本人が気にしないならいいだろう。


少女は帽子をかぶったまま指輪に手をかざした。すぐ引っ込めるかと思っていたが、首を傾げたまま中々引っ込めない。彼女が選ばれる人間でないならば、今彼女の手には痛みが走り続けているはずだ。


「指にはめてみてくれるかな?」


ロイドの発した声は自分でも気づかないうちに震えていた。まさかこの子なのだろうか。まだほんの子供なのに。彼女が叔父の後釜に座るのだろうか。あの賢者の座に。


「好きな指にはめてみて」


指輪を持って迷っている少女の様子を見てジークフロイトが言う。


少女は左手の薬指に指輪を通した。指輪が細い指を滑り降りる。明らかに少女の指には大きすぎるサイズだった指輪が、付け根までくるときには少女の指のサイズに変化していた。


少女の薬指に指輪が収まった瞬間、半分閉まっていた教会の扉が大きな音を立てて開き、強い風が教会の中に吹き込んだ。


叔父の時には閉じてしまった目を、ロイドはこの時は見開いていた。少女が被っていた帽子が風に煽られて飛んでいく。

ゴーンと教会の屋根にある鐘が、錆びついた音で鳴る。ロイドは確かに感じていた。この風は自然におきたものでも偶然吹いたわけでもない。微かだが、魔力を感じた。

鐘が3度鳴ると、風はぴたりと止んだ。


泣き続けていた赤ん坊の泣き声はもう聞こえない。

ロイドは風の魔力を見るために天井あたりに目を凝らしていたが、風が止んでやっと少女の方を見る余裕ができた。少女は指輪をはめた手を見ているようだ。手のひらを前に掲げて固まっている。少女の黒い髪に遮られて表情は見えない。


帽子をかぶっていたのは珍しい髪色のせいかとロイドは納得する。

この国で一般的なのは金髪か茶髪だ。黒髪はほとんどお目にかからない。


「殿下」


ずっと少女の黒髪を見ているわけにもいかない。ロイド以外は皆、突然の出来事に呆けているようだ。ロイドはジークフロイトを促す。さすがに人前なので愛称では呼べない。


「っ……あぁ、そうだな。あなたが新しい黒の賢者。お名前をお聞かせ願えますか?」


呆けた様子から立ち直ったジークフロイトは、ロイドも見惚れてしまう笑みを浮かべて少女に歩み寄った。


「…………ソラリス。ソラリス・ポートライト」


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