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「到着したようだね。それにしても今回の黒の賢者は見つからない。ここで見つからなければあと残すは一つの町だけだ。そこでも見つからないなら父上に手紙を出して、既婚者も含めてやり直しを考えないと」
ジークフロイトの言葉にロイドも頷く。
アドニスが亡くなってすぐに次の黒の賢者探しが始まった。賢者になるのは毎回未婚者だったため、各地で男女年齢問わず未婚者が集められた。王都では広場に集められるが、他の町では教会で行う。
アドニスが亡くなってもう一カ月。いやまだ一カ月。
ロイドにとっては叔父が死んだのがまるで昨日のような感覚だ。
次の賢者がこんなにも見つからないのは異例だった。最初は王都で探し、そのあとは様々な町へ円を描くようにめぐりながら国境周辺に近づいていくのだが、こんな田舎に賢者になるべき人物がいるのか不安だった。今までの賢者は王都に比較的近い大きな町で見つかっていた。
「ロイド、もう並んでくれているよ。さぁ準備をして始めよう」
教会の裏につけた馬車から下りると、二十人ほど列が伸びている。最後尾にいるのは赤ん坊を抱いた女性だ。
「賢者が赤ん坊の可能性も出てきそうだね」
ジークフロイトは真顔で言いながら、顔をしかめたロイドを置いてさっさと裏口から教会に足を踏み入れる。ふくよかな司祭が挨拶のためこちらに駆けてくるのが見えた。
国境近くの田舎に王族が来ることは中々……いや、ほぼない。8歳の王子に汗を滴らせながらへこへこしている司祭を見ながらロイドは指輪の入った箱を用意されたテーブルに置いた。
教会の扉は準備ができるまで固く閉じられている。護衛で付いてきた騎士達が配置につくのを確認しながら手袋をはめ、箱を開けてビロードの布を広げる。これまで叔父の中指で不思議な輝きを放っていた黒の石が付いた指輪が現れた。
ロイドは指輪を魔法で浮遊させてクッションの上に置く。
無意識に息を止めていたようでふぅと息を吐いた。この町に来るまで幾度となくやっている行動なのにいまだに慣れない。浮遊魔法も初歩的で苦にもならないにも関わらず、いつも息を止めてしまう。仕方がない。石が絡むと大怪我をしかねない。下手をすると命に関わる。
「ロイド、いつものように始めようか」
司祭と話を終えたジークフロイトがテーブルの側に立ち、手を上げ騎士に扉を開けさせた。
ロイドは指輪の前に立ち、入ってきた人々にまずは指輪に手をかざすように説明する。絶対に最初から触らないようにという念押しも付け加える。
先頭にいたのは身なりのいい男性とその子息だった。子息は指輪に恐る恐る手をかざしたがすぐにハッとして手を引っ込めた。後ろに並んでいる人々からは安堵のような、悲鳴のような声が上がる。次もその次も。
さすがに何人も手をかざしただけで引っ込めるということが続くと、悲鳴は上がらなくなった。だが国からの手厚い待遇があるためか、子供と一緒にいる保護者の目は真剣だ。
最後尾にいた赤ん坊を抱いた母親の番になり、母親が赤ん坊の腕を取ってかざすと赤ん坊はすごい勢いで泣き出した。騎士に促されて母親は教会の一番後ろのイスに腰かけ、赤ん坊に謝りながらあやし始める。
泣き続ける赤ん坊の声に思わずロイドは眉を顰めた。別にうるさいからでも子供が嫌いだからでもない。ただあの感覚を思い出すと不憫だった。