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これからのことを考えながら離宮に戻る最中、苦手な人物に出会ってしまった。
先ほどの上司と同じ赤銅色の長い髪をなびかせ、露出の多い際どいドレスを纏う、世間的には美女で通る派手な女性。
露出した肌に着けているアクセサリーは賢者の証の赤い石のついた簡素すぎる腕輪だけだ。彼女の周囲には「取り巻き」と一括りで呼ばれている貴族の令嬢・令息・商人達が侍っている。ロイドは急に頭痛がしてきたが、表情はなんとか取り繕った。
「あら、ロイドじゃない。ごきげんよう」
「赤の賢者様におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「相変わらず可愛い顔してお堅いわ。さすがお姉様の部下ね」
彼女の顔立ちは先ほどまでイスをくるくるまわしていた上司にそっくりだ。うちの上司は化粧などしないが、目の前の女性は出会うたびにどこかの夜会に行くのかというほどばっちり化粧をしている。それでも輪郭や雰囲気はそっくりだ。
念を押しておくがうちの上司はこんなはしたない目のやり場に困るドレスは着ない。
そもそも仕事中は支給されたローブを着ているし。
「まぁいいわ。ねぇ! これから赤の離宮でお茶会をするのよ。あなたもどう?」
「仕事中ですので……」
「いいじゃない。少しくらい。お姉様には私が上手く言っておくわよ」
なぜ先ほどは疑問形で聞きながら、次の瞬間にはお茶会参加が決定事項のような口ぶりなのか……理解に苦しむ。
それに隙あらば腕に纏わりついて来ようとするのもやめてほしい。
「私は黒の賢者付きですので」
「あぁ、そういえば新しい黒の賢者が決まったのよねぇ。どんな子なの? 子供だって聞いているのだけれど」
「すぐお会いできますよ。せっかくの良い天気ですからお茶会を楽しんでください。私はこの後、青の賢者様にも呼ばれておりますので……」
彼女のキツイ香水の香りが鼻をかすめる。正直、爆薬の匂いよりも慣れていない香水の匂いがキツイ。こういった所も姉妹で全く違う。
「あー、あのオッサンに呼ばれてるならダメね。私が次の賢者会議でネチネチ怒られちゃうわ。じゃあまた私の所にも遊びに来てね」
「ありがたいお言葉です」
「あ、これ要らないからあげるわ」
ロイドが一応頭を下げると、彼女は無理矢理包装された箱を押し付けてきた。反射で受け取ってしまい、返そうとしたが取り巻き達を引き連れて彼女は賑やかに去っていく。ため息を吐くとまだ香水の匂いがする。鼻がおかしくなりそうだ。
赤の賢者アンジェリーナ・ジョーンズ。名前と容姿から分かる通り、上司フランチェスカ・ジョーンズの妹だ。性格は極端なほど反対だが、外見と火魔法が得意なところ、攻撃特化型なところはそっくりだ。
ロイドは派手でいつも自信満々なアンジェリーナが苦手だった。それを知っているのか知らないのか、アンジェリーナはよくロイドを先ほどのように茶会やら何やらに誘う。
彼女の性格は苛烈極まりないため、毎回断るのに神経を使う。
賢者になりたてで上手く魔力をコントロールできない頃は、仕立てたドレスが気に入らないとか、侍女が入れた紅茶がぬるいとか些細なことで怒り、赤の離宮で何度もボヤ騒ぎを起こし修繕を繰り返している。赤の賢者になる者は代々苛烈で情熱的な性格の女性が多い。
吐きそうになるのをこらえて風魔法で風を起こし、纏わりつく香水の匂いを散らしながら離宮へと続く庭に出る。
緑の木々や土の香りがおかしくなった鼻に優しい。専属の庭師達の手による自然を堪能しながら道に沿って歩いていると、茂みからまたも会いたくない人物が姿を現した。




