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緩んだ一瞬で流れ込んできたのは遠くから聞こえる騎士達の刃を交える音。
ソラリスの中にいるソレが不気味に笑いだす。
「早く行けよ。あ、言っとくが今回のやつはこいつらの雇った奴らじゃないぞ」
「っ……」
溢れる強大な魔力で周囲の状況が全く分かっていなかったことに唇をかみしめながら、窓へ走る。
廊下を走るよりもこの方が早い。
「おぅおぅ、威勢がいいねぇ」
ケラケラ笑いながらなぜかソレも付いてくるが、構っている時間はない。気になるのはソラリスの体への負荷だが、それさえも後回しだ。張っていた結界が破られた感覚もない。
窓を開け放って少ない街灯が頼りなく照らす闇に体を躍らせる。風魔法で足場が自在に作れるので落下はもちろんしない。王子の部屋の窓までたどり着く寸前、黒装束の小柄な人物が窓ガラスを割って飛び出してきた。さらに追って護衛騎士2人が窓から飛び出して庭に下り立つ。ロイドが部屋に入ると、ジークフロイトが床に落ちたものを拾い上げているところだった。
「ご無事ですか?」
「あぁ、相手は1人だった」
ジークフロイトは微塵も襲撃にあった恐怖など感じさせず、床から拾ったものをロイドの前にかざす。
「宝石ですね……しかも大きい」
ロイドが手に取ろうとすると、赤い宝石にヒビが入って粉々の破片になった。
「魔力の残滓を感じるからこれを使って結界内に入ったんだろう。ナイフで襲ってきた。ちらっと見えた肌は浅黒かった」
「他国の者ですね……」
ウィステリア王国には魔法を扱える者が多くいるが、他国では魔法の使い手はどんどん減っている。魔力量の保持量も少ない。
そのため、近隣諸国では文明を発達させて補っている。
この宝石は魔石と呼ばれる類だ。魔力量という体力のようなものが、多い人間が宝石や魔物の体内にある核石に魔力を込めるとそれは魔石になり、魔法をほとんどあるいはまったく使えない者でも、石の中の魔力が尽きるまでは魔法が使えるのだ。石の純度や大きさによって込められる魔力量には差が出る。今回の襲撃者が使った宝石は男の拳大はあった。平民の数年分の年収ほどの価値があるだろう。
「結界が破られたのに気付かなかったのはこの魔石で結界と同質と誤認させて通り抜けたんだろうね。この大きさなら可能でしょ。まぁ通り抜けだけでほとんど魔力を消費しちゃったみたいだね」
「……お怪我はありませんか?」
「守ってもらったから大丈夫だ。窓ガラスを弁償しないといけないな」
心配させないためか、こういった襲撃に慣れてしまったからかジークフロイトは笑みさえ浮かべている。
「高級宿だから結構かかるよね。あ、他の宿泊客たちが起きてこないね」
「宿の主人が来ないのもおかしいですね。結構な騒ぎなのに」
「それなら我が全員眠らせている」
足元から唐突にソレの声が聞こえた。慌てて下を見ると、ロイドの足元の影からソラリスが這って出てくるところだった。目はまだ赤いままだ。
「影……渡り……」
ジークフロイトが呆然とその魔法の名前を口にする。
影渡り。
他人の影を使って自由に場所を行き来する、何代か前の黒の賢者がよく使っていた魔法だ。その時の賢者以外使っていたという記録は残っていない。
「騎士は襲撃者を取り逃がしちまったようだな、ざんね~ん」
またもソラリスの中のソレは全く残念がっていない。ジークフロイトは明らかに様子のおかしいソラリスを見て困惑した視線をロイドに送る。
「そろそろこのお嬢ちゃんの体がもたないな。我は帰る。またな、小僧」
ソラリスの中にいるソレはロイドの影の中に消えた。
「ロイド、あれは一体……なんだ? 明らかに彼女じゃなかった。憑りつかれているのか?」
「いえ……石の中にいる何か、としか言いようがないです。私も遭遇するのは2度目ですから」
「2度目?」
「叔父が死ぬ前にもアレは現れました。そのときと声が同じです」




