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第76話

 傍にいて当然の存在過ぎて僕にとっては当たり前のことだけど、僕はちゃんと分かってる。僕にとっての虎君のような存在は、誰しも得ているわけじゃないって事を。

 だから、これを『当然』だと思ってはいけない。この優しさを、当たり前だと思ってはいけない。

「ありがとう、虎君。僕、虎君の幼馴染で本当によかった!」

 今こうやって当たり前のように与えられている優しさに対して、僕は感謝を込めて笑う。いつか虎君に貰ってばかりの優しさを返したいって思いながら。

 すると虎君は何に対するお礼の言葉か分からないと笑う。幼馴染でよかったと思われているのは嬉しいけど。って。

「今ね、改めて思ったんだ。虎君が傍にいてくれるから、今の僕がいるんだな。って。こうやって僕を守ってくれるから、僕は『僕』でいられるんだなぁ。って!」

「んー……。なんか、そうやって言われると凄く後ろめたいかな、俺は」

「え? なんで?」

 虎君に対して真っすぐに敬愛の念を伝える僕だけど、当の虎君はそれを受け取れないって苦笑い。それを何故だと疑問に思うのは当然で、考えるよりも先に問いかける言葉を口に出していた。

「まぁ、そうなるよな。できれば理由は聞かないで欲しかったけど」

「? えぇ? なんで?」

 また謎が増えて、漫画だったら頭にクエッションマークが三つぐらい浮かんでそうだ。

 首を傾げる僕に、虎君は苦笑いを濃くした。

「一言で言えば、俺は葵が思ってるような男じゃないから、かな」

「僕が思ってるようなって、どういうこと? 僕は虎君の事、優しくて頼りになって最高の『お兄ちゃん』だと思ってるだけだよ?」

 でもこれ、間違ってないよね? だって虎君が優しいのも頼りになるのも事実だし、僕じゃなくても虎君が傍にいてくれたら誰だって憧れると思うし。

 意味が分からないって眉を下げて見せれば、虎君は「それがそもそも間違い」って僕の頭を撫でてくる。

「何が?」

「本当に『優しい』人は、誰に対してもそうだよ。……俺は他人にそういう感情を持てないから」

「! そんなことないよ? 虎君は他の人にも十分優しいよ?」

「『他の人にも優しい』なら、今日葵が体調を崩すことはなかったと思うぞ?」

 忘れてるだろ。って虎君は苦笑いのまま尋ねてくる。友達に何を言われたか思い出してごらん? って。

 虎君は慶史や朋喜達の事を思い出して言ってるんだろうけど、でも、それは違うって知ってるから首を横に振った。

「僕、知ってるよ。虎君がなんで僕の友達に勘違いされる態度を取っちゃうか、ちゃんとわかってるよ」

「本当に?」

「うん。虎君は、僕が茂斗みたいにならないように心配してくれてるんでしょ?」

 疑われてちょっと悲しい。僕は何も分かってないって言われてるみたいだ……。

 だから、僕はちゃんと知ってるから! ってアピールの意味を込めて伝える。虎君が僕の友達に対してはあまり優しくない理由を。

 茂斗は、小さい頃は今と正反対の性格をしていた。自分に好意を持ってくれる相手を愛して、大事にしてた。

 でも、そんな『茂斗』は、初等部に進学する頃にはいなくなってしまった。まるで太陽みたいだと言われるぐらいよく笑っていた茂斗は、家族と極僅かな知り合い以外には一切笑わなくなってしまって、幼いながらも僕も凄く心配したことを覚えてる。

 茂斗の豹変の理由は記憶が朧気ではっきりとは思い出せない。でも、好意を抱いてくれていた人達から『裏切られた』ということだけは今も覚えてる。

 僕達の傍にいてくれた虎君は5歳も年上だったから、原因も鮮明に覚えてるって前に言っていた。でも、楽しい話じゃないからと言って詳細は教えてもらえなかった。

(あの時虎君言ったよね? 茂斗みたいな思いを僕にさせたくないって)

 だから虎君は僕に声を掛けてくる人をとても警戒してる。好意の奥に真逆の目的がないか見極めるために。

「ねぇ、僕、間違ってる?」

 絶対的な自信を持って虎君に尋ねる。虎君が僕の友達に『優しく』できない理由は、それ以外考えられないよ。って。

 僕の強い口調に、虎君は気圧され気味。でも、一歩も引かないって思いで見据えたら、聞こえるのは小さな溜め息。

「間違ってないよ。……でも、それだけじゃないって事だけは覚えてて」

「『それだけじゃない』?」

 言葉の意味が分からず、オウム返し。

 でも、虎君はそれ以上は何も言わず、何度か食い下がって尋ねてみたものの結局教えてはくれなかった。

「なんで教えてくれないの?」

「俺の事、分かっててくれるんだろ?」

 あからさまに拗ね顔を見せるも、虎君は悪戯に笑うだけ。

 でも、優しい虎君は譲歩してくれる。その時が来たらちゃんと言うよ。って。

 その言葉を呟いた虎君の表情は言うならば物憂げで、大人の男の人って感じだった……。

「絶対、『その時』に教えてくれる……?」

「ああ、もちろん。……ちゃんと伝えるよ。俺の全部を」

 穏やかに笑う虎君だけど、何故か分からないけど淋しそうって思った。全然そんな風じゃないのに。

(また僕の知らない虎君が増えちゃった……)

 今は教えてもらえない思いはもちろん、初めて見た虎君の笑い顔に僕が感じるのは空虚さだ。

「……分かった。それまで、我慢する……」

 納得することはできないけど、虎君を信じて待つことはできる。

 僕は心に残る寂しさを押し殺して、笑った。

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