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第72話

「そんなに驚くことか? いつもしてるだろ?」

「そ、そうだけどっ! そう、だけど……」

 自分でも過剰反応してるって分かってる。だから虎君がこうやってからかってくることも納得できる。

 でも、分かってても心臓は全然落ち着いてくれない。

「なんか、いつもと違うって言うか……」

 口ごもりながらもいつもと同じだけどいつもと違うって訴えたら、虎君は「まぁいつもは葵からだもんな」っていつもと違う理由を教えてくれた。

「! 本当だ!」

「なんだ、気づいてなかったのか?」

 思い返せば虎君からキスを貰う時はその前に必ず僕からキスを贈っていた。こうやって虎君からっていうのは本当の本当に初めてだった。

 どうやら僕は無意識のうちにそれを感じ取っていたみたい。

 そう、このドキドキは初めてもらった虎君からのキスにびっくりしただけ。

「そっか。そっかそっか! なんだ! 納得した!」

「何が?」

「んーん、なんでもない!」

 ドキドキの理由が分かって、安心。

 笑う僕に虎君は気になるって言うんだけど、深くは追及してこなかった。

 運転席に座り直すと虎君はシートベルトをしてギアに手を添える。僕の『納得』の意味を聞きたいけど、そろそろ帰らないといけないからってことみたい。

「あんまり遅くなったら樹里斗さんも心配だろうしな」

「かなぁ……? 斗弛弥さん、喋っちゃったしなぁ……」

 帰ったら顔面蒼白な母さんが駆け寄ってくるのが目に浮かぶ。

 ゆっくりと走り出す車に揺られながらも僕はため息交じりに「だから黙っててほしかったのに」って唇を尖らせた。

 すると虎君はハンドルを切りながらもそんな僕を柔らかい言葉ながらも窘めてくる。黙ってようとしちゃダメだろ。って。

「えぇ? なんで? 心配かけるだけだよ?」

「んー。葵はよく『心配かけたくない』って言うけど、心配かけるのってそんなにダメな事かな?」

 心配かけるだけだから知られたくなかったって言う僕だけど、虎君はそれは悪い事じゃないって言う。大切な人であればある程、心配させて欲しいと人は思うから。って……。

 その言葉に僕はそういうものなの? って聞いてしまう。僕にはまだその想いが分からないから。

「そうだな。……少なくとも俺は心配させて欲しいって思うよ。どんな些細な事でもいいからちゃんと教えて欲しいって思う」

「『どんな些細な事でも』?」

「ああ。その日一日、何をして何を感じたか、誰とどんな言葉を交わしたか、俺は知りたいよ」

 穏やかな虎君の声は、続く。それを言うとストーカーみたいだからあんまり言わないようにしてるけどね。って。

 僕はその言葉に少し考えて、ふと浮かんだ疑問に悪戯心が顔を出す。

(虎君がそんな風に心配する相手ってまだ僕だよね?)

 なんとなく、虎君に好きな人がいることには気づいてる。でも、それでも虎君はこうやって僕を優先してくれる。

 だから今はまだ『好きな人』よりも『僕』の事を心配してくれてる気がした。

「ねぇ、虎君」

「なんだ?」

「僕の事、知りたい?」

 この言葉に虎君はどんな反応をするかな? って好奇心が抑えられない。

 身を乗り出して虎君を見れば、虎君は前を見たまま口角を持ち上げて笑みを浮かべた。

「ああ、知りたいよ。……葵が学校で何をしてたか、昼休みに誰と喋って、何を聞いて笑ったか、全部知りたいよ」

「ほ、本当に?」

 穏やかな声色に、なんだか身体がムズムズする。こんなにソワソワして落ち着かない気持ちは遠足が待ち遠しくて眠れなかった初等部の頃以来かも。

 虎君をほんのちょっとからかうだけのつもりが、何故か僕が動揺しちゃう。でも変に思われたくないから声を上擦らせながらも続きを促せば、今度は虎君が悪戯に笑った。

「もちろん。何回トイレに行ったとかもちゃんと教えてくれよ?」

「! 虎君!!」

 緩やかなカーブに合わせてハンドルを回す虎君の声は楽し気なもので、からかわれたってすぐに気づいた。

 僕は「酷い!」って声を上げるんだけど、どっちが酷いんだって虎君には返されてしまった。

「可愛いこと聞いてきたかと思えば、俺の反応が見たかっただけなんだろ?」

「そ、そんなことないし!」

 声を出して笑う虎君は本当に楽しそう。一方、行動を見透かされた僕は、恥ずかしくて堪らなかった。

「……なんで分かったの?」

「そりゃ他でもない葵のことだからな。自慢じゃないけど、葵のことならなんでも分かるぞ?」

 だから悪いことは言わないから俺に嘘を吐いたり隠し事はしない事だな。

 そんな言葉を続ける虎君はなおも笑ってる。

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