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第7話

 虎君ご自慢の愛車にまたがりいつも通りの風景を眺めていれば、目に入るのは色とりどりに装飾された街並み。

(もうすぐクリスマスだもんね……)

 冬の一大イベントを目前に浮足立つ街を横目に、そういえばクラスの友達からクリスマスパーティーをしようと声を掛けれてたことを思い出した。

 今年はクリスマス・イブが土曜日でクリスマスが日曜日でお休み。だからきっと当日は幸せいっぱいの恋人達で街はごった返すに決まってる。そうなると中学生とはいえ独り身でその場に飛び込むのはかなりの勇気が必要になってしまう。

 だから週末は大人しく家で勉強して過ごそうと思っていたんだけど、そんな僕の考えなんて友達にはお見通しなのか、寮に集まってクリスマスパーティーをしようって友達は声を掛けてくれた。

(どうしようかなぁ。金曜の夜って言ってたし、慶史が部屋に泊めてくれるって言ってたし、行きたい気持ちはあるんだけどなぁ)

 迷うのは、自分が受験生だから。勿論友達も同じく受験生なんだけど、でも外部進学を希望しているのは僕だけ。内部受験なら試験は形だけだし、必死に勉強する必要なんてない。つまり、友達は受験はまだだけど終わってるようなものってわけだ。

 そんな友達とクリスマスパーティーをして楽しめるかが心配。みんなの事羨ましいって思いそうだから。

(って、そんなこと言ったら内部受験にしよって言われるだけなんだけど)

 今ですら内部受験にしようよって毎日言われるのに、羨んだりしたら強引な手段を取られそう。

 僕はクリスマスは大人しく家で一人寂しく勉強してようと決める。

「葵」

「! 何?」

 突然聞こえた虎君の声に視線を上げれば、「もうすぐ着くから」って教えてくれる。

 虎君の顔はフルフェイスのヘルメットのせいで見えない。でも、声はいつも通り優しくて安心できる。

 僕は分かったと頷いて、バイクから振り落とされないようにもう一度虎君の背中に抱きついた。

(虎君って本当、優しいんだから)

 もうすぐ家に着くことは後ろに乗ってても分かる。でも、こうやって僕の事を気にかけてくれる虎君は本当に優しいと思う。友達もみんな虎君の事を優しいって言ってるし、これは『弟』の贔屓目じゃない。

(まぁ毎日送り迎えしてくれるってだけでも虎君の優しさは伝わってると思うけど)

 僕の通うクライスト学園は幼稚舎から大学まで同じ敷地に建っている。当然、そこには広大な土地が必要で、学園があるのは交通の便が全然良くない山奥。

 基本的に学園の寮に入寮することを推奨されているんだけど、僕は寮に入らず自宅から通ってる。理由は色々あるけど、一番は母さんと姉さんが猛反対したのが大きい。父さんは異常なほど母さんに甘いし、説得の援護をお願いしていた茂斗は姉さんに頭が上がらないから、土壇場で家から通えって裏切ってくれた。

 家から通おうと思ったら電車とバスの乗り継ぎがどんなにうまくいっても2時間近くかかる。つまり、6時過ぎには家を出ないと授業に間に合わないってこと。

 朝が弱い僕は、入寮を阻まれて途方に暮れていた。そしたらそんな僕を見かねた虎君が送迎を申し出てくれた。バイクだったら1時間遅く家を出ても大丈夫だよ。って笑って。

 勿論最初はその申し出を喜びながらも断った。だって、虎君の負担になっちゃうから。

 でも、虎君は断る僕の心を見透かしたように強引に父さんと母さんに話を付けてくれて、およそ3年間、こうやってお世話になってる。

(慶史じゃないけど、虎君って本当、お人よしだよね)

 兄弟同然のように育ってきたとしても、家族だと思っていたとしても、でもやっぱり他人は他人。何か下心でもあるんじゃない?

 そう言ったのは僕の幼稚舎からの友達の藤原慶史。慶史は中等部へ進学する時に一緒にクライスト学園への外部受験を決めた親友ってやつだ。

 昔から虎君と犬猿の仲だった慶史は、虎君の優しさには裏があるってずっと言ってたっけ。

(てか、慶史ってなんであんなに虎君の事敵視するんだろ……? それに、虎君も慶史に対してだけなんか変なんだよなぁ。態度が)

 前を向いてバイクを走らせる虎君の後ろ姿を盗み見ながら、答えの返ってこない問いかけを投げてみる。

『慶史の事、嫌いなの?』

 口に出してないし、何よりバイクの走行中で喋っても聞こえないに違いない。だから当然返事は返ってこない。

 僕はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ面白くないって思ってしまった。

 それは親友と虎君の仲が悪いからじゃない。僕の大好きな『お兄ちゃん』の知らない顔を、僕の親友は見ることができるから。

(我ながら子供っぽい独占欲だなぁ……)

 苦笑いが浮かぶのは、父さんと双子の片割れを思い出してしまったから。

 父さんは周囲から独占欲の塊だと言われるぐらい母さんの事しか見えてないし、茂斗も幼馴染の凪ちゃんに対する独占欲は軽く犯罪の匂いがするぐらい危ないものだ。

 でも僕は父さんや茂斗とは違う。

 そう思っていたのに、虎君と慶史の関係に抱く感情は間違いなく父さん達が持つ独占欲とはまた違う種類の独占欲だった。

(この先虎君に彼女ができたらどうしよ。僕、口うるさい小舅になりそうだ)

 虎君にも虎君の彼女さんにも嫌われたくないから気を付けないと。だって僕と虎君は『兄弟』。父さんと茂斗のように独占欲のまま相手を独占するわけにはいかないんだから。

 そう思いながらも、僕に好きな人ができるまでは彼女とか作らないでほしいって思っちゃうから、つくづく自分は面倒だと思った。

 と、そんなことを考えていたらバイクが止まる。気が付けば僕の家の前まで帰ってきていた。

 エンジンを切ってヘルメットを脱ぐ虎君。僕もヘルメットを脱いで髪を軽く手で梳かし、バイクを降りる。

「今日もありがとう、虎君」

「ん。どういたしまして」

 ヘルメットを差し出せば、笑顔でそれを受け取ってくれる虎君。虎君はヘルメットを片付けながら時間を確認して「結構早いな」って笑った。

 いつもより1時間も早く家に着いたと言う虎君に、僕は驚く。だって、もう空は真っ暗だったから。

「もう12月だしな。ほら、葵は早く家に入って?」

 まだここ撥ねてる。って笑いながら手を伸ばす虎君は僕の髪を撫でる。もとい、撥ねている箇所を直してくれる。

「俺は車庫にバイク置いてくるから」

「! 荷物、持っとくよ?」

 手を伸ばすのは、虎君が戻ってくるのを待っていると言うアピールのつもり。世話してもらってばっかりじゃやっぱり悪いしね!

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