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第68話

「当たり前だろうが。教えてねぇんだからな」

「! なんでですか!? 俺、最初に言いましたよね?!」

「オイ、落ち着け。葵がいるんだぞ」

 虎君は怒りを露わに斗弛弥さんに詰め寄るんだけど、斗弛弥さんはそんな虎君に動じることなく「周りを見ろ」って窘めを返した。

 斗弛弥さんが指さすのは僕で、何故僕が指をさされるのか分からない。

 でも虎君は斗弛弥さんの言葉に怒りを内に抑えると再び僕に向き直ってきて、なんで黙ってたんだって眉を下げた。

「だ、だって、虎君、心配するでしょ……?」

「! 当たり前だろっ!」

「だったら、言えないよ……。何かされたわけでもないし……」

 黙ってた理由を口にしたら、虎君はまた抱きしめてきた。今度はさっきよりもずっとずっと強い腕で。

 さっきも苦しかったけど、今はもっと苦しい。流石に息ができなくて苦しいって訴えたら、虎君からは「ちょっと我慢してっ」って言われてしまった。

(言っても言わなくても結局心配かけちゃった)

 葵が無事でよかった。

 そう吐き出す虎君。本当に心底心配してくれるその姿に僕は不謹慎と分かりながらも嬉しくなった。

「虎君、心配しすぎ」

「そんなことない。むしろ全然心配したりないぐらいなんだからな。……って、なんで笑ってるんだよ?」

「ごめんね? でも、虎君に心配されるの、嬉しくて……」

 力を緩めて僕を見下ろしてくる虎君。僕はその心配そうな表情にちょっと気まずいと思いながらも、でもどうしても頬が緩んじゃう。

 怒らないで? ってお願いしながら虎君にしがみついたら、頭の上から聞こえるのは溜め息。

「ずるいぞ。そんな風に言われたら怒るに怒れないだろ?」

 力ない笑い声。でも、抱きしめてくれる腕は優しくて、僕はつくづく虎君の優しさに甘えてるって思う。

 僕は顔を上げてもう一度謝る。心配してくれてるのにごめんなさいって。そしたら、虎君が返してくれるのは慈しみのこもった笑顔で、心が温かくなる。

「いいよ。……葵には一生勝てないってことぐらい分かってたから」

「もう! またそんなこと言うんだからっ」

 虎君が笑ってくれるのが嬉しい。だから僕もつられて笑うんだ。

「お前らがそろそろ俺の存在思い出してくれるか?」

「嫌だな、斗弛弥さん。別に忘れてないですよ?」

「そーかよ。……ったく、だらしない顔しやがって」

 二人の世界を展開するなって言ってくる斗弛弥さんだけど、虎君が言った通り僕も斗弛弥さんがいることを忘れてなんていない。

 キョトンとする僕達に斗弛弥さんは「自覚なしかよ……」ってため息交じり。

 長いため息の後、そろそろ授業が終わるから仕事に戻るって言う斗弛弥さん。それに心配して見送ってくれたことを思い出して、僕は虎君から離れて頭を下げた。

「先生、ありがとうございました」

「! 気を付けて帰りなさい、三谷君」

 下げたままの頭に乗るのは斗弛弥さんの手。

「きちんと家の送ってもらうんだぞ?」

「はい!」

 元気よく頷く僕に、斗弛弥さんは苦笑交じりに手を振って校内へと戻って行った。

「葵、帰ろう」

「うん」

 促されるまま歩く僕だけど、虎君のバイクが来客用の駐車場に見つからなくて首を傾げてしまう。

(もしかして正門に停めてるのかな?)

 でも虎君ご自慢の大事な愛車を探してきょろきょろしてたら、「こっちだよ」って手を引かれて驚いた。

「車なの?」

「ああ。バイクじゃ危ないだろ?」

 体調が悪いのにバイクに乗るのは危険すぎるって言う虎君。虎君がどんなに気を付けたところで体調が悪い僕がちゃんと虎君にしがみついてなければ振り落とされかねない。

 僕の安全のために車に乗り換えてきたって言われたら、嫌でも感じてしまう。虎君の優しさを。

「葵?」

「なんでもないっ。……ありがとう、虎君」

 いつも僕の事を考えてくていて凄く嬉しい。

 言葉にするのは恥ずかしいけど、でも本心だからちゃんと伝えたい。

 はにかんで「大好き」って伝えたら、虎君は一瞬驚いた顔をして見せたけど、でもすぐに笑って「俺も大好きだよ」って応えてくれた。

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