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第6話

「冗談じゃないから、かな」

 拗ね続ける僕に告げられた言葉の意味が分からない。どういう意味? と瞬きを繰り返したら、虎君からは「どういう意味だと思う?」って尋ね返された。

「質問返しはずるいよ、虎君」

「はは。そうだな」

 いつまでもほっぺたをツンツンって突っついてくるの手を止めて「怒るよ?」って凄む。でもやっぱり顔は熱くて、赤い顔して睨む羽目になる。

 恥ずかしさを耐えた睨み顔なんて凄味がない。絶対虎君笑うだろうなって思ってたら、本当に笑っててますます恥ずかしい……。

「そんな可愛い顔して睨んでも全然怖くないよ」

「うぅーっ……」

 頑張って怖がらせてよ。って、なおも笑う虎君の余裕が居た堪れなさを余計際立たせてくれる。

「もういいっ!」

 そうやってそっぽを向いて、もう聞かない。と意思表示。虎君の話、今度から全部冗談だと思って聞くから。と。

 そしたら、虎君は謝りながらそれはダメって言ってくる。

「ちゃんと俺の話聞いてよ、葵」

「だったら、なんでさっきあんな冗談言ったか教えて!」

 身を乗り出して、言葉の真意を教えてほしいとせっつく。

 虎君は同じように身を乗り出すと僕の目をじっと見つめて口を開いた。

「葵のいろんな顔が見たいから」

 目じりを下げて笑う虎君の表情は、言うならば『愛しげ』。まるで大好きな彼女が目の前にいるような笑顔だ。

 でも虎君の目の前にいるのは他でもなく僕だけで、疑う余地もなくその笑い顔は僕に向けられている。

(なんで? なんでなんで?)

 その真意が分からなくて困惑。「と、とらくん……?」としどろもどろに名前を呼ぶ僕の顔はさっきよりもずっとずっと赤いに違いない。

「じょ、だん……?」

「それは葵の好きに取ってくれていいよ」

 言葉を詰まらせながら尋ねたら、虎君は笑顔をいつものそれに変えてコーヒーに視線を落とした。

(虎君……?)

 一瞬、本当にほんの一瞬、虎君の笑顔が悲しそうに見えた。

 いつもなら『どうしたの?』ってすぐに聞いてたと思う。でも、何故か今は聞けなかった。聞いちゃいけない気がしたから。

(虎君、どうしちゃったの……?)

 静かにコーヒーを飲む虎君を盗み見ながら、喉から出てこない言葉を飲み込むようにココアに口を付ける。

(……なんか、嫌だな……)

 この空気が、っていうわけじゃない。僕が嫌だと思うのは、僕の知らない虎君が目の前にいる、今と言う現実。

 そりゃ僕だって兄弟のように育った虎君の事を全部知りたいっていうこの気持ちがくだらない独占欲だっていうことは分かってる。埋められない5年の歳月の大きさも理解してる。

 それでも、毎日こうやって学校の帰り道にお喋りしているのは、絶対に縮まることのない差を埋めたいって思っているから。

 でもそれは、そう思っていたのは、僕だけなのかな……。

(僕の好きに取っていいって、『これ以上聞いてくるな』ってことでしょ? 虎君)

 心がざわざわする。でもこれは初めての感覚じゃない。3年前から、中学受験の前から、偶に感じていた。

 最初は気のせいだって思ってた。年の差だけだと思っていた距離に、一緒に過ごす時間が減ると言うストレスが加わったせいだって思おうとしてた。

 けど、気のせいだって思いこもうとしていた引っ掛かりはその後減ることはなく、むしろ増えていった。

 その度に僕がこうやって寂しさを感じてること、虎君はどう思ってるのかな……?

(絶対気づいてるよね……)

 僕には虎君のことなら誰よりも知ってるって自負がある。虎君の学校の友達よりも、僕の家族よりも、虎君のお父さんとお母さんよりも、僕は虎君の事知ってるって思ってる。そして、虎君よりも虎君こと、理解してる。って。

 だから分かる。虎君も僕と同じように思ってるって。僕の事、僕よりも理解してるって……。

 それなのに何も言ってこないってことはどういうことか。それが分からない程僕はもう子供じゃない。

「葵」

「なに?」

 どれぐらい黙ってたか分からない。でも、きっと数分のこと。

 気まずい沈黙の後はこうやって僕の名前を呼んでくれる虎君は、きっと次にこう言うだろう。

『そろそろ帰ろうか』

 って。

 言われる前にココアを飲み干せば、沈殿した甘さに酔いそうだった。

「そろそろ帰ろうか?」

「うん。そうだね」

 優しく笑う虎君の笑顔は、いつも通り。だから僕もいつも通り笑うんだ。

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