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第54話

 心配してくれるのは嬉しいけど、僕だって人の怖さはちゃん知ってる。昨日までの僕ならピンと来てなかったかもしれないけど、身を持って知ってしまったから……。

 力なく笑う僕。慶史は何か気づいたように僕の名前を呼んで、暗くなってしまいそうな空気を払拭してくれる。

「まぁそうだよね。葵は『三谷葵』なんだし、色々あるよな」

「あー。そっかそっか。俺んちですらあるんだから、マモんちレベルになったそりゃ色々あるよなぁ」

 肩を竦ませる慶史の言葉に悠栖は納得したのか深く頷いて「大変だな」って別の心配をしてくれる。人間不信になったりしないのか? って。

「MITANIに取り入りたい連中なんて吐いて捨てるほど居るだろ?」

「そう、だね……。仲良くなっても結局家の事ばっかりって人は偶にいるかな? そういう人って僕が跡取りじゃないって分かると態度が変わるし、ちょっと悲しいよね」

 過去僕のお金目当てで近づいてきた人達を思い出して少ししんみりしながらも笑うことができるのは、そういう人だけじゃないって知ってるから。ちゃんと『僕』を見てくれる友達がいるって分かってるから。

 家族はもちろん、優しくて頼りになる幼馴染の虎君もいるし、学校には慶史や朋喜、悠栖みたいにありのままの自分でいられる友達もいる。僕は改めて人に恵まれていると思った。

「葵君、僕は葵君の事が大好きだからね?」

「俺も俺も! 打算とかないから、安心してくれよ!」

 友情を疑わないでって言う朋喜と悠栖に、僕はちゃんとわかってるよって笑った。本当、愛しい友達だって思う。

 僕は慶史に視線を向けて、口に出さずに感謝を伝えようと笑った。僕の事を考えてくれてありがとう。って。

 すると、慶史から返ってくるのはいつもの意地悪な笑い顔じゃなくて……。

(僕も慶史の事、ちゃんと守れるようになろうっ……!)

 滅多に見れない笑い顔に、心が温かくなる。

「……慶史、何笑ってんの?」

「笑ってないし」

 僕にしか分からない慶史の笑顔の理由。悠栖は慶史の穏やかな笑い顔がよっぽど珍しかったのか、「不気味だ」って酷い言葉を呟いた。

 見られると思ってなかった慶史はぶっきらぼうに「悠栖の気のせい」ってちょっと無理のある誤魔化し方をしてて、当然悠栖はそれに食い下がってまた言い合いが始まりそう。

「悠栖、ねぇ悠栖。悠栖の話途中だけど、いいの?」

「! 良くない!!」

 慶史に噛みつきそうな悠栖に振るのは、さっきまで落ち込んでた理由。このままだと昼休み終わっちゃうよ? って。

 そしたら、悠栖はハッと我に変えて机を叩く。絶対忘れてたんだろうなって僕はこっそり笑ってしまった。

「聞いてくれる?! てか、聞いて! むしろ聞け!!」

「近い近い近い! なんで俺!? 葵に聞いてもらいなよ!」

「マモは聞いてくれるって分かってるからいいんだよ!」

 顔が近い! って悠栖を押し戻す慶史は、話聞くから離れろって声を荒げた。

「ったく……、今度顔近づけたら問答無用で舌ねじ込んでやるからそのつもりでいなよ」

「えぐい脅し方すんなよ」

 唇を隠す様に手でガードする悠栖は慶史を睨む。友達に対する冗談を超えてるぞ。って。

「はいはい。で、今度は誰に『縁切り』されたんだ?」

「オブラート!!」

「3か月に一回同じ話聞かされてたらそんな上等なものは用意できなませーん」

 恨めしそうな悠栖には悪いけど、僕と朋喜は慶史に同感とばかりに頷いてしまう。

 これが初めてとか二回目とかなら、親身になって相談に乗るし話もちゃんと聞くよ? でも、慶史が言ったように3カ月に一回、酷い時は毎月同じ内容で泣きつかれたら、慰めの言葉のレパートリーはなくなっちゃう。

 でも、友達が泣きそうな顔してたらやっぱり心配だから、僕は意地悪な笑い方をしてる慶史がこれ以上悠栖をからかわないよう話に割って入った。

「悠栖、誰になんて言われたの?」

「うぅ……、ヒデから『これ以上は辛い』って言われた……」

「『ヒデ』って4組の上野君の事?」

「そう。4組の上野英彰君。悠栖君と同じサッカー部で同じポジションで最高のライバルだった人」

 途端に泣きそうに顔を歪める悠栖に変わって先に話を聞いてた朋喜が情報を追加してくれる。そしたら、その言葉に悠栖は「過去形で言うなっ!」って涙目で睨んでくる。

 まだ友達だって言いたいんだろうなって分かったんだけど、今僕達が喋ってるのは悠栖が友達から『縁を切られた』って内容の話だから、過去形になってしまっても仕方ないと思った。

「そっかぁ……上野君、悠栖の事本気で好きなんだね……」

「ふーん、4組の上野か。でも結構頑張った方じゃない? 上野から告られたの1年前だよね?」

「去年のクリスマスだったよね。クリスマスパーティーでマリアの女の子に鼻の下伸ばしてた悠栖君に勢いで告白してきたんだよね?」

 僕達が思い出すのは、去年の学園主催のクリスマスパーティ。それはこの時期2学期の終業式の後にクライスト、ゼウス、マリアの3校合同で親睦を深めることを目的とした催しだ。

 毎年このクリスマスパーティーで彼女を作るぞ! ってクラスメイト達が息巻いているわけだけど、去年、その中に悠栖も混じってマリア女学院の可愛い彼女を作るんだ! って意気込んでいた。

 別に彼女が欲しいって思ってなかった僕と慶史と朋喜はそんな悠栖を遠くから応援してたわけだけど、当日、パーティーもそろそろ終盤に差し掛かった頃、女の子に囲まれて楽しそうに喋っていた悠栖に我慢の限界だったのか、上野君がその場に割って入って悠栖の手を引いて強引に帰ってしまった。

 一体どうしたんだろう? って心配したのも束の間、悠栖からグループチャットに『告白された……』って報告があって、僕達は『またか……』って肩を落としたっけ。

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