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第50話

「結城せいでマジ最悪の気分っ。折角特製コロッケパンゲットできたのにすげぇテンション下がった!」

「嘘! 慶史君、凄い! 特製コロッケパン買えたんだ?」

 不貞腐れながらも慶史が取り出すのは購買の袋。それに僕は、いつ買ったんだろう? って不思議に思った。今日は慶史、購買には行ってないから。

 僕の疑問を他所に慶史がビニール袋から取り出したのは、水曜に限定10個しか並ばない『木村屋の特製コロッケパン』。

 クライスト学園中等部に通って約3年。美味しすぎるって評判のそのパンを僕は食べたことがなかった。

 毎日お弁当な僕だけど、みんなが騒ぐパンに興味はあったから実は何度かこっそり購買に足を運んだりもした。けど、何度チャレンジしても買うことはおろかそのパンを目に入れることもできなかった。

 それなのに慶史はその幻のパンを今まさに手に持っていて、朋喜じゃなくてもテンションが上がるのは仕方ないことだった。

「本当に売ってたんだね。一回も見たことなかったから実は噂だけだって思ってたよ」

「僕も僕も! 『今日は絶対一番乗りだ!』って思って買いに行っても一回も見たことなかったし!」

 よく買えたねって驚く僕と、凄い凄いって騒ぐ朋喜。でも一体いつ買いに行ったのか分からなくて、僕と朋喜は声を合わせて聞いてしまう。いつ行ったら買えるの? って。

 そしたら、その質問に慶史は「知らなーい」って机に突っ伏してしまう。

「だってそれ、貰ったもんだし」

「そうなの?」

「せっかく買った『木村屋の特製コロッケパン』をくれたの? わざわざ?」

 『信じられない』の一言に尽きる。

 そう言いたげな朋喜に、僕も同意する。ゲームに例えると超レアアイテムにあたるコロッケパンをプレゼントしてくれるなんて、その人は相当いい人に違いない。

「あ。分かった。また慶史君が『我儘』言ったんでしょ?」

「『我儘』って、人聞き悪いなぁ。俺はちゃーんと見返りは払ってるし、ギブ・アンド・テイクだよ。ギブ・アンド・テイク!」

 顔を上げる慶史は、タダで貰ってるわけじゃないからって朋喜の言葉に言い返してくる。でもその言葉に僕は苦笑い。朋喜は呆れたようにため息を吐いた。

「で、今度は何したの?」

「まだしてないし。けどまぁ、今夜当たり『お支払い』はする予定」

「『木村屋のコロッケパン』ってことは結構危ないんじゃない? 大丈夫?」

 慶史にコロッケパンを贈った相手が求める『対価』を心配する朋喜。それに慶史は身体を起こして「んー……」って考える素振りをして見せた。

「卒業までに友達と脱童貞したいって言ってだけだから何とも言えないけど、まぁ、大丈夫かな? まとめて相手にしても3Pまでだし、何よりどっちも童貞だからそんなにハードなプレイは求められないでしょ」

 あっけらかんと言い放つ慶史。僕は反応に困って無表情になっちゃったけど、朋喜は「危なくなったら大声出してね?」って慶史の心配をしていた。

「平気平気。この3年間、一回も騒ぎになったことないだろ?」

「そうだけど……」

「そもそも此処にいる時点でみんな育ちはいいし、ヤバいプレイなんてさせられたことないしね」

 おかげさまでノーマルなセックスしかしてないよ。

 安心しろよって慶史は笑うけど、僕と朋喜は苦笑い。僕も朋喜も、本当は慶史のしてることを止めたいって思ってる。自分を大事にしなよって言いたいとも。でもその言葉が出てこないのは、言ってもダメだって知ってるから。

(2年間説得し続けたけど結局止められなかったなぁ……)

 慶史が上級生やクラスメイト相手に売春まがいな事をしてるって僕が知ったのは1年の終わり頃。その日の夜の相手と交渉しているところに偶然通りかかってしまって、知ってしまった。

 それからずっと事ある毎に止めてたし説得もしてたけど、慶史には僕の想いは届かなかった。

 僕よりずっと前からその事実を知ってた朋喜の話では、入寮してすぐ、それは始まったらしい。慶史の部屋には毎晩入れ代わり立ち代わり色んな人が出入りしていて、寮生活で溜まった欲求の捌け口として慶史がその人たちの相手をしているってことだった。

 朋喜はすぐに僕に相談しようとしたらしいんだけど、慶史から僕には言うなって口止めされてて言えなかったって言ってた。

 その話を聞いて僕は思ったんだ。慶史も本当はこんなことしたくないはずだ。って。だって、そうじゃなきゃ口止めなんてしないよね?

「ねぇ。何言われても止めないから、止めようとか思うなよー?」

「それはもう分かってるよ。今は何も言わないし、止めないから安心して」

 無駄なやり取りはしたくないっ意思表示をする慶史に、僕は力なく笑いながらも頷いた。でも、僕が口にした『今は』って言葉に慶史は反応を示した。

「本当、葵はお人好しだな。将来絶対苦労しそう」

「ちょっと。嫌な予言しないでよ」

「嫌なら予言が現実にならないように努力しよーよ。『面倒事には首を突っ込まない』。『危ない奴には近寄らない』。平穏な人生を送りたかったらこの最低ラインぐらいクリアできるようになるべきだよ」

 今の葵はこのたった二つの注意点すら守れてないから高校進学までに身に着けてくれないと心配すぎて外部受験に賛成できない。

 そんなことを言う慶史は僕のお父さんみたい。親友にこんな風に心配されてる僕ってどうなんだろう?

「守れてない事ないでしょ。危ない人かもしれないって思ったら近づかないし、面倒なことには極力関わらないようにしてるよ?」

「どこが?」

「『どこが』って……。いつも気を付けてるってば! 僕に何かあったら送り迎えしてくれてる虎君に迷惑かかっちゃうし!」

 だから毎日が平穏な日常になるよう気を付けてる。

 そう強く訴える僕だけど、慶史は「そもそもがダメ」って全否定してくれる。

「何がダメなの?」

「言っただろ? 俺からしたら来須先輩こそ『危ない奴』なんだって」

「もうっ! またそういうこと言う! さっきもその話したよね? また同じやり取りをさせる気?」

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